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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
一章 変化の予兆
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突然の襲撃


「……わー……」


シオンは、自らの姿が写った鏡を見て自分の意識が飛びそうになるのを感じていた。


「…似合ってます、よ? ええ、似合ってます似合ってます!」


その後ろに控えているリサーナも、必死にシオンに励ましの言葉をかける。


だが、シオンの半眼に開かれた両目が戻ることは無かった。


「……派手っていうか…モサモサしてるっていうか…重いっていうか……なんなの? これ」


シオンが今着ている服装は、戴冠式用に誂えられた服装だ。


肩元にはありえないほど盛られた白色のファー。天空に浮かぶ月をなぞらえた紅と蒼が混ざった色合いの重めのコート。そして、胸の中央部分に大きく縫われた帝国王家の紋章。


はっきり言って、シオンが着たくなかった理由がよく分かる。


ダサすぎなのである。


「いえいえいえ、これが戴冠式には必要なのです。本当ですよ?」


焦った様子で、シオンのかなり盛り下がってしまった気分を戻そうと、リサーナが必死に取り繕う。


だが、リサーナの必死の励ましも虚しく、シオンはかなり沈んだ気分のまま戴冠式を向かえたのだった。















「あーあー、聞こえてますかー? …よし、では……これより、戴冠式、並びに王位継承式を執り行いたいと思います!」


わあぁぁーー!!


街のあちこちに付けられた使用者の声を拡散させる魔法具から、若い男の宣言が飛び出す。


その声を聞いた民衆たちは、雄叫びのような声を一斉にあげた。


民衆達から上がった声は、明らかに度を越した大声ではあったが、この際誰も気にしていないようである。


それは、端の方でその一部始終を眺めていた少女達も例外では無かった。


「わーーー! ねね、ユフィー。始まるってさ!」


「聞こえてるわよ。あまり騒がないで」


「えー、いいじゃんか。私達がど突き漫才してたから、真ん中の方に陣取れなかったのは事実だけどさー」


「ほとんどあんたの所為でしょうが」


「たはは…返す言葉もございませーん」


「…はぁ」


全くと言っていいほど悪びれる様子の無いミーナに、ユフィーはため息を吐いた。


だが、すぐにその憂鬱な気分は打ち消されることになる。


なぜなら───


「おお! シオン殿下が出てきたぞ!」


「キャー! シオン様ー!」


「王子様ー! 王様になっても、ウチの店に来てくれよー!」


フォーゲルノート帝国第一王子、シオン・セナ・ファルカス、今回の戴冠式の主役が現れたからだ。


先ほどまで、嫌そうな顔で自らの写った鏡を見ていたシオンだったが、今この場ではそんな事を微塵も感じさせない佇まいになっていた。


少々歩く時に不便そうではあるが。


それでもシオンは、かけられる言葉の一つ一つに答えながら、王宮の門の前に作られた台座へと向かって行った。


「ほえー…。さすがは人気の王子様だねー。全部好意的な声しか上がってないよー」


「ま、それもそうでしょうね。わざわざ私達の村まで来るような奴だし…」


ユフィーとミーナの関心の言葉通り、シオンは今までに例を見ないような人気ぶりを誇る王子だった。


シオンは王宮の外、つまりは民衆の暮らしに深く興味を持っていたため、頻繁に王宮の外を出歩いていた。


その行為に王宮にいる忠臣たちは頭を痛めていたのだが、シオンに『王になるんだったら、民衆の気持ちをよく分かっていなければいけない』と言われ、ぐぅの音もでなかった。


そして、その行為が幸いしてか、帝国に住まう者たちの中では知らない者はいないと呼ばれる存在となっていたのである。


「うんうん。あの時はビックリしたよねー。ただの男の子かと思ったけど、実はびっくり王子様って、普通じゃないよねー」


「ええ。それに、最初の言葉が『泊めてくれ』だものね。その時は呆れて物も言えなかったわ」


「確かにねー。でもその後に、な・ぜ・か・私の所に来たよねー?」


悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ユフィーに近寄るミーナ。


だが、ユフィーは今度は冷静に対処していた。


「あのねぇ、あれはあたしの家に泊まることになったから、仕方なくあんたの家に行っただけでしょう?」


「うわ、冷静に返されたよ…」


呆れたように言うユフィーに、ミーナは若干面白く無さそうに呟いた後、シオンの向かう台座へと目を移した。


何の変哲もない、ただ他の台からは高く作られた装飾の施された台座。


そこには、早くも戴冠式の準備のために立っている忠臣の姿があった。


「シオン様。この度は私が進行役をやらせて頂く事になりましたんでぇ、どうぞ、よろしくお願いいたしますねぇ」


「あ、そうなんだ。じゃあよろしく頼むよ、ピラーさん。あ、でも、喋り方は普通にしてね?」


かなり喧嘩を売っているような喋り方だが、これがこの男の普通の喋り方である。


ブレイク・ピラー。主に帝国の執政を任され、参謀長とまで呼ばれているほどの男だ。


見た目的には、緑色の髪を逆立て基本的にいつでも喧嘩腰と、かなり素行の悪そうに見える男なのだが。


だが、シオンはブレイクの態度には慣れっこなので、あまり気にせずに言葉を返した。


その言葉を受けたブレイクは一度苦笑すると、大きく息を吸い込んで宣言した。


「ははは…それを言われちゃ仕方ありませんねぇ…。…では…これより、戴冠式を執り行う! 皆の者、静まれい!!」


大音量で発せられた言葉に、先ほどまでの興奮は嘘だったかのように会場は静まり返る。


そして、ブレイクは式の進行のために声をあげていく。


それは主に、ほとんどが式の意味や執り行い方、その他諸々の雑務処理であったため、シオンの緊張は言葉を聞く度に高まっていった。


「───である! では、これより我らが国王、クルト・シン・ファルカス様が御登場なされる! 皆の者、控えよ!」


そのブレイクの威厳のこもった言葉に、民衆たちは頭を垂れていく。


それはブレイクも例外ではなかったが、唯一シオンだけがそのまま立っていた。


そして、そこに現れたのは豪勢なローブを着込み、シオンよりも暗めの水色の髪を伸ばした無精髭の男。


威厳が溢れるような佇まいで、ゆっくりとシオンのいる台座へと、忠臣たちを後ろに連れたまま近づいていく。


シオンは、近づいてくる父親の姿を認めながら、緊張のピークを迎えていた。


はっきり言って、シオンは父の事が苦手だった。


絶大な権力を持ち、この帝国の行く先を牛耳る国王。これだけなら、ただの王となんら変わらない。だが、父の自分に対する態度が苦手だった。


一歩後ろに下がった状態で息子の調子を窺う父。全ての台詞が作られたものに感じ、今まで一度も腹を割って話した事は無い。


それがシオンとクルトの関係だった。


だが、今だけは違うと、シオンはなぜかその時確信していた。


この戴冠式が終われば、シオンは父親と同じ位に、王となるのだ。そうすれば、父の気持ちが分かるかもしれないと思ったからだ。


「…シオンよ…。よくぞここまで成長したな」


「父上…。まあ、年月が経てばそうなりますよ。それに、僕が何をしてもあまり興味を示さなかった父上のおかげでもありますけど」


「そうか…。やはり、母は強いという事か…」


「え? 母上がどうかしたんですか?」


シオンには母親がいない。シオンが生まれて数年後に死んだと父から聞かされていた。


そのため、シオンには母親の記憶という物がほとんど無い。


だからこそ、いきなりこの様な場でクルトがそんな話を持ち出したのか分からなかった。


「お前の母、エレインに言われていたのだ。『この子は賢しい子です。だから、この子が興味を持ったこと、なそうとしている事があった時には、暖かく見守っていてください。それが、この帝国王家に光を灯すことになるでしょうから』とな」


遠くを見つめ、その時の言葉を思い出しているのだろう。


クルトは、王としては絶対に見せることのない、家族を思う父親の顔をしていた。


「…そう、ですか…母上がそんな事を…。…なら、僕は父上と母上、両方に感謝しないといけませんね」


その顔を見たシオンは少し驚いていたが、すぐに自らの顔を引き締め、クルトへと話し出す。


「母上の言葉があったから、僕は自由に行動する事ができた。父上の存在があったから、僕は不自由無く暮らすことができた。…僕も、そんな家族が作れるでしょうか?」


シオンの決意に、クルトは一瞬呆気にとられた後、苦笑しながらこう言った。


「…馬鹿者…。家族の前に、お前には重大な役割がある」


「はい、分かってます。…立派な王になる、ですよね?」


「そうだ。では、始めるとするか。いつまでも民や忠臣たちの頭を下げさせている訳にもいかんしな」


「あ、そうですね。分かりました」


「…ブレイク、始めてくれ」


王に戻ったクルトの声が、頭を垂れていたブレイクを動かす。


弾かれたように立ち上がったブレイクは、止まっていた式を進行させるために声を張り上げた。


「…これより、戴冠の儀を行う! 皆の者、頭をあげて礼を行え!」


ブレイクの言葉により、民衆は一斉に頭を上げて手を前に差し出して組む。


そして、後ろに控えていた忠臣たちの中から、大きな王冠と、王位継承の証の指輪が運ばれてきた。


その二つを手に取ったクルトは、シオンに向かってこう言った。


「…シオンよ。これらを身に着けた時、お前はこの国の王としての証を得る。…お前に、その覚悟があるか?」


静かだが重みのこめられた言葉に、シオンは一泊置いてから自らの決意を口にした。


「…はい。僕は、僕にはその覚悟が───」


「ギャアァァ!!!」


「っ!」


だが、その言葉は途中でかき消されてしまった。


巨大な魔物の、鳴き声によって。





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