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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
二章 遥かなる旅
9/41

旅路


まだ日が高い、そんな時間帯のとあるフォーゲルノート帝国の街で、真っ黒なローブに身を包んだ人が歩いていた。


その足取りは遅く、殆どの者が避けて抜き去っていく。


ローブを頭の先まで被っているため、まったく身なりが分からない。


性別すらも分からぬ人影は、そのゆっくりとした足取りのまま、薄暗い路地へと入った。


「…首尾はどうだ?」


人影が入った路地に、暗く重い、そんな印象を与える声が響いた。


突然響いた言葉に、人影は特に驚く様子も見せずにこう言った。


「…問題ありません。今すぐにでも決行できます」


「…そうか。…なら、貴様はこのまま待機していろ。動いてもいいが、見つかるな」


「…了解しました」


それだけを言うと、路地の中を支配していた重苦しい空気が霧散する。


そして、そう呟くように言った人影は、またその重い足取りで歩き出す。


しかし、その人影が数歩歩いたとき、その人影は元からそこにいなかったかのように消え去ってしまった。





朝の光に照らされた朝露の輝く森の中を、シオンとユフィーは歩いていた。


二人共あまり会話が無く歩いているが、これは専らユフィーのせいであった。


パキン!


パリパリパリ…


バリィン!


「…ちょっとユフィー。音だけ聞くとすんごく何やってるか分からないよ」


「仕方ないでしょ。これの使い方を覚えないといけないんだし」


隣から聞こえてくる不吉な音の連鎖に、たまらずシオンは内心ビクビクしながら声をあげる。


だが、ユフィーは手に持つスターレインを示すと、再び魔力を練り上げていく。


ユフィーが行っているのは、自らの魔力の制御と杖の効果を見極める行為だ。


戦っている最中に突然ぶっ倒れても、誰も助けてくれはしない。


まあ、お人好しのシオンならば助けるかもしれないが、あまり褒められたことではないからだ。


それに加え、スターレインについている宝玉は魔力を内包できる能力がある。


この能力を見極めるために、ユフィーは少しずつ魔力を流しているのだ。


ちなみに、今の宝玉の色は全て淡い水色に光輝いていた。


「うん。それは分かってるんだけどね? …こう…何て言うかさ…」


「なによ。はっきり言いなさいよ」


歯切れの悪いシオンの台詞に、ユフィーは苛立ちを隠せない。


そこでシオンは、渋々と言った様子で周りの惨状を示した。


「…これはちょっと、やりすぎなんじゃないかなー…って僕は思うんだけど」


シオンの周りには、氷漬けにされた魔物や、木々の数々が広がっていた。


周囲の気温もそれに従って下がっており、シオンは着ていたコートを深く着直している。


「あら、いいじゃない。魔物に関しては、未曾有の悲劇を防げたって事で」


寒そうにしているシオンを尻目に、ユフィーはまったく寒そうにしていなかった。


シオンより、かなりの薄着に見えるはずなのだが。


「未曾有って何さ…。でも、魔物の量が多いことは確かだよね」


「ええ。馬引きもいないから、多分魔物が多いせいなんじゃないかしら」


馬引きというのは、この世界での長距離の移動手段である。


馬が数十頭集まって、一般的な大きさの民家を引っ張るのである。その民家の中に人々を収容し、目的地まで運ぶのが馬引きの仕事なのだ。


街の外に出ると必ず見かける馬引きがいないと言うことは、魔物の量が多く運行ルートが取れないという事と、天候状況の二つがあげられる。


そして、今の状況としては魔物が多いせいだろうと思っている二人なのであった。


「でもまあ、そのせいで歩いてるんだけどね。僕達は」


「…それを言わないでよ」


「…方向さえ間違わなければ、三日後には多分大陸の端に着いてるよ?」


「…三日、ね。…三日」


「…うん、三日…」


「「…はぁ…」」


道のりがまだまだ長いことに、二人は同時に大きなため息を吐く。


だが、今の二人の状況では、ゆっくりと落ち込んでいる暇など無かった。


ガサガサガサ…


「方向を間違わなければ三日よね…?」


「…確かにそう言ったけど?」


「…魔物に襲われてたら三日以上かかるんじゃないの?」


「あ。…確かにそうだね」


「グルルルル…」


二人がそんな会話を交わしていると、ユフィーの心配通りの事が起こった。


とは言っても、まだ凍らせていない茂みが不自然に動いたことを見ていたからなのだが。


「あの長い爪は『クローウルフ』ね。いい感じに食料になりそうよ?」


「え? 食べれるの?」


「当たり前じゃない。ちょっと臭みはあるけど、きちんと焼けば食べれるわ」


「へぇ、そうなんだ」


思わぬ所で聞けた食事情報に、シオンは感嘆の息を漏らす。


そんな二人の会話など理解もできないクローウルフは、自慢の長い爪を剥き出しにしながら跳びかかってきた。


シオンは、その跳びかかりを真っ向からカテドラルで受け止め、器用にクローウルフを打ち上げる。


そして、完全無防備になったクローウルフの腹を貫いた。


「…やるわね」


その技を見ていたユフィーは、少し悔しそうな表情で呟く。


普通、刃物で何かを受け止めるのは尋常では無い技量と精神力がいる。


刃物によって対象が切れるか、刃物が刃毀れするからだ。


その心配を微塵も感じさせないシオンの動きが、ユフィーは面白くなかったのである。


「はい。どうするのこいつ? どこか食べられない所とかってあるの?」


突き刺さっていたクローウルフの死体をカテドラルから引き抜き、足を持った状態でユフィーにそう聞くシオン。


ユフィーはそのクローウルフの死体を見ながら、状況を冷静に分析していく。


「そうね。とりあえずは皮を剥いで、内臓を全部取り出す。爪に関しては、あたしたちの村では調度品になっていたんだけど、今は必要ないわね」


指で状況を指差しながら、ユフィーは的確に指示していく。


その様を見て、シオンは再び感嘆の息を吐いた。


「へぇー。僕はこんなの見たこと無いから、よく分かんないや」


「それはそうでしょう。あなたは王子なのよ? こんな事知ってる方がおかしいわ。普通、きちんと料理された物が出てくるんだからね」


少しばかりの皮肉を込めながら、ユフィーはシオンに向かって言い放つ。


そのものズバリなユフィーの言葉に、シオンはぐぅの音も出なかった。


「ま、後はこれを焼くだけだから簡単なんだけれどね」


「あ、そうなんだ。じゃあ、僕は薪でも集めに……」


そこまで言って、シオンは綺麗に固まってしまった。


振り返る所は振り返り、振り返っていない所は振り返っていない。


そんな奇妙な体の向きのままで。


「なに? どうしたの?」


そんな奇妙な形に固まったシオンを訝しみながら、ユフィーはとりあえず質問をする。


その質問に、シオンは呆れたような声を出しながらこう言った。


「…木とか葉っぱとか、全部凍ってるんだけど」


「………///」


そう。ほとんどの木々は、ユフィーの実験のために凍らされてしまっていたのだ。


その事に気づいたユフィーは、顔を真っ赤にしながら下を向いてしまう。


「…ま、少しだけ歩こうか。後には戻れないけど、先に行けばあるはずだからさ」


「…ええ。そうしましょうか」


顔が真っ赤のままだが、ユフィーは前を進むシオンの後を追いかけて行った。




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