旅立ち
再会を果たした二人は、民家の外へと繰り出していた。
ミーナの遺体は民家の中にあった布で包み、ユフィーの氷で氷漬けにした。火葬ならぬ氷葬である。
その際、ユフィーはミーナの着ていた服を千切り、新たな髪止めとしてきつく結び止めていた。
今回起こったことを、忘れないために。自らの、決意と共に。
「…なによ…この魔物の量は…」
「…ははは…やっぱりそう思うよねー…」
空を覆い尽くさんばかりのヒーナスの量に、ユフィーは信じられないといった顔をする。
その反応を予想していたのか、乾いた笑い声をあげるシオン。
だが、すぐに自らの武器を構えて戦闘の準備を行う。
「行こう、ユフィー。トラヴァスがまだ戦ってるはずだから、とりあえずそこで合流しよう」
「トラヴァス? 誰よそれ?」
「騎士団にいる人だよ。弓の腕がすごいんだ」
賛辞の言葉を述べながら、シオンは目的の場所へと走り出した。
ビシュンッ
一本の矢が空を切り裂く音と共に飛ぶ。
狙い違わず、矢はヒーナスの胴体に刺さりその体を地面へと落下させる。
その様を見て、真紅の髪を持った少年、トラヴァスはため息を吐いた。
「はぁ…これじゃ、いつまで経っても終わんねー、よ!」
愚痴を零してはいるが、その動きを休めることはない。
帝国を守る者としての責務。ただそれだけが彼の原動力だった。
だが、そんな彼の後ろから、待ち望んでいた声が上がる。
「トラヴァス! 加勢に来たよ!」
「シオン殿下!? 助かります!」
現れたのは、落下しながら襲ってくるヒーナスを両手の双爪で叩き落としているシオンだった。
その後ろには、そのシオンに守られるような形で走っているユフィーがいる。
「もう一人いるから! ね、ユフィー!」
「…そんな期待の目で見られても困るんだけど」
無事合流を果たしたシオンは、後ろにいるユフィーに振り返ってそう言う。
声をかけられたユフィーは、口から出た言葉とは裏腹に少し嬉しそうな表情をしていた。
そして、そのまま自らの魔力を練り上げていく。
ピキピキピキピキ…
その練り上げていく過程の副産物なのか、ユフィーの周囲の大気が凍り始める。
「げ! で、殿下! 離れていないと俺たちも凍りますよ!?」
普通では滅多に見る事のできない現象に、トラヴァスは焦りだす。
だが、その騎士団の少年とは裏腹にシオンはいたって冷静だった。
「大丈夫だよ。ね、ユフィー」
落ち着いた表情で言うシオンだったが、間髪入れずに返ってきたユフィーの言葉に、その表情は崩れ去った。
「無理よ! 今だって完全に手探りなの! まだ完全にコントロールできないんだから!」
「…え…」
「凍てつく世界に住まう、唯一の絶対者。氷の女王よ、我が呼びかけに答え、その冷たき体で我が脅威を抱け! 『氷の抱擁』!」
「うわぁぁぁ!!」
焦った声から出たのは、魔法発動の呪文。
その呪文によって制御されたユフィーの膨大な魔力は、辺り一面を巻き込む巨大な吹雪となった。
そして、荒れ狂う吹雪は空へと舞い上がり、一面を蔽っていた黒色と激突した。
「…あれ…生きてる…」
不格好ながらも頭を抱えて伏せていたシオンは、自らの体が無事であることを確認すると安堵の息を吐いた。
だが、急激に下がった気温に体を震わせた。
「さむっ…! どうなった…の?」
体を震わせながら起き上がったシオンは、目の前に広がっている一面の銀世界を見て言葉を失った。
先程までの現状からは想像できない、真っ青な空。地面に転がる、無数の氷塊。その中に佇むユフィー。
そして、極めつけは見渡す限りの白色だった。
その異質な光景にシオンが言葉を失っていると、どこからか出てきたトラヴァスが声をかけてくる。
「…殿下、ご無事で?」
「…う、うん…。…でも、すごい…これが、魔法…」
「俺もここまでの物は初めて見ましたよ。騎士団の中でも少ないですからね、『魔導師』は」
「確かにそうだね。『聖霊の力を借り、己が魔力を持って森羅万象の断りを崩す者』か…」
シオンは、これまで読んだ書物の中に書かれていた言葉を思い出す。
魔法を発動させる条件は大きく二つある。
魔力を持っていること。聖霊に魅入られることの二つだ。
魔力を持つということは種族上の関係もあるので、一概には簡単とは言えないが、それでも難しいのが聖霊に魅入られることである。
どこにいるのかも定かではない聖霊に出会い、尚且つ気まぐれな聖霊のお眼鏡に叶わなければならないのだ。
聖霊の力を借りない状態で魔法を発動させることも可能だが、それには尋常では無い精神力が要求される。
そのため、実質上聖霊の助力無しには人は魔法を扱うことができないのである。
「…大丈夫だった?」
いつの間にか二人の元に歩いて来ていたユフィーが、申し訳ないと言うような顔で声をかけてきていた。
「…うん。なんとかね」
「…そう。それならよかった。…まだ制御しきれないのよ、これ」
手を前に突き出しながら、再度魔力を練るユフィー。
その魔力の流れに従うように、手の周りの空気が凍っていく。
そして、その事を確認したユフィーは手をプラプラと振る。
すると、凍っていた空気が嘘のように晴れ、元に戻った。
「…すごいな。やはり、魔法を使う者には勝てる気はしないな」
「……なに?」
トラヴァスの口からこぼれ出た賛辞の言葉に、ユフィーは冷たく言葉を発しながら眉をひそめる。
その反応の意図を悟ったトラヴァスは、ただ肩を竦めるだけだった。
「…まぁまぁ。…でも、ここらにいる魔物は全部片付いたのかな?」
その重くなってしまった空気を払拭しようと、シオンが手と声をあげる。
その言葉通り、周囲には魔物の気配は無かった。人の気配もだが。
「そうですね。俺もたいがいは堕としましたけど、ほとんどはこの人がやりましたからね」
「……ふん」
トラヴァスのどこが気に入らないのか、ユフィーは彼を視界に入れないように体の向きごとそっぽを向いてしまった。
「…殿下。俺、何かしました?」
「…ユフィーはこう言う子なんだよ。我慢我慢」
小声でそういうトラヴァスに、シオンもそれに習うように小声で返す。
そんな男二人がひそひそ話をしているとき、街の外側から魔物の声が聞こえてきた。
「ギャアアァァ…」
「! この声はエルブレイア?」
「…そのようですね。それに、この声は断末魔です。多分、やったんでしょう」
突然響いた鳴き声にシオンは慌てるが、トラヴァスは冷静にその声を聞き分ける。
そして、城門側にいる仲間を思って安堵の言葉を零した。
「じゃあ、僕等は王宮に向かおう。そこで皆と合流だ」
「分かりました。なら、俺は先に向かいますので」
「うん。おーい、ユフィー!」
今後の方針を話し合った後、トラヴァスと別れたシオンは、いつの間にか遠くに歩きだしていたユフィーに声をかける。
「…ん? あいつは行ったの?」
「あいつ? ああ、トラヴァスか。うん、行ったよ? そして、僕等も移動しよう。王宮にね」
「そう。でも、少しだけ待ってくれない? …少し、したいことがあるの」
「?」
シオンに了承を求めると、ユフィーは地面へと跪き手を組んで礼を行う。
その意図を理解したシオンは、自らも同じ行動を取った。
「…ミーナ。…あたしは、強くなるわ。もう二度と同じ経験はしたくないから。…だから、見ててね…あたしが強くなる所を…」
そう決意の言葉を口にするユフィー。
その言葉と顔を見て、シオンも新たに決意を固めるのだった。
「……ねぇ…あたし、場違いじゃない?」
緊張のためか、体を小刻みに震わせるユフィー。
隣の豪勢な椅子に普通に座っているシオンに、そう頼り無さげな声でユフィーは助けを求めていた。
「大丈夫だよ。僕の友達って事でさ」
「そんな簡単に言わないでよ!」
ちなみにこのやりとりはかなりの小声で行われている。
なぜなら、二人がいるのは王宮の中にある謁見の間だからだ。
蒼を基調とした色使いの豪勢な家具に、高そうなランプの数々。
辺境の小さな村に住むユフィーにとっては、ありえない世界だった。
ギギィ…
「…ひゃっ…」
突然響いた扉の開く音に、緊張のピークを向かえているユフィーは変な声をあげてしまう。
その姿を見たシオンが笑いを堪えていると、開かれた扉から入ってくる人の影があった。
「シオンよ。よく生き残ったな」
現れたのは、クルト以下数名の忠臣達だった。
その中にはなぜかリサーナの姿もあり、シオンはその面々に似合わないメイド姿に驚いていた。
「ええ。でも、トラヴァスが来てくれて助かりましたよ。それに、ユフィーもいましたし」
「ほぅ? 隣にいる者か?」
クルトの言葉に立ち上がりながら、シオンは淡々とだが、しかし少し嬉しそうに答える。
そして、その気分のまま隣に座るユフィーを示した。
その息子の言葉に、クルトは若干眉をひそめながらもその方向を向く。
「は、初めまして! ユ、ユフェルニカ・シーファスです!」
言葉をつまらせながらも、何とか自分の名前を名乗ることに成功したユフィー。
すぐさま立ち上がって、綺麗なお辞儀を決める彼女の姿は、普段のユフィーを知る者にとってはかなり新鮮なものであった。
まあ、自国の王様に対して敬語も何もないのはおかしな話であるのだが。
「シーファス殿か。此度は王子と共に魔物の撃退に尽力してくれたこと礼を言う」
だが、クルトにとってはその慌てぶりを見るのは慣れているのか、至って平静に言葉を返す。
しかし、ユフィーにとってはクルトの告げた礼の言葉がいけなかったのであろう。
あたふたと手を振りながら、再び慌てだしてしまった。
「い、いえいえいえいえ! そ、そんな礼を言われるようなことなんかしてないですよ! …あ、あははは!」
どこか気でも狂ったのか、なぜかそんな高笑いを始めてしまうユフィー。
これにはクルトも驚いたようで、他の者共々固まってしまった。
「…と、とりあえずユフィーはこのままで放っておいて。…ゴホン。父上、お話があります」
隣にいたシオンも半ば慌てていたが、胸の中にしまっていた疑念をぶつける事にした。
「なんだ? 話してみろ」
「今回の魔物の襲撃…王国側で報告された襲撃事件と似ていませんか?」
「…ふむ。なぜそう思うのだ?」
シオンの切り出した話題に、クルトは記憶を探るように顔をしかめた後、シオンの言葉の続きを待った。
「僕はエルブレイアと戦っていないから分かりませんが、ヒーナスの方なら分かります。普通なら、共食いを初めてもおかしくないほどの量です。ですが、それをしている所は一度も見ませんでした」
そう深刻な表情で言うシオン。
本来、魔物は群れて行動することはない。それは利害の一致があったとしてもだ。
群れたとしても同族でのみ。それ以外は食料としか見えていないのが魔物なのである。
そして、空腹の限界にきた魔物は、たとえそれが何であろうと食する。それが同族でも。
だからこそシオンは疑問に思ったのだ。堕ちていた死骸は、全て武器屋魔法による傷しかついていないことを。
「…確かにそうであるな。エルブレイアに関しては単独行動であったため、断言は出来ぬが…」
先程の戦闘を思い出しながらクルトは悩み出してしまう。
だが、その後ろから小さく手を挙げる者の姿があった。
「…あのー、少しよろしいでしょうか?」
「ん? 何だリサーナ、申してみよ」
「はい。私はシオン殿下の言う通りだと思っています。私のスタイルは基本的に遊撃なので、ヒーナスとエルブレイアの動向に疑問を思っていたんです」
「疑問? 何かあったの? リサーナさん」
クルトの許可を得たリサーナは、恐縮ですというような風に遠慮がちに発言する。
だが、その発言された言葉に興味を持ったシオンは、さらに発言を促していく。
「まず、ヒーナスはエルブレイアのお零れを貰うために行動していたはずです。ですが、そんな素振りは一切見せずに我々を共に攻撃してきました。…息が合っているかのように」
「まさか! そんなことがある訳ねぇだろう!」
「ですが、それしか考えられません! そうでもなければ、このシンセミアの街にこうも易々と踏み入られるなど…!」
リサーナの分析した発言に、今まで静かにしていたブレイクがガラの悪い声をあげる。
だが、リサーナはその声に屈することなく自らの意見を主張した。
「ええい! 私たちがここで悩んでいても意味があるまい! 民たちの避難は大丈夫なんだろうな?」
「…はっ! 既に近隣の村や街に避難しております。連絡も取れており……」
クルトの苛立ちのこもった声に、リサーナとブレイクはバツが悪そうに黙ってしまう。
その間に、後ろに控えていた忠臣から報告がなされていく。
伝えられた報告には悲惨な物も混じっていたが、民たちが無事という報告を聞いてクルトは安堵していた。
だが、今まで何かを決めかねるように思案していたシオンが、唐突に顔をあげてこう言った。
「父上、皆、僕の話を聞いてほしい。…僕は、王国に向かってみようと思うんだ」
「な! 正気ですか殿下!」
「僕は正気だよ、リサーナさん。父上、いいですか?」
唐突なシオンの発言に、リサーナは声を荒げてしまう。
そんなお抱えのメイドの姿に、シオンはごくごく普通に言葉を返し、クルトに答えを求めた。
「…理由を、聞いておこうか」
クルトは数瞬悩んだ後、そう切り出した。
「まずは情報収集です。王国側の事件と照らし合わせることで、何かが見えてくるかもしれません。そして、王国王家に協力を申し込みます。もう一度こんな事があったとき、どうあっても一国の力じゃ足りませんから」
真剣な表情で告げるシオン。
その決断と意志のこもった目に、クルトは何度目かの衝撃を覚えていた。
「(…ふ…恐ろしいものだな。成長という物は…)…よかろう。だが、お前一人で行くというのか?」
「いえ、ユフィーも一緒に」
「ひゃう! え、あ、あたしも!?」
「うん。だって、魔法が扱える人材なんて、そうそういないからね!」
急に話題に出されたユフィーは、変な声をあげながらひどく狼狽してしまう。
だが、シオンは満面の笑みでユフィーを見ながら言い切ってしまった。
「…ふむ。シーファス殿は魔導師であったか。ならば任せられるな」
クルトも顎に手を当てながら、感心するようにうんうんと頷いてユフィーの同行を許可してしまう。
「え、いや、ちょっと! あ、あたしなんてまだ魔法使えるようになったばっかりなんだからね! それに、今さっきの奴でも───」
「ほう。ならば…リサーナ! シーファス殿にアレを!」
「はっ!」
ひどく狼狽したまま、ユフィーは自分自身の状況を説明しようと喋り始める。
だが、クルトはそんなことはお構い無しにリサーナに指示を飛ばす。
その指示を受けたリサーナは、軽く一礼した後に部屋から飛び出して行った。
「お持ちして参りました」
「「はやっ!」」
部屋から出てそんなに時間が経っていないというのに、リサーナが大きな布に包まれたものを持って返ってきたことに、シオンとユフィーは同時に突っ込んでしまう。
リサーナはその手に抱えたものをクルトに渡すと、礼をして後ろに控えた。
「魔導師であるなら、媒介の杖は必要であろう。これを持っていくがいい」
布を剥がした先に現れたのは、ゴツゴツとした印象を受ける長杖だった。
宝玉が幾つも散りばめられ、その一つ一つの宝玉が鈍く輝く杖を、クルトはユフィーに向かって差し出した。
「名を『スターレイン』という。いつまでも肥やしにしておくのは勿体ないのでな。受け取ってくれ」
「『スターレイン』…」
ユフィーは差し出された杖を手に取る。
意外なことにユフィーの身長にしっくりとくる杖の長さに、ユフィーは驚きながらもその感触を確かめていく。
ほんの悪戯心だったのだろう。その杖に対してユフィーは魔力を込めた。
シュオン…
「キャッ!」
「うわっ、綺麗な宝玉になった!」
その魔力が宝玉に吸い込まれ、宝玉の鈍い輝きが薄い水色の輝きに変わる。
突然の出来事に、シオンはただ単に驚きの声をあげたが、ユフィーの方は面白いぐらいに驚いていた。
「その杖は所持者の魔力を封入し、魔法の発動を早めることができると聞いたことがある。今の輝きは、それがなされた証だろう」
その現象を冷静に分析するクルト。
はっきり言って、ユフィーにはそんな言葉は聞こえてはいなかったのだが、ユフィーはクルトに向かって笑いながらこう言った。
「…気に入った。気に入ったわ。…これ、貰ってもいいんですよね?」
「もちろんだ」
「…なら、ユフィーの武器も手に入ったし、早速行こうか!」
満足そうに頷いたクルトを見て、ユフィーはスターレインを背中に抱える。
それを見たシオンは、早々と部屋を後にしようとする。
「待たんか。せめて今日の疲れを癒し、明日にでも出発しろ。その間に、私が信書を書いてやる」
「信書…。…そうですね、分かりました。なら明朝、僕等は王国に向かって出発します」
「うむ」
クルトはそれだけを答えて、部屋を後にする。
他の忠臣たちもそれに習い、ぞろぞろと部屋から出て行く。
そして、部屋に残ったのはシオンとユフィーとリサーナだった。
「ふぅ…。じゃあ、僕等も明日に向けて休もうか。リサーナさん、ユフィーに部屋を用意してあげて」
「はい、分かりました。では、どうぞこちらへ」
「…シオン!」
リサーナにユフィーのことを頼むと、シオンは部屋から出て行こうとする。
だが、ユフィーは歩き出しているシオンを呼び止めた。
「ん? なに、ユフィー?」
「あの、えっと……ありがとね」
顔を真っ赤にしながら、消え入りそうな声でお礼の言葉を言ったユフィー。
そんなユフィーに、シオンは苦笑しながらこう返した。
「…どういたしまして。じゃ、また明日」
そう言って、シオンは自分の部屋へ向かって行った。
チュンチュンチュン…
いつもと変わらない、鳥の鳴き声が響く静かな朝。
だが、周りには以前崩れた瓦礫と、魔物の亡骸が残っていた。
そんな朝の空気の中、ユフィーは案内された部屋につけられた鏡を見ていた。
いつもと違う、金色の髪を下ろした状態で鏡をまっすぐ見つめている。
「………」
そして、無言のままに髪を結っていく。
左には黒い色のいつものリボンを。右には───
「…ミーナ…。…あたし、頑張るね」
青緑色のリボンを。
固く結ばれた決意のリボンは、ユフィーの心を表していた。
「…よしっ! 行きましょうか!」
頬を両手でパシリと叩くと、後ろの壁に立てかけてあったスターレインを手に取る。
そして、もう一度鏡を一瞥した後、ユフィーは部屋の扉を開けた。
「よし。行こうか、ユフィー」
「ええ。行きましょう」
シオンとユフィーの二人は城門の前に来ていた。
シオンは腰にカテドラルを吊り、ユフィーは背中にスターレインを背負っている。
そして、その二人の前にはクルトとリサーナ、トラヴァスまでもがいた。
「…リサーナさんとトラヴァスは分かるんだけど、どうして父上までここに?」
王であるクルトが、こんな時に出てきていいわけはない。
クルトとしては、ただ単に息子を見送りたかっただけだったが、シオンはその意図に気づかなかった。
だからこそ、クルトは無言で一歩前に進み、シオンにあるものを手渡した。
「…これは?」
シオンに手渡されたのは、質素な銀色のネックレス。
丸形のプレートに十字架が彫られた、何の変哲もないネックレスだ。
「これは『時の証』という。帝国王家に伝わる秘宝だ。お前を守ってくれるだろう」
「『時の証』…。ありがとうございます」
シオンは時の証を首にかけると、クルトに向かって礼を言った。
その礼をクルトは再び無言で受けると、後へと下がった。
「じゃあ、行ってくるね。リサーナさん、トラヴァス、父上」
「はい。お帰りをお待ちしております」
「頑張って下さい。俺も待ってますから」
リサーナとトラヴァスは、それぞれの言葉でシオンたちを送り出す。
そして、その言葉を背にシオンとユフィーは歩き出した。
この旅が、自らのためになるものだと信じて。
それぞれの揺るがぬ決意を持って、二人の若者は歩き出したのだ。