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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
一章 変化の予兆
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激動の再会


シオンは、戦っていた。


空を飛び回り、急降下しながらこちらを襲うヒーナスを、寸での所で回避して双爪の一撃を加える。


そんなカウンターの行動を、シオンはずっと繰り返していた。


日頃行っていた武芸の鍛練のおかげで、動くことはできる。


だが、初めての実戦、初めての相手の命を奪うという行為は、シオンの心を蝕んでいた。


「…はっ!」


もう一度カウンターを加える。


そのカウンターを喰らったヒーナスは、力無く地上へと落下し、絶命した。


「…はぁ…はぁ…はぁ…。…っこれでようやく十匹目…。…くそっ、後何匹いるんだ…!」


空を蔽う無数の魔物の影に、シオンは知らず知らずのうちに悪態をつく。


「…これじゃあジリ貧じゃな───」


ビシュン!


「うわっ!」


空を眺めていたシオンの目の前に、一本の矢が通過する。その矢は空気を切り裂きながら空の黒い点を射抜く。


その光景に、シオンは驚きながら落ちてくる死骸を避けた。


「…殿下! 俺も加勢します!」


「トラヴァス! 来てくれたんだね!」


死骸を避けていると、若い男の声がシオンへとかかる。


その声の主を認めたシオンは、声の主の名前を呼びながら手を振った。


真紅の髪をまっすぐ腰まで伸ばした、中世的な雰囲気を醸し出す少年。


シオンとたいして年齢は変わらないようで、敬語と普通の言葉が入り混じってしまっている。


「ええ。クルト様から言われ、馳せ参じました。トラヴァス・サーヴィー、只今より殿下の援護を行います」


手に持った長弓『シェインゲリタ』をシオンの前に差し出しながら、臣下の例をととる。


だが、その姿にシオンは軽く吹き出した。


「ぷっ…。やっぱり、トラヴァスはそういうの似合わないよ。それに…そんな畏まってると女の子に見えちゃうよ?」


「な!? お、俺は男です! 殿下は知ってるでしょ! 俺が女に間違えられるのが嫌いだって事ぐらい!」


禁句である台詞を言われ、絶対服従の関係を忘れて捲し立てるトラヴァス。


しかし、シオンは怒られながらも、その笑いの姿勢を崩さなかった。


「…うんうん。やっぱりこうじゃないとね。せっかくの同い年なんだからさ、もっと気楽にいこうよ」


「で、ですが…」


「それに、今はこんな話をしてる場合じゃないみたいだよ?」


意見を言おうとするトラヴァスを手で制し、シオンは頭上で鳴き声の大合唱をしているヒーナスを指差す。


その指先にあるものを見たトラヴァスは、やれやれと言った様子で首を振った。


「…そうですね。この突然の来賓にはご退場願いましょうか。エルブレイアの方は、他の騎士団以下、参謀長たちが頑張ってくれているみたいなんで」


「そっか。なら、父上とリサーナさんもそこに?」


「ええ。その通りです、よ!」


シオンの疑問に答えながら、トラヴァスはシェインゲリタの弓を引き絞る。


三発続けて放たれた矢は、正確に三匹の獲物の胸を貫いた。


「…やっぱり、トラヴァスの弓はすごいね…。これは、僕も頑張らないと……ん?」


自らも、両手につけたカテドラルの自由可動する爪を動かしながら、ヒーナスを睨みつける。


だが、シオンの耳には聞き捨てならない声が飛び込んできていた。


「…これは、声? …いや、叫び声…どっちにしても、行ってみないと…!」


「殿下!? どこに行かれるんですか!」


「声が聞こえたんだ! まだ生きている人がいるかもしれない!」


トラヴァスの心配する声にそれだけ返すと、シオンは走り出した。


シオンは確かに聞いたのだ。


慟哭の声を。





「……ぅぅ…」


ユフィーは未だにミーナの体を抱きしめながら泣いていた。


もう動くことは無いと分かっているのに、体を離すことができなかった。


ただ、そこにあったはずの命の名残りを惜しむように、ただ泣いていた。


ガシャン!


だが、その空間の中に入ってくる音と、人の気配がユフィーを刺激した。


「…っ!」


弾かれるようにその音がした方向から遠ざかり、ミーナの遺体を自らの背中に隠す。


もう二度と、誰にも触れられないようにと。


しかし、そのユフィーの懸念とは裏腹に、かけられた声は必死なものだった。


「───大丈夫!? 結構大きな声が聞こえたんだけど……いてっ!」


凍った床に足をとられ、ツルッと言う音を出しながら転けてしまう少年。


ぶつけた腕や足を擦りながら立ち上がると、その少年は苦笑いになりながらもう一度繰り返した。


「ははは…なんか格好つかないね…。で、大丈夫?」


「………」


心配そうに問いかける少年だったが、ユフィーはその人物に驚いて声が出せないでいた。


だが、少年はそんなユフィーの驚きに気づいていないのか、よく分からないという顔をしている。


「? …あ、そういえば君って、あの時の女の子?」


「…シオン・セナ・ファルカス……なんで…?」


噛み合っているようで噛み合っていない不思議な言葉を、二人の若者は発した。





「………」


シオンは戸惑っていた。


目の前で泣いていた少女が、自分の顔を見た瞬間、突然顔を真っ赤にさせてしまったことにだ。


さらには、そこからもう一回泣き出してしまう始末で、シオンはどうしていいか分からなかった。


「…えーっと、とりあえず泣き止んでくれると…」


「…やっと、会えた…」


「へ?」


自らの言葉に、泣いていた少女がいきなり被せてきたことに、シオンは間抜けな声を出してしまう。


だが、少女はそんな事は気にせずに言葉を続ける。


「…あの時のお礼が、やっと言える」


「あの時? もしや、君ってシーファスさん?」


「そうよ。でも、名前でいいって言わなかった?」


若干こめかみを震わせながら凄む少女。


その迫力に、シオンは顔を引きつらせながら答えた。


「あーっと、じゃあ、ユフェルニカさん?」


「…ユフィー…」


「え?」


「ユフィーでいいって言ったの。あたしの名前は長いから」


あ、この子はあまり慣れてないんだな。と意味の分からない解釈を心の中でしながら、ユフィーの赤く染まった頬を無視した。


ユフィーの心中としては、そんな事では全然無いのだがシオンが分かるはずもなかった。


「じゃあ、ユフィーさ…」


「ユフィー」


「……じゃあ、ユフィーで。僕の名前は知ってるよね? さっきもフルネームで言われたし…。ま、シオンって呼んでよ」


「いいの? 今日は戴冠式のはずで、王になったんだったらそんな口の利き方ではいけないんじゃなくて?」


当然の疑念を口にするユフィー。


王様の名前を呼び捨てで呼ぶ民衆。確かに示しはつかなくなるだろう。


だが、ユフィーの疑念をシオンは笑いながら返した。


「いいんだよ。だって、堅苦しいのは嫌いだし、それに同年代の友達ってなかなかできないんだよね。王族ってさ」


シオンから出た思わぬ答えに、ユフィーはただ苦笑するしかなかった。


だが、次にシオンが発した言葉にユフィーの笑顔は文字通り凍りついた。


「で、さ。つかぬ事を聞くけど、ユフィーの後ろにいるのって…ルナーシアさん?」


「っ! そう、よ。…あそこにいるのはミーナ。でも、もう動かない…。…助けられなかったの…」


消え入りそうな声でそう答えるユフィー。


その壊れてしまいそうな雰囲気にシオンはどうすることもできず、ただ謝るしかなかった。


「…ごめん。そんな事があったなんて…」


「いいの。私が弱かったからよ。…心も、力も、何もなかったのに…」


「力…? 君には力があるじゃないか」


「無いわよ! この力でさえも、守ることができなかった! 魔物一匹殺すのは造作もないのに、友達一人も守れない力なんていらない!」


拳を握り締めながら悲痛の声をあげるユフィー。


何もできない力なんていらない。守りたいものを守れない力なんていらない。殺すだけの力なんていらない。


そう強く願うユフィー。だが、その願いは願えば願うほど彼女を縛る鎖になる。


その証拠に、ユフィーの長い爪が手に刺さり、手からはだらだらと真紅の血が流れ始めていた。


だが、その手をシオンは何も言わずに手に取った。


そして、その手を優しく握りながら言う。


「…なら、強くなろうよ。守りたいものを守れるように。僕も、守られるだけの関係は嫌なんだ。守りたいものを、僕自身の手で守りたい。だから僕は、強くなる」


固く握り締められた拳を解くように、一本一本指を外していくシオン。


そして、自らの服を千切り───戴冠式用の服は重いからと言って脱ぎ捨てている───ユフィーの手に巻きつけた。


「ユフィーたちと出会ったあの時、僕は何もできなかった。その時に思ったんだ。王様になるのなんか嫌だったけど、それが守ることになるのならいいかなって」


「………」


簡易的な治療を終えた手を胸の所に持ってきたユフィーは、ただ無言でシオンの話を聞いていた。


恥ずかしそうに頬を掻きながら、シオンは言葉を続ける。


「だから僕は強くなる。この手で全てを守れるようになんて傲慢なつもりは無いけど、それでも願わずにはいられないんだ」


ユフィーとは正反対の願い。


力が欲しい。だけど、それは大切なものを守れるようになりたいから。


同じなようで違う願いは、両者の決意の質を示していた。


ただ、守りたいがために力を欲す。シオンにとってはそれだけだった。


その言葉を受けたユフィーは、ただ静かに涙を流した。


「…強いわね…あんたはとても…」


「強くなんかないさ。ただ、ようやく守りたいものができた。それだけだよ」


そう決意の理由を語るシオンの顔は、優しく微笑んでいた。


「…そう…。…なら、その守りたいものにあたしも入れてくれる?」


「もちろん」


俯きながら出たユフィーのその言葉に、シオンは自信を持って即答した。


そしてこれが、ユフィーにとっては憧れの少年との出会いであり、シオンにとっては覚悟を与えてくれた少女との再会だった。




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