伝えてほしくて、聞いてほしくて
「かわいいーーーーーー!!!!」
「ちょ、ちょっとカナさん! こ、声が大きいですって!」
「えーー、いいじゃんいいじゃん。可愛いは正義、だよ♪」
「でも、だからってこの格好は何なんですかーーーー!!!」
カナの喜色の絶叫と、ユリの楽しそうな声、リィナの驚愕の絶叫が響く。
―――そして時は少し遡り、カイに言われて着替えに着た三人。
ユリは二人を自らの住処としている質素な造りの山小屋に案内していた。
「ふわー…なんかいいですね。雰囲気とか、なんかぴったりです」
「ありがと。でも、他にも造ってあって、ここは服のみを置いている所だからね。カイと一緒に寝ている家は見せられないよ♪」
「愛の巣って奴だね!」
「その通り!!」
頬を赤らめながら言うユリに、カナのそんな声がかかるとリィナは下を向いてしまう。
顔を真っ赤に、耳の先まで真っ赤にして。
そんなリィナに笑いかけながら、ユリは自らの衣裳部屋に案内した。
「はい! ここがユリたちの服が置いてある所だよ!」
「へー。いっぱいあるんだ……」
そこまで言った後、カナはそこに広がっていた光景に言葉を失った。
いや、震えていた。
そんなカナを見ながら、リィナも遅れてその部屋の中身を覗き込む。
そして、その天然の性格で言葉をはっきりと言った。
「うわぁー。綺麗なお洋服がいっぱいありますね!!」
「でしょでしょ!? ユリの自信作なんだー!」
そこに広がっていたのは、様々な形、色取り取りの服の数々。
これをすべてユリが作ったと言うのならば、ユリはかなりの裁縫能力を持っている事になる。
「いやー、暇だったからねー。それに、これ着てカイの前に行くと…///」
ボンッ
その先の事を思い出したのだろうか。ユリが顔を爆発させるようにして真っ赤にさせ、下を向いてボロボロの服を弄り始めてしまう。
そしてそのまま何を思ったのか、一気にその服を脱ぎ捨てるユリ。
「うわっぷ!」
「ゆ、ユリさん!?」
その突然の行動に、未だにプルプルと震えていたカナは服に真っ向からぶつかり、リィナは少し顔を赤くしながら焦る。
だが、すぐにその二人の表情は驚愕へと変わった。
「じゃーん! 早着替え終了ー! えへへ、どうどうどう?」
服が並んでいる隙間から颯爽と現れたのは、新しい服を身に纏ったユリ。
一部だけ青く染まった黒い髪の毛には、銀色で縁取りされた緑色の四葉の花。紺と白で色分けされた上の服は、少しだけ堅苦しい雰囲気を纏っている。下に着たスカートは上の紺色と同じ色でかなり短い。極めつけは足に履いた黒い布で、膝まで隠したその布のおかげで太ももがまぶしく光っていた。
クルクルと回りながら足に履いた革張りの黒く光る靴を鳴らすユリ。本当に楽しそうだ。
そして、その様子を見たカナとリィナはほぼ同時に声を上げた。
「「可愛い(です)ーーー!!!」」
声を上げ、楽しそうに回るユリに突進していく二人。カナなどは服を投げつけられたことは忘れているようだ。
「ねぇねぇねぇ、まさか私達も着ていいの!?」
「うん! その為につれて来たんだもん! カナには何が似合うかなー…あ、これとかどう?」
「着る着る! 今すぐ着る!」
手渡された服を手に掴み取り、衣裳部屋の奥へと消えていくカナ。
そして、現れたカナを見たリィナは軽く絶句した。
―――服一つでここまで人は変わるのかと。
「ばっばーーん!! これが新しいカナちゃんだー!!」
胸元の大きく開いた、赤色のロングドレスを身に纏ったカナはそう声をあげながら二人の前に現れる。
その胸元に光るのは、大きな宝石がたくさんついたネックレス。頭についていた黒色のリボンは、同じ黒色だがフリルに変わっていた。足元は黒い踵が大きく高くなっている靴を履いており、カナの身長を少しだけあげていた。
慣れない靴を履いているからか、少し足元が覚束ないが、すぐに歩き方を習得したようでふらつく事も無くなった。
「…すごい…なんか大人っぽいです…」
「うーん…元気なカナがここまで化けるとは…。こうまで着こなされると、作ったかいがあるね」
カナの姿を見ながら、口々にそう言う二人。
まあ、普段のカナを知っているものからすれば、今のカナが纏っている雰囲気は全く正反対のものだったのだから、そう言うことも仕方が無いと言える。
「じゃあ次リィナちゃんね! ユリちゃん、どんなのがあうかなー?」
「ええ!? 私も着るんですか?」
「当ったり前だよー。カナも着てユリも着たんだもん。リィナも着ないと!」
「そうそう! 可愛いって言ってたじゃん!」
二人の剣幕に押され、手に一着の服を押し付けられてしまうリィナ。
そこでリィナは渋々ながらも、その服に着替える為に衣装部屋の奥へと引っ込んでいった。
「いやー、いい仕事してるねーユリちゃん」
「いやいや、そっちこそよく着こなすよねーって、あれ?」
そんな会話を二人がしていると、着替えが終わったのであろうリィナの頭が服にまぎれて飛び出ていた。
「もう! こっち来て見せなよ! 可愛いは正義なんだから!!」
「うきゃぁ!」
「おおーー! リィナちゃんぴったりだよ!!」
ユリに服の間から引きずり出され、悲鳴をあげながら出てくるリィナ。
出てきたリィナを見たカナは、素直に賛辞の声を上げた。
「うぅ…なんか恥ずかしいです…」
短い裾を押さえながら、顔を赤く染めていくリィナ。
リィナが着ているのは、ここエスカレルニア王国のある北の大陸の東の地方で呼ばれる『和服』と言うものだ。黒を基調とした布に、リィナとカナが見つけていた黄色の一輪花が刺繍されていた。帯と呼ばれる腰の部分の布は暗めの緑色で、その花を引き立たせていた。
「かわいいーーーーーー!!!!」
「ちょ、ちょっとカナさん! こ、声が大きいですって!」
「えーー、いいじゃんいいじゃん。可愛いは正義、だよ♪」
「でも、だからってこの格好は何なんですかーーーー!!!」
恥ずかしさに揺れる頭には、いつもの小さなリボンではなく金属製の金色のかんざしと呼ばれるものがつけられていた。手には、青を基調とした水が流れているような色合いの巾着袋が握られており、足に履いた下駄と呼ばれる木製の靴の黒と相まって雰囲気をかもし出している。
「あ、ユフィーちゃんの分も考えておこうよ。仲間はずれはよくないからね!」
「ああ、あの子ならこれなんかどうかなー」
「おお! さいっこうだね!」
「…二人とも絶対に怒られると思います…」
リィナの心配をよそに、カナとユリの悪巧みにも似た顔はさらに深くなっていった。
「ここにいるはず。俺達の服が置いてある所だから」
「え? 他にも持ってるの?」
「寝る所と、着替える所と、食事をする所…えーっと…」
「持ちすぎよ…」
指を折りながら数えるカイに、ユフィーの呆れた突込みが刺さる。
シオンは素直にその事に驚いたようで、自分の所とどちらが多いかなと持つ者の考えでそれを聞いていた。
そして、カイが小屋の扉に手をかけ、ゆっくりとその中身を見せるとシオンとユフィーは固まった。
「あ、ユフィーちゃんにシオン君だ。やっほー」
「うぅ…」
「あ、カイ! ねね、今回の似合う?」
固まってしまったユフィーとシオンに構わず、カナが元気に手をあげながら手招きする。
その隣にいたリィナは、やはり短い裾を手で隠しながら恥ずかしがっていた。
ユリなどは、もう一切カイ以外が目に入っていないようで、カイに所構わず抱きついている。
「あ、そうだ。ユフィーちゃんも一緒に着ようよ! 可愛い服見つけたんだー!」
「え? え? え? ちょ、ちょっと、カナ!?」
「おっ着替えだー!!」
そう楽しそうに叫びながら、未だ困惑から抜けきっていないユフィーを連れ、衣装部屋の奥へと引っ込んでしまう二人。
それを呆然と眺めながら、シオンはようやく声を絞り出すことが出来た。
「…なに…これ…?」
「ユリの趣味。暇な時にこうやって服を作ってる」
「うん! でさでさ、似合ってる?」
「ああ。凄く似合ってる。でも、少し幼い感じがする」
「おお! さすがカイは分かってるね!」
そんな双子の兄妹を見ながら、シオンは本日何度目になるか分からないため息を吐く。
だが、そんなシオンにかなりの無理難題が降りかかってきた。
「あの…シオンさん…」
「ん? あ、リィナ。何か凄いことになってるね」
「はい…。可愛いのは可愛いんですけど、自分で着るとなるとちょっと…」
「何言ってるのさ。リィナも似合ってる。十分過ぎるぐらいに可愛いよ」
「か、かわっ!」
ボンッ
今度はリィナがそんな音を立てて顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
そんなリィナに、シオンがどうしようかと悩んでいるとユフィーとカナが消えていった奥から声が聞こえてきた。
「だーかーらー、可愛いんだからいいじゃん! 足も綺麗なんだから、見せとかないとさ!」
「だからって短すぎるわよ! ほとんど見えてるじゃない!」
「だーいじょうぶだって! シオン君とかも喜んでくれると思うよ?」
「なっ!」
「しめた!」
「キャァァァ!!」
「何してるのさ…」
聞こえて来ていたそんな声に、シオンは一人沈む。
これからの反応次第では、全身氷漬けになってしまうこともありえるからだ。
だが、腹は括らなければならない。たとえどんな結果になっても。
「…ど、どう///?」
そんなシオンの前に現れたのは、頬を染めながら、そんな魅惑的な言葉を口にするユフィーだった。
おそらくカナにやられたのであろうが、大胆に開けられた太股のスリット。ユフィーらしい水色の色を基調としたぴったりとしたドレス。そのドレスの端々には金色の刺繍が施されており、それがアクセントとなっていた。
「………」
「な、なによ。何とか言いなさいよ…///」
終始剥き出しになった太股を気にしているようだが、逆にその姿がシオンに大ダメージを与えている事を彼女は知らない。
髪はいつものツインテールだが、微妙に小さく団子状に巻かれており、そこには白色のくしゃくしゃとした布が巻かれている。そのせいか、いつもより垂れた髪の束は短い。そして腕には星が形どられたブレスレットが巻かれており、その存在をささやかに主張していた。
「…に、似合ってる…すごく…ほんと、可愛い…」
「っ!」
喜色の笑みを浮かべながら、くるぶし付近までしか覆う所の無い少しだけ踵が高い靴を鳴らしながらシオンに迫るユフィー。
「ほ、ほんと!? 本当の本当に!?」
「…うん。う、嘘言う必要なんか…無い…じゃないか…」
「?」
シオンは焦っていた。
ただでさえユフィーは、ぴったりとしたラインの浮き出るドレスを着ているのだ。
普段の服ではよく分からないが、ユフィーの女性としての体型は魅力的だ。出ている所は出ているし、出ない
所は出ていない、理想の体系であることは確かである。
そして、その体がシオンの体に触れている今、シオンはどうしていいか分からなかった。
「…ユフィー…その…近い」
「っ!!」
シオンに言われてようやく気づいたのだろう。
耳の先まで真っ赤にしながら、かなりの速度で飛びすさるユフィー。
そして、そのままリィナと同じようになるかと思われたユフィーだったが、カナの笑い声によってそれは無く
なった。
「あははは! ユフィーちゃん可愛いー! 顔真っ赤だよー!」
「っ///! うる、さい!!」
ガィン!
「いてっ!」
カナの頭を殴り、それ以上の発言を封じるユフィー。
だが、それでもカナのニヤけた顔は無くならなかった。
「よっぽど死にたいようね…」
「こわっ! ユフィーちゃんこわっ!」
ユフィーの手を中心に、小規模の氷嵐が巻き起こる。魔力切れだと言うのに、キレているときはそのリミッターが簡単に外れるらしい。
そのままカナに放たれようとしていた氷嵐だったが、それをみすみす見逃すシオンでは無かった。
「待った待った待った! 今はそんな事より、聞いておかなくちゃいけないことがあるんだから!」
「…ふん…」
「ぷふぅー…。た、助かったー」
シオンの訴えを聞き入れたユフィーがその氷嵐を解除すると、カナが止めていた息を吐き出して人心地つく。
「そうだな。俺たちにも、提案がある」
なぜか背中にユリを乗っけているカイが、そんな真面目な声音でシオンの台詞に答える。
背中のユリは何とも言えない蕩けた顔をしているために締まらないが。
「俺たちには、お前たちに伝えたい、伝えてほしいことがある」
「僕たちには、君たちに聞かなきゃいけないこと、聞いてほしいことがあるから」
二人はほぼ同時に、同じようで同じではない台詞をゆっくりと噛み締めるように言った。