空のかなた
イメージとしてはレシプロ機体が全盛時代で、レーダー何それという世界観です。
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ゴースランド王国北部防衛隊「北風」基地
葉の月 15日目 0:05 頃
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一人の男が走ってきて扉を思いっきり開ける。
バタン!と言う音とやや遅れてカランカランカランと扉につけられたベルが鳴る音。
『おやっさん』として通っている酒場のマスターが迷惑そうな顔でその乱入者とでも言うべき男を睨み付けるが、それでも
「いらっしゃい。どうしたんだい」
と話しかける。
荒い息を整えている若い男は、息を切らせながらも尋ねる。
「他の奴らはまだ来ていないかい」
「他の奴ら?こんなに遅い時間だ。もう残っている奴なんか多くないよ。これから来るような物好きな奴はいないだろうさ」
日付は5分ほど前に変わったところだ。数人まだ残っている奴はいるものの、酒場は閑散としている。
明日も朝早くから一日中迎撃にあたることになるであろう飛行士はもうベットの中だろうし、整備兵などの多くも宿舎へ引き上げた。
夜間迎撃の飛行士や、その整備士はおきているだろうが、そんな奴らはここで飲んでたりはしない。
明日の朝が遅くなっても良いような奴らが何人か残っているだけだ。
もうすぐ店を閉める予定だったマスターは、もう既に片付けはじめている。
「いや、必ず来るさ」
力強く断言した男に、おやっさんは片方の眉を上げることで不信感をあらわにした。
「なんだいなんだい。いったい。明日も早いんだろう?さっさと寝ちまいな。休まねぇと明日も爆撃機が数多く来るぜ?まったく、このところ押されっぱなしだし、そんなんじゃ、今月いっぱいこの基地・・・いや、この国が持つかどうかも怪しいトコだぜ」
吐き捨てるようにそういう。
ベルトリッヒ帝国が後の世に言われる「電撃戦」を仕掛けて周辺国を瞬く間に制圧した。
周辺国に小国が多かったとはいえ、開戦後1ヶ月で10を超える諸国が陥落、征服の憂き目を見ることになった。
慌てた諸国は直ちに軍備増強に走ったが、遅すぎた。
小国とはとてもいえない規模の国、ルーシアが降伏し、さらに陸軍力ではベルトリッヒ帝国に張るとまで言われていたガーディオン共和国も制圧された。
しかし、両国を占領した帝国の歩みは急激に遅くなった。
つまるところ、攻勢限界点に達したのだ。
両国で頻発するゲリラ活動に兵力を取られるようになったのも原因の一つとは言われているが、帝国の元々の国力を上回る国土を手に入れてしまったのが原因なのは素人でも分かる理屈だった。
航空戦力と陸軍が完全に呼吸を併せて侵攻することで「電撃戦」と恐れられたのはいまや昔。
「まず飛行機、戦車は3日後、歩兵は一ヵ月後」などと自嘲気味に帝国の捕虜兵が言ったとも伝えられるほどだ。
しかし、 ベルトリッヒ帝国はここであきらめなかった。
国から冷遇されていた人々、と言うのはどの国にも必ず存在する。
占領下の国からそう言った人々を兵士として徴用し最前線に投入したのだ。功績に合わせた地位を与えるという飴と、参加しなければ鉱山での強制労働送りという鞭を使って。
無論、高い損耗率が出た。だが、ベルトリッヒ帝国軍の主戦力には損害は出なかった。鹵獲した戦闘機を使い、ごく短期間で育て上げた兵を使い倒し、前進をやめなかった。
そして、わが国「ゴースランド王国」にもベルトリッヒ帝国がやってきた。
かつての隣国の基地から爆撃機が飛んでくる毎日。
隣国-バルトラッハ皇国-へはわが国からも積極的に援軍を出したし、もはやどうにもならぬと降伏した後も亡命兵を多く受け入れを行った関係で、基地の場所ははっきりしている。
今では帝国の爆撃基地となってしまった、旧バルトラッハ皇国の基地破壊のために多くの爆撃機が飛んで行ったが、帰ってくることはなかった。
・・・最近は迎撃機をそろえるのが精一杯の有様。虎の子として温存しているはずの爆撃機も、最近では飛んでいるところを見たこともない。
多くの国民がもうこの国も長くないと感じていた。
決して、良い国であったとは言い難い。しかし、悪い国だったかと言うとそうでもない。
文句はあるが、愛おしき故郷。それが国民感情の最大公約数であっただろう。
ゆえに、長くないと感じながらも反抗を続けている。
既に他国からの援軍も期待できないというこの状況で、確実に亡国へと続く道を歩き続けざるを得ない。それがこの国の現実。
そう思いにふけりつつ、さてさてどう追い返したものか、と思案していたおやっさんであるが、そこにさらにもう一人の男が駆け込んできた。
「おお、きたか!」
「ハァ・・・・ハァ・・・・、ああ、『見た』ぜ」
「そうだよな!『見た』よな!!」
先に来た男と意味不明な会話で盛り上がっている。
「お前さん達よう、いい加減にしちゃあくれんかね。」
たたき出すのもやむなしか。自身も軍人出身で腕っ節には自身のあるおやっさんはそう考え、実行しようかとそちらに向かって歩き始めた、その瞬間。
さらに4人ほどが満面の笑顔で駆け込んできた。
「「おやっさん、一番いい酒を頼む!」」
「おお、お前達もか。『見た』んだな!」
なにやら様子がおかしい。
毒気を反らされたおやっさんはあきれ返りながら聞いた。
「いったい何を『見た』って言うんだい。」
しかし、なにやら自分達だけで盛り上がってしまっており、まったく聞いている様子がない。
そこにさらに一人、ゆっくりと歩きながら男がやってきた。
「やれやれ、だめだなこりゃ。」
「お前さんは!」
おやっさんも知っている人物。
この国が誇る迎撃撃墜王の一人、『豪腕の』ブラスト。
「何でお前さんがこんな時間にここに!?明日も早朝から迎撃に行かなきゃならんだろ!?」
驚いた顔でおやっさんはいう。
「何、明日の攻撃はないさ。それよりも一番良い酒を用意してくれないか。」
さらりと告げられた言葉にさらに驚く。
「ど、どういうことだ!!」
「ま、まずは酒を用意してくれよ。話はそれからさ。」
不審に思いつつも、エースにそういわれては反論もできない。
とっておきの最後の一本を少しずつコップにいれ、人数分用意する。
そのころには皆おとなしくテーブル席についている。
一人一人にコップをいきわたらせる。
『豪腕』が音頭を取る。
「明日の爆撃任務成功を祝って!」
「「「「カンパーーーーイ!!!」」」」
・・・・何がなんだか分からない。
何故明日の任務の、しかも成功を『祝』わねばならないのだ。
「うん?もう日付変わっちまってるのか。なら今日の成功に、だな。」
「「違いない!!」」
げらげらと笑う兵達を見ながら、頭痛をこらえるかのように頭に手をやっていたおやっさんは堪えきれないかのように切り出す。
「いったい何があったというんだい。」
「すごいもんをみた!」
「ああ、ありゃあすげぇ!!」
ダメだ、こいつらは話が通じん。早々とそう悟ったおやっさんは視線を『豪腕』に転じる。
「確かに凄かったな。なんといっても、ちょっと遊んでやった俺についてきやがったからな。」
「「「「まじっすか、半端ないっすね!!」」」」
何とか情報を組み立てようとするおやっさんだが、情報が少なすぎる。
理解の追いついていないおやっさんを見てブラストは、
「まさか誘導任務何ぞに駆り出されるとは思っちゃ見なかったが。」
と、まるでヒントを出すかのように告げる。
誘導任務、と言うのは最近になって割と多い任務だ。
航法すら怪しい新人を戦場に誘導する任務。
しかし、こんな真夜中に新人を空へ連れて行っても墜落が待つだけだ。
・・・つまり誘導したのは新人ではない。
新人で無いとしたら『誰を』?
「・・・まさか!?」
「その、まさかさ。」
「どこだ!?」
『豪腕』に食いつかんがばかりに近寄ってたずねる。
『豪腕』はにやりと笑って空になったコップを付き出す。
慌てて注ぐ。
一息で飲み干した『豪腕』は一言だけつぶやく。
「ありゃあ、すげえよ。」
「何が凄いと言うんじゃ!!?」
・・・ふと、気が付く。
パイロットが本気で賞賛する相手は、『自分より腕前が上の』パイロットだけ。
『豪腕』より腕前が立つ!?
「俺っち始めてみましたよ、10機星を2つもつけてるなんざ。」
「俺も俺も。」
「俺が見たのは10機星一つだったなぁ。残念だ。」
10機星は前大戦後に規定された、大陸公式撃墜マーク。文字通り10機撃墜でつける事ができる。
コレをつける事ができて初めて、エースを名乗れる。
『豪腕』をにらむ。
「俺が見たのはもっと凄かったぜ。なんせったって、公式戦果じゃこの大陸で一人しかいねぇ。」
「「「まじですか!?」」」
公式戦果一位・・・朱き翼!?
「バルミアか!」
先日、帝国を撃退した島国、バルミア王国。最新の迎撃機と数多くのエースを誇る。
無意識に繰り出してしまうガッツポーズ。
「10機星を10個背負ってる飛行機なんて、見る機会はもうないかも知れねぇな。」
「「「すげーぇぇぇぇ!!」」」
おやっさんはこの騒動を怪しんで新たに入ってきたもの、気になって帰るに帰れなかった数名に向けて高らかと宣言する。
「今日はおれのおごりだ!じゃんじゃん飲んでいってくれ!!」
途中から入ってきた男が聞く。
「いったい何の騒ぎだ?」
「着たんだよ!!」
「何がだよ?」
「「「「「援軍さ!!!」」」」
一呼吸おいて、酒場は歓声の渦に包まれた。
その騒ぎに気が付いて近寄ってきたものが更に騒ぎを大きくしていく。
その後おやっさんは回顧録に書いている。もし、この日爆撃が成功していなければ、翌日にはこの国は壊滅していただろう、と。
しかし、そうはならなかった。
爆撃護衛任務を完了させ、翌日日中に補給のため朱き翼がこの基地に降り立ち、機体から『彼女』が降りてきたときに騒ぎは更に大きくなるのだが、それはまた別の話である。