暖かな光
シオンの体から、金色の光が、時の力が溢れ出す。
手元にあるエヴィーディタイマーもその力に共鳴し、その剣身をより一層輝かせる。
「…綺麗ね…」
「…やっぱり、シオンさんの光です…」
「…暖かな光…」
その金色の光を見て、少女達は呟く。
ある者は頬を赤く染め、少年の光をみつめる。またある者はその光を賞賛し、その光を少年の優しさと照らし合わせる。はたまた、ある者は光に手を伸ばし、その温もりを肌で感じている。
三者三様のその感じ方は、あながち間違いではなかった。
「…俺は…そんな物を求めてはいない! 俺が求めているのは、絶対的な力! 全てを覆す、真理の時の力だ! そんな光が、俺が求めたもののはずが無い!」
「いや、これが時の力だよ。聖霊と心を通わせ、魔法を最大限に発揮する、心の光。自分で言ってて恥ずかしいけどね」
「ふざけるな! ならば、俺が求めた物はどこにあるというのだ!」
「そんなもの、最初から無かったんだ。それか、君は求めていたんだよ、救いを」
「救いなどいらない! なぜこの俺が救われなければいけないのだ! 救われるべきは、世界なのだ! なぜ!?」
「君も世界の一部に決まってるからじゃないか!」
シオンのその言葉に、ハイアットの顔色が変わる。
今までただ喚き散らしていた男の姿が、おとなしくなって下を向く。
全てが無駄に終わってしまったのかと。
だが、シオンのその一言はハイアットの答えだった。
彼は、全てを魔物に奪われ、復讐の時を生きていた。
世界に有り様を恨み、全てを呪った。そんな時に知った月の伝承。
それこそが、自らを貶めた世界への復讐と、救いだった。
「世界の一部だから! 君も、世界に必要な一人だから! 誰一人、欠けちゃいけないんだ!」
「なぜそんな事が言える! 俺が世界に必要とされているなどと! 全てを奪われ、滑稽にも復讐を選んだ、男の事など!」
認めたくなくて。ハイアットはシオンへと突っ込んでいった。
だが、そのがむしゃらなまでの直線的な動きに、今までのキレは一切感じられず、簡単に抑えることができた。
ドカッ!
「いい加減にしろ! なぜそうも悲観的になる必要があるんだ! 前を、明日を向いて生きてみなよ! そしたら、絶対に世界は、綺麗に見えるはずだから!」
そんなハイアットの動きに憤りを覚えたシオンは、その憤りのままにその頬を殴っていた。
殴られたハイアットは鑪を踏み、何とか倒れまいと持ちこたえる。
そこからの反撃は無く、ただ呆然とシオンを見ていた。
「世界が綺麗に…? ふっ…本当にお前は綺麗事を言うのだな」
「綺麗事なんかじゃない。人の想いは、そんな物では計れないんだ。だからこそ、綺麗なんだよ」
「ククク……ははは…はーっはっはっは! そこまで言うなら従ってみてやろう。お前の綺麗事に」
タカが外れたように笑い声をあげると、急にそんな事を宣うハイアット。
だが、シオンはそれでもよかった。
それでも、男の喧騒が晴れるのなら。もうこれ以上、戦わなくてもいいのなら。
「従う必要なんかないさ。ただ、分かってくれればいい。こうやって、話してくれればいい。僕が目指す世界は、『分かり合う事の出来る世界』だから」
「分かり合う、か。…俺はお前が分からない。それでもいいのか?」
「分かってもらうように努力するよ。だから君も、分かるように努力してね?」
「…善処する…」
そして、二人は手を握らないまでも和解した。
どれだけの困難があっても、それを乗り越えたときに、人は更なる絆が芽生え、その絆は強固になっていく。
初めは綻んでいてもいい。他者と他者が本当に分かり合うことなど、本来はありえないのだから。
だからこそ、シオンは手を取り合うことで分かり合おうと努力し、話し合うことで友達になるのだ。
それが、世界をいい方向に持っていく唯一の『決意の力』だと信じて───。
時は流れ、帝国では再び戴冠式が行われようとしていた。
「いやー、シオン君って本当いい所住んでるよねー」
「そりゃ王族なんだから仕方ないでしょう? 逆に質素極まりない所に住んでる方がおかしいわよ」
「ふわー…やっぱり綺麗ですねー。高そうな物もいっぱい置いてますー」
「…皆? 何でここにいるのかな?」
「私がお通し致しました。殿下のご友人だと聞いたもので」
「リサーナさん。それでも簡単に通しちゃダメでしょう…」
シオンの心労はかなり極まっていた。
戴冠式前のあの異様な雰囲気を二度目で受けているのに、そこにいるのは前回と違った旅の仲間の姿。
なぜいるのかと問い詰めてみれば、おもしろそうだからの一点張り。
ユフィーは元々帝国領に住んでいたためにここにくるのは簡単なのだが、リィナに至っては王国の者のはずなのだ。
この場所に来るには相当の労力があったはずなのだが───
「兄様と父様に行きたいと言ったら行ってこいと了承してくれたので来ました。シリアナ王も来たがってたみたいでしたよ?」
とのことなのである。
その事にシオンは頭を痛めたが、せっかく来てくれた友人を追い返す訳にもいかない。なので正式な客人として迎え入れていた。
そして、カナに至ってはどこからこの情報を仕入れたのか、なぜかかなりの量の食料を持ってシオンに会いにきたのだ。
曰く、「あの時の鉱石がバカみたいに売れてねー。この腕を直すのにも一役買ったばかりか、それでも十二分に余っちゃったから、お祝いのために持ってきたんだよあっはっはっはっは!」
その際にはもう持ってきていた食料を口にしていたことは割愛する。
「で? シオンはもう行かないといけないんでしょう? さっきから外がかなりうるさいわよ?」
「ああうん。そろそろだね。父上も待っているだろうし、行かないと…」
重い腰を上げ、ユフィーに言われた通りに出て行こうとするシオン。
因みに、服装はあのダサさ極まりない服装ではなく、蒼を基調とした質素なロングコートに変わっていた。
リサーナがシオンの意見を取り入れて作らせたものである。
「いってらっしゃーい! 私たちはここで見てるよ! 特等席をありがとね!」
「カナ、あんまりはしゃぎすぎるとまたどやされるよ?」
「う…それは勘弁…」
「私が見てますから大丈夫ですよ」
「それもそっか。じゃあユフィー、リィナ、カナをお願いね?」
「はい!」
「何か釈然としない…」
「自業自得でしょ? まったく…。…あ…し、シオン。ちょっと待ってくれない?」
「ん? なに、ユフィー?」
「…これ///」
耳まで顔を真っ赤にさせたユフィーが、シオンにある物を手渡す。
それは、彼女自身の魔力で作られた氷のペンダント。
翼を象った氷のそれは、日の光に当たって綺麗な輝きを放っていた。
「わぁ…。ありがとう、ユフィー」
「…お、お祝いよ///。念を込めて作ったから、そうそう簡単には溶けないわ。これからは、王様になって全然会えなくなるんでしょう?」
「うん。ここ一年は会えなくなるかもね。結構忙しくなると思う。彼らに頼まれたこともあるし」
あれから、クロストティアたちはひっそりと暮らすことを選んだ。
さすがにあの砦内で暮らすことは不可能に近かったために、シオンが帝国領に招いて間借りした村の一角に住んでいる。
彼らの主張としてはそんなに長く生きられないから、こんな設備はいらないとの事だったが、シオンはそれを頑なに拒否したために渋々と言った形だが。
だが、シオンはそれでよかった。彼らが望む世界を、彼らが生きているまでに少しでも実現する。
それがシオンの今の目標なのだから。
「じゃ、行ってくるよ。これ以上長引かせる訳には行かないからね」
「ええ。いってらっしゃい」
ユフィーは珍しい暖かな笑顔でシオンを送り出し、それを見たシオンは同じ暖かな笑顔で応え、部屋を後にした。
「あれー、ユフィーちゃんついていかなくて良かったの?」
「いいわよ。あそこからは、あたしたちが歩んでいい場所じゃない。あそこはもう、シオンの道よ」
「そうですね。あ、見えましたよ! 何かカッコいいですねー…」
「そうだねー…。ユフィーちゃん、頑張れ!」
「え? 何を頑張るんですか?」
「あなたは知らなくていいわよ、リィナ。…カナ? 少しお話ししましょうかね?」
「へ? ええええーーーっとぉぉ…」
汗をだらだらと流しながら、威圧感たっぷりのユフィーの視線から逃れようとするカナ。
ユフィーはそんなカナの頭を握り、少し懲らしめてやろうとしていたが、シオンの演説が始まったことにその手を止めた。
「───ここに宣言する! 僕は王として、あなたたちに約束しよう! 僕が目指す世界は、『分かり合う事の出来る世界』! そのために、僕は誓う! 王として、僕は決して屈しない! そのために、どんな困難が待ち受けていようとも! 僕は、あなたたちの笑顔を守るために、戦うことを誓います!!」
わぁぁぁーーーー!!!
拍手が巻き起こり、ここに新たな王が誕生した。
フォーゲルノート帝国国王、シオン・セナ・ファルカスが。