表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
五章 すべての終わり
38/41

最後の信実




「ユフィー!」


「シオン! 無事だったのね! って、後ろの奴は!」


「わー!! 待った待ったユフィー! 彼女はもう敵じゃないから!」


合流を果たしたシオンとユフィー。


穏やかにその再会を喜ぶものと思われたが、シオンの後ろから現れた女性を見て、ユフィーがスターレインを構える。


だが、シオンはそんなユフィーに体を張って止めるように指示した。


「…そう? じゃあいいわね。こっちのも敵じゃないから」


「はい。改心させられてしまいましたから」


「…貴様もか…。…なら、他の者もそうなっていそうだな」


「うん。みんな優しいから。まあ、どうなってるのか何て分からないけど」


「だからこそ私に道案内をさせているのであろう? ここからは殆ど一本道だ。そうそう迷うこともあるまい」


「…こっちには約一名それでも迷いそうなのがいるけどね」


「…あの子は…まあ仕方ないでしょう」


リュウナの言葉に、シオンが仲間の一人を思い出してため息を吐く。


その仲間を知るユフィーも、ありえそうだとため息を吐いた。


「まあいいや。僕等は急ごう。この先にいるんでしょ?」


「ああ。ハイアット・エンジェナー。ルナニスクルメアを作った張本人だ」


リュウナのその呟きは、しっかりとシオンとユフィーの心の中に響いた。





「なんだ。貴様はまだ生きていたのか? てっきりくたばっているものだと思っていたが」


「勝手に殺すんじゃねぇ! 俺はまだ生きてるよ。残念ながらな」


「へぇ…。てっきり一番弱いあなたの事ですから、命乞いでもしているのかと」


「んなもん誰がするかよクソ野郎!」


シオンたちの目の前で、そんな漫才のような遣り取りを繰り広げるクロストティアの三人。


その遣り取りが繰り広げられている後ろで、合流を果たしたリィナがシオンとユフィーに、今までの経緯を話していた。


「シオンさん! ユフィーさん! 無事だったんですね!?」


「君の方こそね。迷って変な所行ってるんじゃないかと思ったよ」


「うぅ…それはひどくないですか?」


「ひどいも何も、事実じゃないの」


「うぅー…苛めないでくださいよー…」


いや、ただ単に二人がリィナを弄っているだけだった。





「で、後一人はカナなんだけど…」


「後はもう上へ上がる階段しか残っていない。奴は最後に残っていたからな。だが…」


「ユリとカイに会った時ほどではないけど、ずいぶんと臭うわね…」


再び奥へと歩き出した一行は、その先から臭うある匂いに辟易していた。


正直辟易しているのはクロストティア以外の面々なのだが、それでも思う。


そう。考えずにはいられなかった。


どちらも生き残っているのか。はたまた、どちらかが生き残っているのか。はたまた、両者死んでいるのか。


シオンたちとしては前者に賭けたかったが、その先から漂う気配は、その答えが間違いだと雄弁に語っていた。


「カナ!」


座り込んだまま黙ってしまっているカナを見つけ、シオンがその名を呼ぶ。


だが、その本人は何の反応も示さず、ただ下を向いているだけだった。


「………」


「ちょっと、どうしたのよ。あんたらしくないわよ?」


「そうですよカナさん! 笑ってくださいよ! いつものように!」


そんなカナの様子を不審に思った残りの二人は、そう励ましの言葉をかけるように言葉を発する。


その二人の言葉を受けて、ようやくカナは顔を上げた。


涙で濡れたクシャクシャの顔を。


「カナ! いったいどうしたって…」


「死んだか…。いや、そこにいる者が殺したのだな」


「ええ。あの方なら死ぬことは無いと思っていたのですが」


「へっ。大方油断してるときにグサッといったんじゃねーか?」


シオンの心配する声を遮るように、クロストティアの面々の声が上がる。


そのかつての仲間を心配しているとは思えない言葉にシオンが軽く引いていると、その中にあった言葉にカナが反応した。


「……殺した…。私が、殺した…。…初めて、人を……うわぁぁぁぁぁぁ!」


殺したという事実を再認識したカナは、慟哭の声を上げて錯乱する。


人にとって最大の禁忌である『人殺し』。


それを犯したことによって、カナは本来の自分を塞ぎ込んでしまったのだ。


そんなカナを見て、ユフィーとリィナはどうすることもできず、ただ立ち竦むだけだった。


気持ちは分かる。だが、それもある一定のものまでだ。人を殺した経験など、二人には無いのだから。


そして、クロストティアの面々はこの事に関しては首を突っ込む事は不可能だ。


見ず知らずとまではいかないが、それでもよく知っている者にしか、この様な話は繊細過ぎて手出しはできない。


だからこそ、五人はシオンを見た。今までの経験からした、絶大なる信頼を寄せる人物に。


クロストティアからは期待を、ユフィーからは当然と、リィナからは必死な。


そんな様々な視線を受けて、元よりいくつもりだったシオンはゆっくりと足を踏み出した。


「カナ…」


「っ! し、シオン…君…」


「こう言うのが君にとって最善なのかは分からない。でも、僕はあえて言うよ。彼は『眠った』んだ」


「…眠っ…た…?」


「そうだよ。だって、こんなにいい顔で…。普通なら、こんな顔はできない。きちんと救ってあげたんだろ? 彼の、心を」


「…分からないよ…。…私には…なにも」


最後に笑った顔のまま息絶えているブラディスを見て、シオンはカナにそう諭す。


その言葉を聞いたカナは、頭を振りながら未だに納得していない顔を浮かべる。


だが、シオンはカナのそんな様子にお構い無く、自分の持論を展開していく。


「分からなくていいさ。それが普通なんだから。経験したことがないことを経験する、だから悩むんだ」


「初めてだから、悩む…?」


「そう。初めての事で悩まない人間なんていない。それに、僕はカナと同じ事は経験していない。でも、これだけは言える。カナは、出来ることをやったんだ」


「…やってなんか無い。だって、結局はこの人の笑顔を見れてない。…私は、この人の笑顔を奪ったんだよ!」


「でも、最後は笑ってるじゃないか! 彼の笑顔を引き出したのは君だ! カナ自身が彼に笑いかけたから、笑って欲しいと願ったから、彼は笑って逝けたんだ!」


泣き叫ぶカナに、シオンの激が飛ぶ。


自らがなした偉業を、しっかりとその目で見てほしくて。


「…でも、でもでもでもでも!」


「でもじゃない! それに、そうやって悔いる気持ちがあるなら、彼の分まで生きるんだ! 彼のほかにも、笑っていられる人が増えるように、努力すればいいじゃないか!」


それでも悩むカナに、シオンは想いをぶつける。


その想いはほぼ彼の想いその物だったが、それでもよかった。


たったそれだけの事で、一人の少女の心が救われるのなら。


「…生きる…」


「そうだよ。生きるんだ。生きて、その事をなすんだ」


「…分かった。…ありがとう、シオン君」


「礼を言われることはしてないさ。でも、どういたしまして」


差し出されたシオンの手をカナは握り、立ち上がる。


そして笑った。


今までの彼女のように。泣き腫らした目を隠せてはいないが、なるべく自然に。


彼女らしい、元気な笑顔を。





「…ここだ。ここからが、私たちも知らない場所になる」


「そっか。ありがとう、リュウナさん」


「礼など言われたくないな。ただ、私は出来ることをした。それだけだ」


「それでも。ありがとうとは言わせてもらうよ?」


「ふん。勝手にしろ」


リュウナに案内されて辿り着いたのは、大きな扉の前。装飾が一切施されていない、大きな石の扉。


これが砦の性質上重要なものかはまったく分からないが、それでもシオンたちは感じずにはいられなかった。


その扉の先から放たれる異質な雰囲気を。


「…ごちゃごちゃ言う必要は無いわ。さっさと行き…」


「その通りだ。早く来い」


「っ!」


扉を開けようとしたユフィーが、その扉の先から響いた男の声に扉にかけた手を止めた。


そして、その手から扉が離れ、独りでに開け放たれる。


ゆっくりと鈍い音を立てながら開く石の扉に、クロストティア以外は武器を構え、戦闘態勢をとった。


「無様だな。簡単に心を許すなど」


グサッ


「ちっ!」


「がっ!」


「て、てめぇ!」


突如として飛来した鉄の槍が、シオンたちの後ろにいたクロストティアたちに突き刺さる。


普段なら避けることもできたはずの早さで飛来した鉄の槍だったが、それを放った人物が問題だった。


「ゴミはいらない。簡単に心変わりをするような奴はな」


槍を投擲し終わった形跡など無いのにもかかわらず、それでもシオンたちには分かった。


この灰色のよれよれの髪を後ろに纏めた、タバコを吹かして余裕の表情を浮かべる男が、それを行ったのだと。


今の今まで仲間だった者を、平気で傷つけたのだと。


「なっ! 何て事をしているんだ! 仲間だったはずだろう!?」


辛うじて致命傷は避けたようだが、それでも肩や足、腕に突き刺さった槍を見ながらシオンは叫ぶ。


「仲間? お前たちの茶番は全てその言葉で片付けるな。クックック…笑わせてくれる」


「何を…!」


「もう分かっているんだろう? 俺がハイアット・エンジェナー。こいつらを使って色々としてたもんさ。そして俺は、クロストティアじゃない」


その唐突な告白に、シオンたちはおろか、クロストティア達も度肝を抜かされる。


こんなことをしでかしているのだから、当然この黒幕風な男も、そうなのであろうと全員が思っていた。


「さて。俺が用があるのはそこの小僧だけだ。他はいらないな。死ね」


呟きともとれる小さな言葉とともに、今度は短剣が投げられる。


その投げられた量は計り知れず、視界全てが短剣に覆われた短剣の壁が出来上がっていた。


「くそっ! 時を早め、その脅威を全て無へ。あるべき物を、終わらせよ! 『速メ、無ヘ(スピーディア・ゼロ)』!」


シオンの体から、時の魔法特有の金色の光が放たれる。


その金色の光は、迫りくる短剣の壁以上にその光を伸ばし、その端から包み込んでいく。


そして、変化は起こった。


金色の光に包まれた短剣は錆び、風化していく。


劣化していくその様を見たハイアットは、大して驚いた風でもなく、新たな策を講じた。


「やはりな。だが、お前の体力は持つのかな?」


「はぁ…はぁ…はぁ…。…持たせて、見せるさ」


額には玉のような汗が浮かび、見るからに苦しそうなシオン。


ユリが言ったようにしっかりと意識を保つようにはしているが、一瞬でも気を抜けば後がどうなるかが分からない。


死が待っているのかもしれないと、シオンは覚悟していた。


そして再び、短剣が小規模だが密度の濃い状態でシオンに向かって放たれた。


「く、そっ! 時を───」


「あんただけに、重荷を負わす事はしないわ」


「そうですよ。私たちも、頼ってくださいね?」


「右腕しか使えないけど、君を守ることぐらいならできるよ!」


時の魔法で向かえ討とうとしたシオンの脇を、頼りになる仲間の少女達が通り過ぎる。


短剣を凍らせ、風でなぎ払い、槍で弾く。


頼もしい仲間の助けを得て、シオンはハイアットに向かって笑みを浮かべた。


「まだ、やる気ですか?」


「当たり前だ。これは、世界のための戦いだ。正しき世界を作るためには、今ある偽りの世界を壊すことこそが、世界のためなのだから」


「世界のため? 彼らも言っていた。なぜ月を一つにすることが、平和になると言うんだ?」


唯一解けなかった疑問。


月の存在。これがなぜここまで重要なのか。


そして、それで本当に世界が平和になるのか。それがシオンにはまったく想像がつかなかった。


「…人の月、魔物の月。ならば魔物の月が無くなれば、平和になる。これが、古より伝わりし、月の伝説」


「…そんな事ができる訳ないでしょう? 月はこの空の遥か彼方、その先にあるのよ? どうやって手を出すっていうの?」


ユフィーがハイアットの言葉に噛みつく。


月は空に輝いている。それに手が届いた者は、この世界中どこを探してもいない。


リィナのような風の魔法を扱える者でも、どんな科学技術を持ってしても、その領域には誰も至ってはいないのだ。


その事を端的に示したユフィーの言葉に、ハイアットは笑う。笑いを堪えるように、下を向きながら。


だが、それもすぐに終わり、真っ直ぐにシオンを見つめた。


血走った両目で、シオンの中にある、時の力を睨むように。


「…これだから無知は嫌いだ。あるのだよ、方法がな。その時の力を…『禁忌の力』を…『失われし魔法』を使えばな」


「禁忌の力? 失われし魔法? 何を言っているんだ!」


「言葉の通りさ。…時の力の象徴…時の魔剣…。その力を持って、俺は世界を作り直す! その力、『エヴィーディタイマー』を持って!」


その言葉と共に、シオンとよく似た、だがどこかが、何かが決定的に違う金色の光がハイアットを包み込んだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ