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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
四章 目覚める、時
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交錯する想い



「おもしれぇ…。いいぜ、やってやる! 来なぁ! 『時の王子様』よぉ!!」


声を張り上げた男は、手に持った土の魔剣を振りかざし、地面へと突き立てた。


「魔剣闘技。生命の源、母なる大地よ。父祖に仇なす我が敵に、大地の鉄槌を! 『地神槌棺(アース・クリプティ)』!!」


そう叫んだ男の魔剣から、膨大な魔力と、無数の土の棘が現れる。


鋭利に尖った土の棘は、空に地面に、様々な場所に突き刺さりながらシオンへと迫っていく。


その土の棘の奔流に、シオンはただ冷静にそれを見ていた。


「…時よ。悠久に流れ続ける、絶対の調律詩よ。還る流れを、その身で示せ。『調律ノ(エヴィー・スティルス)』」


カテドラルを眼前に突き出し、土の奔流を受け止めると思われたその両手から、淡い金色の光が放たれる。


不確かに揺らめく金色の淡い光は、真っ直ぐに土の棘と接触した。


「ちいっ! やっぱり情報通りだな。真正面じゃあ勝てねぇか」


舌打ちをした男の先に広がっていた光景は、淡い金色の光に包まれた土の棘が、もろくも崩れ去っていく姿。


鋭利だった棘の先は崩れ、根元さえも砂に還っていく。


淡い金の光に触れたものすべての時を巻き戻すシオンの魔法に怯むが、男はさらに攻撃を加え始めた。


ギャリィィン…


土の魔剣の大質量の剣が、シオンのカテドラルの爪と擦れ、盛大な嫌な金属音を上げる。


シオンの表情は先ほどと変わらず、少し冷たい冷静になった顔だったが、男の顔は違った。


「これぐらい、僕にはどうって事ないよ。それより、いい加減に話してくれないか、な!」


魔剣を弾き飛ばしながら、シオンは尋ねる。


襲撃の意図を。そして、自らが狙われる意味を。


「へっ。何を話せばいいってんだ? 俺様は何も知らねぇ。ほんとの事だぜ? ただ、名前が『コーガディーガ』ってだけだ」


「そんなものは誰にでも予想がつく! ルナニスクルメア…君たちが所属する組織が何をしようとしているのか。この力を手に入れても、真意が掴めないんだ」


「そんなもん聞いてどうするってんだ。俺様達はただ、世界に復讐する。それだけだ」


「なんでそんな考えに至るんだ! 復讐なんて…過去に囚われたままで…そんなもので未来を掴める筈が無い!!」


シオンの体から魔力が溢れ、その怒りと共に猛り狂う。


シリアナに言われた通り、受け入れようとした。だが、駄目だった。シオンには、復讐という言葉が許せなかった。


だが、その言葉を聞いた『コーガディーガ』は吐き捨てるように言う。


「はっ! 俺様達には…俺には未来なんかねぇんだよ! 生きている事そのものが罪な俺様達にはなぁ!!」


『ヒーナス』も言っていた。生きている事そのものが罪なのだと。


しかし、シオンは生きている限りその罪は消えることは無くても、償うことが出来ると思っている。


今この瞬間にも、シオンはこれまでの旅で命を奪った魔物たちのことを考えていた。


自らが生き永らえる為に奪った命。その命を背負いながら生きることこそが、罪であり償いなのだ。


それをシオンは分からせたかった。そして、正したかった。


「…生きていれば、未来はある。…生きている事そのものが罪なんて、そんな事はありえない!」


「それがありえるんだよ! 俺様みたいな『クロストティア』にはなぁ!!」


泣きそうな声音でそう叫んだ後、男は自らの足を持ち、その服を引き千切った。


「なっ! き、君は…!」


「これが俺様、忌み嫌われる『亜人』、『クロストティア』の姿だ…!」


引き千切られた服から覗くその足は、ヒューマティアの足ではなかった。


いや、それ以前に人の足ですらない。


黒く変色した『コーガディーガ』の足は、その名前と同じ魔物の足と全く同じだった。


「…亜人…本当に存在したのね…。御伽噺の世界の話だと思ってた」


ユリの所まで後退していたユフィーが、『コーガディーガ』の足を見て驚く。


クロストティア。三つの種族のどれにも当てはまらない、まったく異なる種族。


普通、異種族間で結婚し、子供がハーフであってもどちらかの特徴しか受け継がず、重なることが無いのがこの世界の鉄則だ。


だが、それにも当てはまらないのがクロストティアである。


彼らは魔物の特徴を受け継ぎ、尋常ならざる身体能力を持って生まれる。その身体能力はビルスティアなどが到底追いつけないほどの途方も無いもので、彼らに勝てるものはいないと言われているのだ。


「ふん…。絶望したか? 俺様たちルナニスクルメアは、ほとんどがクロストティアで構成されている。名前の理由はそう言うことだ。そして、すべての者が憎んでいる。この世界を。この、二つの月がある世界を!」


空を見上げ、昼でもありありと浮かぶ天空の紅と蒼の月を睨む『コーガディーガ』。


だが、その言葉の真意が分からなかったシオンは、質問を再度ぶつけた。


「月が何の関係があるのか知らないけど、絶望するのは分かるけど…。…なんで希望を探さないんだ!」


「探したさ! それがこの方法だ! 『時』を扱うお前の力を持って、俺様達は世界を戻す。そして壊す。魔物のいない、新たな世界に!!」


その理想の世界を語る『コーガディーガ』の目には涙が浮かんでおり、歓喜にむせび泣いている様に見えた。


だが、シオンは止めなければならない。一国の王子として。そして、自らの想いと夢のために。


「魔物の無い世界、それは素敵なことだと思う。…でも、それで誰かを泣かせてちゃ、何にも意味が無いんだ!!」


シオンの脳裏に浮かぶのは、あの小屋の中で再会した時の、ユフィーの涙に濡れた顔。


帝都崩落の際の襲撃に巻き込まれたユフィーの友人、ミーナ・ルナーシアの死が、ユフィーを変えたのだ。


なにもそれはユフィーだけではない。あの場にいたほとんどの人間が同じかそれ以上の悲しみを背負ったのだ。それは、決して許されることではない。


人を悲しませて自分だけが幸福になることなど、許されるはずが無いのだ。


「んな事わかってらぁ…。だけどな、もう止められねぇ。もう、止まんねぇんだ。お前が力に目覚めた。なら、俺様達はそれを全力で奪う。それだけだ」


そう言い残すと、『コーガディーガ』はクロストティアらしいその身体能力で、一瞬にしてシオンの目の前から姿を消した。


―――周りの魔物も引き連れて。


「待てっ! くそ…ごめんユフィー、逃がしちゃった」


「構わないわよ。それより、皆の手当てを急がないと」


「それはユリがやったげる。カイに触れていいのは、ユリだけだもん♪」


今まで沈黙を保っていたユリが、カイの元へと走っていく。


その元気な姿を認め、シオンはユフィーの下へと歩き始める。


ドクン…


「ぐぁ…!」


体が脈打ち、呼吸が荒くなる。


体の奥底から何かを搾り取られるような、何かを抜き取られるような感覚に、シオンは体を倒しかける。だが、間一髪の所でユフィーがそれを抱きとめた。


「ちょ、ちょっと! しっかりしなさいよ!」


「ご、ごめんユフィー。な、何か変…っ!」


ズグン!


「がはっ!」


ようやく認識できるようになっていた、自らの体の内に巡る魔力が、巨大な渦となってシオンの体を駆け巡り、抜けた。


唐突に起こった体に残ったほとんどの魔力の放出に、シオンは極度の脱力感と血反吐を吐くほどの苦しみに襲われる。


「シオン! しっかりして!」


崩れ落ちていくシオンの体を抱きとめ、心配する声を上げるユフィー。


だが、その言葉も届かず、シオンの意識は再度闇の中に落ちていった。







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