最後への覚悟
「…御託はいい。どうやってそれを相手に認めさせる? どうやって、あいつらに会うんだ?」
「それなら手立てがある。調べてきてもらったルナニスクルメアの組織拠点…それが書かれた地図がここに、ね?」
シオンはクーから貰った地図を広げる。胸に穴を開けられたシオンだったが、復活した際にボロボロだった服も戻っていたため、無事だったのだ。
残る五人はその地図を見つめ、その場所を確認する。
約一名、人の背中に乗ってだらしない顔をしている者は除くが。
そして、その拠点の場所を見つけたユフィーが、不敵に笑った。
「なによこれ。結構な王道って感じじゃない?」
「なんだっけ。馬鹿と何とかは高い所が好き、だっけ」
「アホ、じゃなかったですか?」
「…煙」
その場所に気づいたカナとリィナが、エスカレルニア王国に伝わる言葉を使ってその状況を説明しようとする。
だが、結局は間違っていたようで、カイが少し呆れながら短く正解を言った。
「うん。まあ何とも分かりやすいというか、何というか…」
シオンは半ば呆れぎみに地図に書かれた場所を指差す。
その指が指し示した場所は、山。正確には、その山に築かれた砦だった。
周囲に何もない、閑散とした場所に立つ砦。
そこは明らかに、魔物を隠し研究するためにはもってこいの場所だった。
「ま、問題はそこにどうやっていくか、かしらね」
ユフィーが口元に手をやって考える。
山の上に築かれた砦が拠点ということは、そこに至るまでの道はほぼ一歩通行だ。
それはつまり、熱烈な歓迎が待っているということである。
「強行突破って訳にも行かないし…んー…」
何も案が浮かばないようで、シオンは頭を抱えてしまう。
だが、そのシオンを見ながらカイが思いがけないことを口にする。
「そこの風に頼めばいい。風を使って浮かべばいい」
リィナをゆっくりと指差し、ある意味でそんな爆弾発言を投下するカイ。
「へ? そ、そんな事が出来るんですか?」
「あ、そうか。リィナが帝国に来た時もそんな風だったんだね。だから帆船も無しに大陸を渡れたんだよ」
驚くリィナに、シオンの納得した声が上がる。
そのシオンの言葉を継ぐように、カイが風の使い方を伝え始めた。
「…風を足に集中させて、そのまま維持。で、その範囲を広げる。その密度をあげる」
「足に風を…」
いつの間にかカイの魔法の制御についての講義が始まってしまい、他の面々は蚊帳の外になってしまった。
「…あたしも頑張れば帆船無しに大陸を渡れるかしら?」
「ユフィー? 急に何を言い出すんだい?」
「海を一面…いいえ、あたしの周りぐらいだけでも凍らせれば、問題ないのかしらね?」
「…さすがに無理だと思うよ…」
「えー、でも出来たらかっこいいじゃん」
「カナ…そう言う問題じゃないんだよ」
「…次の機会があれば試してみようかしら? でも、波が厄介ね…。凍らせ続ければ何とか…」
「ユフィー…君は何と張り合ってるんだい?」
「あたしよ。あたしはあたしと戦ってる」
「───いい心がけだね」
シオンが珍しく半眼になりながらユフィーを見つめる。
一瞬だけ話に混じったカナだったが、今はリィナの周りで渦巻く風に興味津々の様子だ。
それを見ているシオンとユフィーは、地図を改めて見直した。
「どうする? もし仮に空からいけたとして、どういう突入をするか…」
「周りにある崖を使えばいいんじゃない? ここから、ここ。そして、ここ」
地図にある山の周囲にあった崖を指差し、そこを基点に出発するようにユフィーの指が地図を撫でる。
そして最後に指差したのは、砦の南門。つまりは裏門だった。
「なるほど。浮いていけるんなら、最初からそうやって行く方が得策か…」
「ええ。何かが飛んでくるのならあたしが潰すし」
「リィナには制御をお願いしないといけないしね」
「確かにそうだね。先陣はカナにお願いするとしても、槍一本だから」
「…だから守るわ。あんたもカナも、リィナも」
「ありがとう。でも、僕だって守るよ? 絶対にね」
「ダメよ。あんたは万が一の事があったら死んじゃうじゃない」
「死なない。確約のできなさそうな約束だけど、僕は絶対死なない」
皮肉を込めた笑みを浮かべるユフィーに、シオンは真っ直ぐに語る。
「……確約ぐらいしなさいよ。絶対なんでしょ?」
間が開いた後に、ユフィーが声を震わせながら言う。
「…ごめん。何か言いたいことがバラバラだけど。でも、僕は自分が犠牲になってまでみんなを助けるなんてつもり、もうないから」
「今までは思ってたの?」
「うん。死にかけるまではね。でも、死にかけて分かったよ。僕が死んだら、結局は泣く人がいる。笑顔に出来てないってね」
薄く笑いながらシオンは語る。
感じたことを、ありのまま。
それにユフィーも合わせた。
「あたしも最近は変わってきてるわ。もちろん、ミーナを殺した奴は許せない。でも、それは相手が魔物。いくら操っているんだといってもね」
「そうだね。いくらユフィーでも、魔物を駆逐するなんてできっこないだろうし」
「試してみる?」
「やめてください」
「ふふ…。でも、シリアナ王に会って変わった。あたしの生きる意味は、そんなものじゃないんだって。もっと大きな所があるんだって」
ユフィーはシオンの目を見ながら、今までの気持ちを打ち明けていく。
その視線を、シオンも真っ向から受け止める。逃げることは出来ないと、分かっているから。
「うん。僕も変わった。帝都崩落の頃からだけどね。でも、僕の決意が、誰かを守りたいと思ったのはユフィーとミーナのおかげさ」
シオンが出会った頃を思い出す。
あの頃は、シオンは極力王子であるという事を隠しながら旅をしていた。
だが、一人で、しかも子供が簡単に生きていけるほど世界は甘くない。
そんな時に、シオンはユフィーの村に辿り着いたのだ。王子ということがバレた状態で。
その理由は、その見つけた人物が帝都にも出入りする人物で、帝都でのシオンの人気ぶりと顔を覚えていた人物だったからだ。
そこでシオンは村の人々の暖かさに触れ、ユフィーとミーナに出会った。
印象はあまり無かったが、仲のいい女の子たちだと思っていた。平穏を満喫する、民と認識していた。
しかし、そんな平穏は崩れた。魔物によって。
「あの時は、僕は本当に何も出来なかった。無力だったんだ。だから、誰かを守れる力が欲しいと、そう強く思ったんだ」
燃える家。泣く人々。
その凄惨な光景を見たシオンは、思わず立ちすくんでしまった。
稽古は受けていても、シオンは実戦などしたこともない。魔物ですらも、殺したことが無い。
そんな若い少年が、その光景を見て動けるはずが無かった。
「あの時は騎士団の到着も早くて、奇跡的に死んだ人はいなかったけど。でも、それでも僕を変えるには十分だった」
固く手を握り締め、その時の光景の歯痒さに自らを責めるシオン。
だが、今その手には優しく、そして暖かな人の手が重ねられていた
「…なにも、あんた一人で背負わなくていい。あれは、仕方のないこと。だって、誰も死んでないんだから。形ある物はまた作ればいいんだから」
「けれど僕は自分を責めた。いずれ、あの国を背負っていく者として」
手を振り解こうとはせず、ただ、握り返す。
そうしていないと、どうなるか分からなかったから。
「…なら、あたしたちにも背負わせて? だって、仲間なんでしょう?」
「…うん、分かった。でも、きちんとする所はきちんとさせてほしい」
「分かったわ」
少しだけ迷ったように間を開けたシオンだったが、最後には優しく笑いながらユフィーの手を握る。
今度は、危なっかしい雰囲気は無く、ただ、信頼するように。
仲間がいる暖かさを、確かめるように。
その握ってきた手を、ユフィーはただ優しく握り返した。
「今日はもう遅いわ。明日にしましょう? 全てね」