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【On Burnt Spring ・1】

聖都イグニア:イベント

11/4診断結果『【防衛戦】[劣勢]長期戦・心理戦・交渉。』


※あまねさんのカースライド戦に続くストーリーです。


 夕方の食堂にはやけに多くの人がいて、皆一様に疲れた表情をしていた。その中に混じって黙々とパンを噛んでいると、ちょうど入ってきたジーク隊の中級騎士に声をかけられた。

「よー。エリアスも今食事か」

「ええ、まあ」

「こう毎日毎日じゃ参るよなー。連中もそこそこのとこで飽きてくれりゃいいのにさー」

「……そうですね」

 連中、という言葉にわずかに目を細める。同席すればその話が続きそうだと踏み、彼が料理を取りに行っている間に、残り少なかった皿の上のものを無理やり押し込んだ。

「先に失礼します」

「ん。なんだよー怒ってんのか?」

「え?」

「うん?」

「そう……見えましたか」

「だって、珍しくしかめ面してたからさー」

 椅子を引きながら、彼は気にした風でもなく笑った。

「ひょっとして、マジメに相手しちゃったのかー? 適当に流すくらいのつもりでやった方がいいって。オレらにはあれの主張なんて、絶対、理解できやしないんだからさー」

「……。そうかもしれませんね」

 エリアスも笑い返し、ふっと息を吐いた。

「疲れているようです。早めに休みます」

「それがよさそうだなー」

 手を振る彼に会釈して席を離れる。と同時に軽い頭痛を覚えた。看破される程度には荒れているのか、自分は。

 大抵のことならば受け流して笑っていられる。久しく前から、表面的な快不快より奥にある感情を自覚できなくなっているからだ。しかし――『あれ』が絡んでくると話は別だ。

 常にない不快感がまとわりついていた。明日もきっと相手にするのだろう彼らの姿を想像し、エリアスは無言のまま、軽く頭を振った。



           *   *   *



 有数の水竜の生息地であり、先の戦闘の舞台となってその一画を地獄と化した水源、カースライド。

 戦闘終結から一ヶ月ほどが過ぎ、諸々の処理を終えた頃に変化は始まった。カースライドの戦いでは多くの水竜が巻き込まれ死に追いやられたのだが、それをわざわざイグニア騎士団近辺に集いなじる集団が現れたのだ。

 彼らは口をそろえて主張した。いわく、ドラゴンは神聖なるものである。いわく、それを多く失うとは何事か。いわく、騎士団は責任をとるべきである。でなければ、その尊きものの怒りに触れぬよう祭り崇め赦しを請う我々の援助をすべきである、と。最後の方はかなりいかがわしかった。

 イスタールには様々な信仰や思想が入り乱れて存在している。こうした事態も過去に何度かあったことだ。その前例に従い団長自らが出向き、誠心誠意――と、巷では評される――説得をし理解を乞うて、その場は収まった。

 ところが。その二日後に事件が起きた。

 騎士団の本拠地を擁する町で、ドラゴンを神聖視する尊竜派と、逆に『ドラゴンはヒトに従うべきである』と謳う人間主義とが衝突したのだ。小競り合い程度ではあっても怪我人が出た。何名かは市民も巻き込まれて、一時は大混乱となった。

 しかもそれは皮切りにすぎなかった。さらに2ヶ月が経過した今、毎日のように何かしらの問題が起きている。市民生活は脅かされ、それを騎士団としても放っておくわけにいかず、連日町を警邏し事が起きれば解決を図ってきたものの。

 収束の目処は、今のところまるでたっていなかった。



 朝は変わらずやってくる。とりとめのない騒動もまた、変わらず続いていた。

 ケンカだ、の声を聞きつけては白い隊服が飛んでいく。鎧は装備していないが、騒ぎを起こす者が刃物を所持している場合もあって油断ならない。


『もういい加減にしてくれ』

『きりがない! いつになったら終わるんだ!』


 時折騎士達の悲鳴が聞こえる。おのおのの信念を掲げる者達はイスタール各地から続々と聖都へ、あるいはカースライドへと集結しつつあった。手の空いている騎士は残らず対処に当たらされ、まさにてんてこ舞いだ。

「早く来いキルラッシュ、あっちは放っておけ!」

 元ルマン隊の上級騎士と組んで町を歩く間、あやしげな人物と何度もすれ違う。しかし全員に声をかけている余裕などない。動くのは問題が起きてからだ。これで何かが解決するのだろうかとエリアスは思う。

「どちらも……醜いな」

 めったやたらと主義主張を振り回す人間も。確固とした方針を持たず駆けずり回らされる騎士団も。

 また揉め事がと町の住人から呼び出され、東のはずれに走る。今度はなんと身内同士での諍いだった。取っ組み合っていた男二人を引きはがすと、それぞれに凄まじい勢いでまくしたてた。

「こいつは我々の教義に背いたんだ! 許してはおけない!」

「それはそちらのことだろう! 神聖なるものを汚すような暴言を!」

「わかった話は後で聞く。とにかく殴り合いはやめろ。おとなしくしてろ」

「そうはいくか!!」

 エリアスが羽交い締めにした方の男は、完全に興奮して腕をふりほどこうと暴れた。

「我々は『高きもの』に対し、常に低くあらねばならない!! それを、お前は――」

 反射的に体が動いた。男を引き倒して腕をねじり上げる。悲鳴を上げてもがく男を見下ろしつぶやいた。


「……『イレウル』」


「キルラッシュ何してる! やりすぎだ!!」

 上官の声にはっとして力を緩めた。あやうく腕をへし折るところだった。

 そこへ、後ろからおそるおそる近寄ってくる気配がした。男の背に膝を乗せたまま顔だけを向けると、十歳にもならないような女の子がいて、泣きそうな顔をしながら懸命に訴えてきた。

「ごめんなさい……ごめんなさい、おこらないで」

「……あなたは」

「おとうさん、おこらないで。ごめんなさい」

 この男の娘か――

 そう思うと毒気を抜かれた。目を上げれば、道の端には関係者と思われる数人と母親らしき女性もいて、脅えた顔でこちらを窺っている。

 深く息を吐き、ひとまず膝をどけた。問題の男二人はばつが悪そうに黙り込んでいる。エリアスも自戒のために自分の頬をたたいた。

 駄目だ――こんなことでは。あとどれだけ続くか知れないというのに。

 そんな思いをよそに、またしても助けを呼ぶ声が響く。この日も忙しくなりそうだった。



           *   *   *



 ジークは団長室にいた。イグニア騎士団団長、アルバート・リー・バシリオスに、険しい表情で相対する。しかし、その菫色の眼は一瞬たりともジークに向けられなかった。

「何度押しかけて来ても答えは変わらん。貴様は、出るな」

 凄まじい勢いで机上の書類に目を通しつつアルバート団長は言う。ジークはさらにきつく眉根を寄せた。

「しかし」

「貴様に弁舌は期待しない。欠片も期待していない。もっともあの手合いを説得するのは誰であろうと難いのだから気にしなくてかまわんぞ。特にわざわざこんなところまで出向いて来るような連中はな。あれは主張と非難のためにのみ論じ、他者の反論に耳など貸さん。むしろ貴様が、カースライド防衛に失敗した指揮官が、堂々と表に出ればどうなると思う。想像がつかないか? それとも貴様には大挙して押し寄せてきている団体様がたすべてを話術で説き伏せる自信があるとでも?」

 滔々と立て板に水のごとく述べられて口を挟む隙もなく、また反論の余地もなかった。

 それにしても団長は常以上に口数が多く、やはりそこそこに苛立っているのだろうと想像できた。

「ただ、見ていろ、と?」

「貴様には貴様なりの使い道がある。それを考えるのは俺の役目だ」

「他に、何が」

「暇をもてあます騎士長殿に朗報だ。――どうやら、アグリアが聖都近辺に潜伏しているらしい」

「!」

 ジークの表情に緊張が走った。よりによって、この非常時に。

「怪しいのを捕らえてきた中に偶然にもひとり混じっていてな。すぐに自死したので規模やら目的やらは今のところ不明だ。早急にその辺りを探るよう指示している」

 初めて団長が顔を上げた。飽きたとでもいうように書類を脇にどけ、机上で指を組む。唇の端がわずかに上がったものの、目はまるで笑っていなかった。

「いつでも出られる準備はしておけ。戦闘になると決まったわけじゃないが、万一の時にすぐ身動きがとれて問題なく指揮を任せられる者など、ほとんど残っていない」

「わかった」

「名誉挽回の機会が巡ってきそうで良かったな、騎士長殿」

 ここへきてまた皮肉られ、ジークは憮然として口を引き結んだ。



           *   *   *



 多少なりと状況が落ち着いたのは、ようやく日が落ちきった頃だった。にも関わらず、騎士団に戻ってくるなりエリアスは作戦室への呼び出しを受けた。

 他にも何人かが伝言役の下級騎士に声をかけられ、疲労と緊張を滲ませながら駆けていく。その後に続くと、待っていたのは予想しなかった顔だった。金髪碧眼。いかにも上流階級らしい、やや柔和で整った造作。

 貴族出身の上級騎士、クリストファー・ゴールドウィンだ。

「人数が揃ったようだ。ではこれより、通達を行う!」

 若干迫力に欠ける宣言を受け、招集された騎士達が顔を見合わせる。15、6名のうち上級騎士と中級騎士が半々ほど。下級騎士が一人。エリアスの知る限りでは全員が飛竜と組んでいる者達だ。


「アグリアの密偵が、聖都近辺に潜伏している可能性がある。この時をもって飛竜隊を組織し、警戒、捜索に当たることとする!」


 ざわりと波紋が広がった。アグリアの潜入。聖都の混乱している隙をついて。一体、なんのために。

「潜入の目的は今のところ不明である。よってアグリア兵を発見した場合は捕縛し、生かして連れ帰るように。総括は私が行う」

「――その前に、聞きたいことがある」

 遮るように声が上がった。視線の集まった先にいるのは、上級騎士ヴェルナー・ツィーエル。青く冷然とした視線を向けられ、ゴールドウィンが一瞬たじろいだ。

「先日からの騒動で、皆ただでさえ手一杯だ。そこへ更に割り当てを増やすというのは、考えがあってのことだろうか」

「それは、無論。飛竜を巡回させれば現在の騒動への牽制にもなるだろう」

「逆に刺激を与えることにはならないか?」

「巷を騒がせているのは、主に尊竜主義の教派だ。彼らがドラゴンに逆らうようなことはあるまい。そして相手を失えば対立する勢力も鎮まる。全体に見れば沈静の方向へ向かうはずだ」

「なるほど。一理ある」

 ヴェルナーはうなずいた。他はといえば、感心していたりまだ納得がいかないようだったりと反応は様々だが、ひとまずそれ以上の反論はない。

「では、今後の班分け及びそれぞれの巡回時間を発表する。まず第一班は――」

 皆の様子を見渡したゴールドウィンは手際よく指示を飛ばしていく。

 そんな中でエリアスはひとり、安堵のため息を押し殺していた。空に出てしまえば、もう『彼ら』の相手をせずにすみそうだ。

「第四班。ナーゲル・シュヴァーネ、エリアス・キルラッシュ、マイク・ファーガス」

「あ。エリアスさん、同じ班です。よろしくお願いします」

 下方から知った声が聞こえた。視線を下げれば、この場で唯一の下級騎士であるマイクと、パートナーのフローレンスが揃ってこちらを見上げていた。

 スカイブルーの目をにこりと細めたマイクに対し、場にそぐわぬワンピース姿のフローレンスは、若葉の瞳に警戒の色を浮かべていた。姿形はヒトそのものだが、彼女の本性はドラゴンだ。竜殺しである自分に反感を持っていてもおかしくない――そう思いつつ二人に笑顔を向ける。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「エリアスとマイク、だな。俺がナーゲルだ」

 そこへ色白ながら長身の上級騎士が歩み寄ってきた。普段はヴェルナー隊にいる男だ。濃茶の瞳は快活で、連日の激務など感じさせない。それに見たところ、無謀や無茶な命令をしそうなタイプでもなかった。

「しばらくは共に行動することになるな。よろしく頼む」

「は、はいっ、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

「最初の受け持ちは明日の昼らしい。それまでしっかり休んでおけよ」

 さばさばした調子で片手を上げ、ナーゲルはすぐに離れていった。マイクがそれを見ながら「がんばらなくちゃ」とこぶしを握った。


「――以上だ。では、解散!」


 ゴールドウィンは手にしていた書きつけをたたむと、先に部屋を出ていった。そして、扉が開いたその瞬間、エリアスは見慣れない色彩を扉の向こうに捉えた気がした。

 赤銅色の、髪。

 あんな人物が騎士団内にいただろうか。一瞬はそう思ったものの、日中の疲れの残る頭はこれ以上回りそうになく。

 見渡せば他の面々も、三々五々散り始めていた。



           *   *   *



「うまく……いってる、みたいね?」

「ああ。そうだな」


 夕暮れ時の聖都の片隅で。目深にフードをかぶった小柄な二人組は、時折いぶかしげな視線を向けられつつも咎められることなく道ばたに座り込んでいた。

 ケンカやらで問題さえ起こさなければ、多少怪しい格好をしていても捕まりはしない。そんな余裕などないだろう――と、隊長が言ったことは見事にその通りだった。

 折り畳んだ膝の上に頬杖をつくと、自然にため息が漏れた。ここへは以前にも潜入したことがある。しかし、前回よりも雰囲気が数段荒れていて、それを肌で感じながら妙に悲しくなった。あの時踊りを見て喜んでくれた人達はどうしているだろう。騒ぎが耐えない中で家にこもってしまっているだろうか。

 それから……あの人は……

「アーシェラ。そろそろ動くぞ」

 フードの下の赤い瞳に見上げられ、あわてて自分のフードを前へ引っぱった。あまりひとところに留まってはいけないと指示されている。それにもうすぐ定時連絡の時間だ。

「予定日まで、あと」

「四日だ」

「れ……隊長のおっしゃった通りなら、もうそろそろ、状況が変わるのかもね?」

 さすがに名前を出すのはまずいと、ぎりぎりで言い直した。それでも相方は呆れたような目をして肘でこづいてくる。

「そんなんで大丈夫か。しっかりしろよ」

 敵国のまっただ中だぞ――

 言葉にされなくてもそのくらいはわかった。アグリア騎士団中級騎士、アーシェラ・ベリは、こぼれ出た赤い髪をフードにしまいながら軽く唇をとがらせた。

「わかってるわよ」

「どうだかな」

「エルこそ、万一にも元に戻らないでよね? あんたはイグニアの騎士に姿見られたら、正体ばれちゃうかもしれないんだから」

「俺がそんな間抜けだと思うか?」

 相方は――人化しているパートナードラゴンのイェルディスは、心外とばかりに息を吐いた。しかしお互いにそれ以上は慎んでおく。


 ――状況次第で作戦の微調整を行う。斥候であるお前達の報告がその要だ――


「しっかり、やらなきゃね」

 今回の作戦の指揮官、騎士長レダ・エーゲシュトランドの凛とした姿を思い浮かべながら、アーシェラは気を引き締めた。難しい作戦だと事前に言われている。しかし、成功すればまたあそこへ行ける。


 カースライドの水源。


 レダ隊の目的は、先の戦闘の舞台へと再び赴くことだった。



           *   *   *




【一部キャラクターをお借りしています】


【関連作品】

 あまねさん『Wheel of Fortune』『A Watershed Moment』

 『When I upon a Peridot』

 卯月朔さん『イグニアの休日』

 あまねさん『幕間』

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