悔いの無い選択
沈黙。
六人全員が床に敷かれた布の上に座り、黙っている。
さらに、この場にいる男以外はかなり奇っ怪な格好をしているので、なかなかに締まらない異質な雰囲気が流れていた。
「本題。行こうか」
そんな雰囲気の中、カイがそう一番に切り出した。
「うん。じゃあ、どっちから行く?」
「もちろん、こっちから。ユリ」
「うにゃあ?」
シオンの提案にカイは答え、話を始める際にユリに声をかける。
だが、その当人は抱きついていたことで眠くなったのか、ほとんど寝ていた。
寝起きの変な声を出しながら、カイの言葉に答えて話に参加するユリ。
「こっちからの伝えたいことは、聖霊の事について。伝えてほしいことは、今の話をありのままこの国の王に。そして、先刻の騎士団襲撃、誠にすまなかったと」
「伝えてほしいことについては分かった。きちんと伝えておくよ。で、聖霊のことだけど…」
「ユリ」
「はいはーい。フレイヤは熱い奴で、アクティアはずっと笑ってる。アイシーとウィンディアは会ってるから分かるよね? ロイスは堅物。サンディアは早口。ブリネスアとダルネスアはユリたちと同じで双子だね。エヴィデンスは古い。ってか古風」
そんな事をいきなり早口でまくし立てるユリ。
指を折り込みながら思い出すように、的確に聖霊の性格を言っていった。
「ユリ。性格じゃない」
「え? じゃあ何?」
「…やっぱりお前たちが先の方がよかった」
「ははは…」
妹のその天然っぷりに、兄は辟易しながら過ちに気づく。
その呆れた雰囲気を全面に押し出すカイに対し、シオンは乾いた笑いしか出なかった。
「じゃあ、僕等の方を言わせてもらうね? まあ、質問みたいだから答えやすいだろうけど」
「分かった」
「まずは聖霊の事について。僕等は代行者と選定者っていう事は聞いたけど、他には何かあるの?」
「ない」
「え? ないんですか?」
シオンの質問に、かなりの早さでカイが即答する。
その事にシオンが少し面食らっていると、代わりにリィナが答えた。
「ないものはない。聖霊と人間の関係なんてそんなもの。選定者って言っても、ほとんど聖霊たちの気まぐれ」
「…気まぐれで選ばれたあたしたちはどうなるのよ」
「心配ない。お前たち三人はきちんと好かれている。それに、お前については最初から決まっていたこと」
「え? 僕が?」
指を指されたシオンが少し驚いていると、カイのその言葉をユリがついだ。
「ここからはユリが話すよ。『時』は魔法の中でも異質なの。他の例えば『氷』や『風』。これらは必ず相克の関係があるでしょ?」
炎なら水。土なら風。氷なら雷。闇なら光。
ユリ言う通り、魔法は森羅万象を崩すものといっても、やはり自然の物。
メアとの共闘の際でも、シオンはその事に気づき風に氷をのせて巨大な吹雪を作った。
だからこそ、ユリの言葉はシオンたちにはすんなりと伝わっている。
「うん。それは分かる。さっきの戦闘でもそうだった」
土の棘を、風化させたように。まるで、時を早め、寿命を縮めたかのように───。
自分で魔法を放っておきながらそう思うシオンだが、実際はなぜそうなのか、自分でも知りたがっていた。
「時はすべての事象を早め、戻す力がある。だからこそ、時はすべての魔法の『上位』にあたるの。炎は燃え尽きさせちゃえばいいし、氷は戻して水にしてさらにはその存在すらもなくなるから」
そこでようやくカナとリィナは気づいたようだ。
すべての物事を早め、戻すことのできる時にかかっては、どんな魔法も無意味だということに。
───最強だということに。
「ま、その分ヤバいんだけどねー。下手したら死ぬし」
だが、その軽い感じで発せられたユリの言葉は、そう思っていたカナとリィナの声をあげさせた。
「え? じゃあシオン君死んじゃうの?」
「それは嫌です!」
「こらこらこら。下手したらって言ったじゃん。時の魔法はその魔法を大きくすればするほど、影響が大きくなる。そしてそれは、使用者の魂を削るの」
魂を削る。
口にすれば簡単だし、理解も出来そうな言葉ではある。
だが、シオンとユフィーはその事に戦慄を覚えていた。
「じゃあ、下手したら死ぬって言うことは…」
「多用すれば命が無いって事なのね…」
元より、魔力は人の生命力が源だ。そして、それは『器』として体のどこかに流れている。
聖霊はその『器』を見極め、魔法を扱ってもいい人物かを見極めているのだ。
そして、その『器』に流れる魔力を使用して発動するのが魔法であり、魔剣に触れることのできる防護膜なのである。
だが、時は違う。
発動の際に消費するのは、使用者の魔力と、その『器』。
それはつまり、生命力を、人の命を使っていることに等しい。
「そういうこと。だから気をつけてね? あと、大きな力を使う時はしっかりと意識を保つこと。意識を失った瞬間にぽっくりいっちゃうからね」
何とも明るい調子で言っているが、その内容はかなりとんでもないものだ。
まあ、はっきりと死ぬと言っているようなものなのだから当然なのだが。
「分かった。善処しておくよ。で、次の質問なんだけど、君たちは彼らの事を知ってるの?」
先ほどの戦闘を思い出し、少しだけ悲しそうな顔をするシオン。
その反応に、カイは対照的に淡々と答えた。
「知らない。クロストティアも、噂だけしか知らない」
「そっか…」
「あ、そうそう。体の中に『時の証』とエヴィデンスがいるんでしょ?」
ユリが急に何かを思い出した様で、手をポンと叩きながらシオンへと語りかける。
「うん。そう言われた。でも、慣れれば取り出すこともできるって…」
「無理だよ」
「え? 無理って…」
「ユリは光の巫女だもん。聖霊とお話ぐらいはできるよ? それで、エヴィデンスが言ってる。『今の君の体に心臓はまだない。取り出すのは、まだ先』だってさ」
声マネでもしているのだろうか。
その言葉の部分だけ、ユリの少しだけ高めの声が高く幼い声になっている。
だが、その言葉に驚いたシオンは自らの胸に手を当て、心音を聞く。
聞こえるはずのない心音を───。
「え? でもでも、シオン君は生きてるよ? なんで…」
「時の聖霊が生かしてるの。この子は死んじゃいけない。だって、あのクロストティアたちを止められるのはこの子しかいないから」
「…うわぁ…いきなり世界の命運みたいな事とか背負っちゃったよ」
カナがそう反応するのも無理はない。
今目の前にいる男の子が、そんな命運を背負わされていることなど知らなかったのだから。
だが、当のシオンは聞こえない心音を聞いてもある程度平然としていた。
「分かっていたんだ。でも、どこか信じられなかった。…だから、僕は戦うよ」
そして急に語り出す。
今まで旅してきた仲間に向かって。最後の戦いへの誘いのために。
「体の事何かどうなってもいい。僕は助けたいんだ。分かってほしいんだ。彼らに、世界は絶望するだけじゃないことを」
手を握り締め、『コーガディーガ』や『ヒーナス』が言った言葉を思い出すシオン。
気づいてほしいのだ。手を差し伸べてくれる者がいることに。すべてを憎むのは筋違いだということに。
希望があるということに。
「だから僕は、彼らに会いにいく。戦いになるかもしれない。殺し合いになるかもしれない。けど…僕は行かなきゃ。…未来を背負う者として」
そのシオンの決意に、一番初めに声をあげたのはやはりと言うかユフィーだった。
「そうね…。あたしはあんたに元々ついていくつもりよ。仇もいるみたいだし。大丈夫、殺しはしないわ」
「私もですよ。乗りかかった船です。最後までいかないと気持ち悪いじゃないですか」
「私はそんな大層な事もできないし、大層な事も思っていない。でも、ついていくよ。楽しそうだし」
頼もしい仲間の、友達の合意を聞いて、シオンは真っ直ぐに双子を見た。
聖霊の代行者たる双子を。すべてを教えてくれた、恩人を。
「僕等は戦う。そして、終わらせる。憎しみなんて心、人はいつまでも抱えてちゃいけないんだ」