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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
四章 目覚める、時
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歪んだ想い


血生臭い。


それが歩き始めた四人の共通の思いだった。


歩けば歩くほどに強くなる血の臭い。そして、強まる異様な気配。


その異質な雰囲気を発する元凶の下へ、シオンたち四人は確実に近づいていた。


「…この臭い…」


「…ええ。血の臭いね…」


「…うぅ。鼻が痛いです…」


「…魔物…じゃないね…この臭いは…」


四人ともがほぼ同じ感想を漏らしながら歩く。周囲には最大限の注意を払いながら。


だが、その所為で伝わってくるものがあった。シオンとユフィーは帝都で経験し、リィナとカナは初めての感覚。


戦場の気配が。人が死んでいる気配が。血の気配が。この先に広がっている物を見るためには、それ相応の覚悟が必要だということを。


「…こんな…」


シオン以外は、目の前に広がった光景に言葉が全く出なかった。


真紅に染まる世界。ユフィーの魔法によって作られる世界が白銀だとしたら、今の光景は真紅だ。


所々に飛び散った鮮血。土に染み込み、かなりのドス黒い色に変化している鮮血。


そして、言葉を失う光景はもう一つあった。


「ほら、やっぱり来た」


「キャハハ。そうだねー、カイの言うことは正しいもん」


真っ赤な血の海に浮かぶように、そこだけがまったく汚れていない木陰に、二人の若者がいた。


一人は少しだるそうにした線の細い黒髪の少年。もう一人は、同じ顔をしながら楽しそうに笑う、髪の一部分が青く染まった少女。


二人共スピリティア特有の尖った耳を持っており、瞳の色は全く同じ色の金色に染まっていた。


「…君たちは…?」


その二人の異質な雰囲気に飲まれそうになるが、シオンはどうにか気を持ち直して質問する。


「…カイシア・クーリッヒ」


「ユリシア・クーリッヒだよー」


少年はだるそうに、少女は明るく答える。


「僕はシオン・セナ・ファルカス。で、君たちはここで何をしてるの?」


「…寝てた?」


「うん。寝てたよ?」


息のあった質問返しに、シオンたちは軽く脱力してしまう。


「っ、いや、そうじゃなくて。…君たちは、どうしてこんな所で、どうしてこんな事をしているの?」


「『てめぇらいい顔してるから来いよ』って気持ち悪い事言われたから。んで、話すのも嫌だったから無視してたら肩を掴まれた。そしたらユリが切れてそいつの首を跳ねたんだよ」


「…だって、ユリ以外の奴がカイの体に触れるなんて許せないもん」


「駄々をこねない。で、あっちも切れたから仕方なく殺した。弱かったからね」


頬を膨らませて小言を発するユリに、カイは軽くユリの頭を小突くことでその小言を黙らせる。


正直な所、ユリの小言は可愛いものなのだが、状況を想像してしまったシオンたちは苦笑いしかでなかった。


それに加え、ユリはカイの腕にしっかりと抱きついている。


その状況が可笑しくて、シオンたちはあまり普通の反応が出来なかった。


「ま、ほとんどユリだけどな」


「えー、ちゃんとカイも手伝ったじゃん」


そう言って話す双子の仲は本当に良く見え、だからこそ、今この状況下で平然としていること自体ががおかしかった。


だからこそシオンは声を出した。確認のために。そして、真意を問う為に。


「…君たちは…人を殺して平気なの…?」


「別に平気じゃない。俺等より、彼らが弱かった。だから死んだ。それに、俺たちはこれしか知らない。他に知っていることなんて、何もない」


淡々とした口調で、そう呟いていくカイ。


そのカイの言葉に、ユリも続く。


「それに、ユリにはカイがいればいい。それ以外は何もいらないの」


カイに抱きつく力を強めながら、ユリはそう告白する。


その思いを聞いたシオンは、次にこう質問した。


「…それはお互いがお互いを守る決意の表れって取っていいのかな?」


自らの願う想いに、大切な人を守りたいという決意のために、そう質問した。


決意の答えが見つかるかもしれないと。


だが、返ってきた答えは思いがけないものだった。


「…なんでもいい。俺はユリの闇で」


「ユリはカイの光だから」


まったく同じ表情で、まったく同じ声音でそう言った双子の兄妹。


そこには、表裏一体の切り離せない歪んだ絆があった。


「光であり闇である…表裏一体の存在…それがあんたたちなのね…」


「そうだ。俺の存在意義は闇の中で光を守ること」


「ユリの存在意義は光の中で闇を守ることだよ」


ユフィーが確認のために発した言葉に被せるように、双子はそんなことを言う。


光がある所に闇がある。闇がある所に光がある。そんな真理を、この二人は淡々と話したのだ。


何の気概もなく、さも当然かのように。


「でも、そうなんだったら良い関係ですよね」


そんな感心の言葉をリィナは告げる。


「だって、お互いがお互いのことを見て、それでいて助け合ったり守り合ったりしてる。とっても良い事じゃないですか」


自らの意見を伝えようと、身振り手振りを交えながら話すリィナ。


だが、そのリィナの率直な感想を双子は否定した。いや、兄が一旦否定したものを、妹が肯定したというべきか。


「そうじゃない、だって───」


「そうそう。そんな難しいこと考えないよ? ただ、ユリはカイが大好きだからこうしてるの」


そう嬉しそうに言うと、ユリはカイに擦りつき始める。


「ユリにはカイがいれば良い。だって、愛してるもん。それ以外に理由なんて、理屈なんていらないもん」


自分で言っておきながら、顔を真っ赤に染めていくユリ。


しかし、それとは正反対にカイの表情はまったく変わらなかった。強いて言えば、言葉を被せられたことに少し目を細めた程度であろう。


「いい関係だねー。…あ。ねね、そういえば強いんだよね? ちょっと言い方は変だけど、これだけのことをやってのけてるんだもん」


そんな二人を見つめていたカナが、唐突にそんな事を言い出す。


普段の無邪気な元気一杯の笑顔ではなく、少しだけ目を細めた獲物を見つけた時のような目つきで、双子を見ていた。


だが、その視線を向けられている双子は何も感じてはいないようで、ただ単にイチャついている。


───ユリが一方的にカイの体にまとわりついているだけだが───


「カナ? 一体何考えて───」


「勝負しよう!」


「───るのってえええ!!!」


シオンの訝しむ声の間に、カナがそんな爆弾発言を投下する。


背負っていた愛槍、レストーションを構えて双子を見つめるカナ。


そして、ようやく武器を構えたカナを見た双子。だが、その目は何とも言えない雰囲気を帯びていた。


「カナ! 何言ってるんだよ! 僕等はそんな事しにきたわけじゃ無いんだよ!?」


「いいよー。じゃあユリが相手ね?」


「って、こっちもこっちで簡単に認めるねまったく!」


目つきをカナと同じ獰猛な物に変え、未だカイに抱きついたままだがそう答えるユリ。


そして、シオンの制止の言葉、ツッコミの言葉も意に介さずカナとユリは二人、歩き出した。


「ああもう! 何でこんなことに…」


「いいじゃないの、放っておけば。ああでもしないと気が収まらないんじゃない?」


「…うー。カナさんの戦いぶり、前はあんまり見れなかったので今回はじっくり見ます…」


シオンの焦りの声に、ユフィーはどうでも良さげな声を返し、リィナは少し唸りながら前を見据える。


「…仕方ない。ユリだから」


「うわぁ! い、いつの間に!」


突然隣で聞こえたぼそりとした声音に、シオンは体ごと驚く。


だが、その声の主であるカイはそんな事を気にせずに会話を始めた。


「で? 何しにきた? わざわざこんな場所にくるなんて、どうかしてる」


カイの言う通り、シオンたちが聞いた森はどんな交易の道にもあてはまらない、地図上の空白地点だった。


それが分かっているカイは質問したのだ。目的は何だと。


「…僕等は君たちに会いにきたんだ。『聖霊の代行者』である君たちに」


「…それをどこで? いや、この国の王からか」


シオンの言葉に、カイの眉が初めてピクリと動く。だが、思い立ったことがあったのか、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。


そして、話はそこからユフィーに変わる。


「そうよ。そしてあたしたちはあんたたちに聞きたいことがあるの。魔法が使える者としてね」


「知ってる。氷で、風だろう? そして……まあいいか」


ユフィーを指差し、次に身を乗り出しながら戦いが始まろうとする瞬間を見ているリィナを指差す。


そして最後に、シオンを指差した後にカイは珍しく少しだけ表情を動かすと、話すのを止めた。


「え? いやいやいや、止められると気になるじゃないか」


「うるさい。始まるから見てる」


少し怒りの色を浮かべたカイの雰囲気に黙り、シオンとユフィーはリィナと同じように今まさに始まろうかと言う試合を見つめた。







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