騒乱と決意
「うわあぁぁ!!」
「きゃあぁぁ!!」
混乱。
先ほどまでの静けさとは打って変わって、戴冠式の会場は混乱の渦に飲み込まれた。
それは当たり前だろう。
普段は誰も聞く事が無い魔物の鳴き声と、その大きな巨躯を目の前にしてしまっては。
山のような巨躯に、天に向かってまっすぐに伸びた三本の角。四本足で立つ朱色の魔物と、それに従うように動く黒色の異形の鳥に、皆が恐怖を覚えていた。
「くっ、『エルブレイア』と『ヒーナス』だとぉ! 守衛の騎士団は何をしていたぁ!!」
ブレイクの焦りの声が響く。
やはり、帝国の参謀長と呼ばれる彼であっても、この出来事は当然のように想定外の出来事であった。
そのためか、いつもは喧嘩腰で飄々とした雰囲気で命令を下すブレイクの姿はどこにも無かった。
しかし、この場には王が、クルトがいた。
「静まれ! 騒いでいるだけでは大局は見えん! 民たちの避難と、騎士団の集結を急がせろ! ブレイク、お前はここにいる忠臣たちを連れて魔物の討伐を急げ!」
「しかし、それでは王が…!」
「くどいぞ! 私の命よりも、民の命だ! それが分かればさっさと行け!」
「はっ!」
クルトの命令に、一時は食い下がったブレイクだったが、すぐに忠臣たちを引き連れて魔物の方へと向かう。
それを見届けたクルトは次の指示を飛ばすと、シオンへと向き直った。
「ふぅ…。いきなりこの様な事になるとはな…。せっかくの晴れ舞台が台無しだ」
「いえ、それより、早く逃げないと!」
「お前は逃げろ。民たちを置いて、私だけ先に逃げる訳にはいかん」
「そんな! 父上も一緒に!」
「お前はまだ王子の身だ! このフォーゲルノートの国を治める資格があるのは、お前だけなのだ!」
シオンの悲痛の叫びに、クルトは怒鳴り声をあげる。
その声に、シオンは軽く体を強張らせる。だが、シオンにも引けない理由があった。
本来なら、戴冠式の際に言っていたはずの決意。それが、シオンを駆り立てていた。
「そんな事言ったって、僕にはまだ、父上から学ばなければいけないことがたくさんあるんです! だから、僕も戦う!」
目の前で誰かが戦っている。そして、自分はそれを見ていることしかできない。
シオンは、もう守られる関係は嫌だった。どこに行っても『ファルカス』の名前が付き纏う。
なら、自分が誰かを守れる存在になりたい。誰かのために、自分の存在を生かしたい。
それが、辺境の村で出会った少女との出会いによって芽生えた、シオンの決意だった。
「…そうか。お前も、見つけたのだな。自分の信念を、覚悟を、決意を…」
自分を見つめる息子の姿に、クルトはそう呟く。
子供はいつの間にか成長する。それこそ、親などすぐに飛び越えて。
その事を、クルトはこんな状況だというのに、シオンの目を見て確信していた。
「…なら、お前も戦え。己の決意のために。守りたいものを、守ってみせよ!」
心配する父親の顔ではあったが、クルトはシオンにそう言った。
せっかくの晴れ舞台。こんな事になってしまったが、シオンの意見は優先してやろう。
そんな思いで、クルトはシオンに言葉を投げかけたのだ。
「はい!」
そんな思いに気づいているのか、シオンは元気よく、そして嬉しそうに答える。
その息子の声を聞いたクルトは、周囲の者に向かって呼びかけた。
「誰かある! 『リーンブル』と『カテドラル』をここに!」
「はっ!」
クルトの声に答えたのは、メイド服の肩の辺りに鎧を取り付けたリサーナだった。
そしてその手には、左右の大きさが違う翼のついた変則式のボウガンと、綺麗な装飾がなされ、手甲の部分に大きな窪みのある双爪が握られていた。
リサーナは、その二つの武器をクルトへと掲げ、跪いている。
「よし。シオン、行くぞ」
『リーンブル』を手に取ったクルトは、そのボウガンに矢を込めながらシオンを急かす。
だが、シオンは自らの武器である『カテドラル』を取ろうとはしなかった。
それよりも気になることがあったからだ。
「リサーナさん? 何でここに…って言うか、どうしてリサーナさんが僕と父上の武器を?」
頭に?マークを浮かべたシオンだったが、すぐにクルトとリサーナの言葉によりその疑問は解消された。
「何を言っているのだ。リサーナはメイド長であり、武器の管理を任せている者だ。ビルスティアの身体能力の高さはお前も知っているだろう?」
「そうですよ、シオン様。さすがに魔法は扱えませんが、戦力にはなります」
そう自身たっぷりに言うと、リサーナは自らの獲物を引き抜いた。
『ナーヴィメア』。先がかなり鋭利に尖っており、その先を見ることはかなり難しいほど細くなっている短剣だ。
不敵に笑うリサーナに、シオンは半ば諦めた形で自らの武器を取った。
チャリ…
爪同士を触れ合わせ、金属同士の不協和音を奏でると、シオンは真っ直ぐに前を向いた。
その目の前に移るのは、シンセミアの街に近づく『エルブレイア』の巨躯と、もう既に街に入り込んでいる『ヒーナス』の姿。
生まれ故郷が蹂躙されようとしている姿に、シオンは唇を噛み締めた。
そんなシオンの強張った肩に、クルトの手が置かれた。
「案ずることはない。お前の武芸、見せてもらうぞ」
「なら、私はお零れを貰いますので、思う存分暴れてきてください」
言葉は違うがクルトとリサーナの信頼の言葉に、シオンは笑いながらこう言った。
「はい。いってきます!」
これから始まる、自らの決意を示す戦いに、彼は一歩を踏み出したのだ。