月の存在
けじめの決闘が終わり、騎士団の人に連れられて城に帰ってきたリィナを見たとき、三人はその顔を見て驚いた。
泣いた跡があるのに、晴れやかな笑顔。軽い足取り。それらすべてが、リィナがきちんと出来た事を物語っていた。
その後は今後の確認や、情報が入るまでここで待機すると言うことを伝え、シオンたちは各々あてがわれた部屋の中で休息を取った。
そしてその翌朝。
再び、シオンたちは玉座の間に集まっていた。
「よくぞ集まってくれたな。昨晩はよく眠れたか?」
「はい。一応は」
「あたしは無理ね。ベットが柔らかすぎたわ。逆に肩がこった」
「あー、それ私も。慣れない所で寝たらきついよねー。特に私なんか野宿多いから、固い所じゃないと寝れない癖がついちゃったんだよねー」
「私は大丈夫でした。頂いた疲労回復の薬も効きましたし、万事大丈夫です」
シオンとリィナがまともに礼を言うのに対し、ユフィーは肩を鳴らしながら答え、カナはそのユフィーの言葉に便乗していた。
その対称的な反応の違いに、シリアナは少し悩んだ顔をするが、すぐにそれを笑い飛ばした。
「ははは! なるほどな、そこまでは考えていなかったな。まあ、何にせよ一晩開けて、分かったことがあったのだ。その事をそなたらに伝えて置こうと思ったのでな」
「え、もう分かったんですか? ずいぶんと早いですね」
「ウチのは優秀なのだよ。たまに突拍子もない事をするがね。…クー!!」
「はいなのにゃ!」
昨日見た通りに、天井から降ってくるビルスティアの少女。だが、今回は手にたくさんの物を持って降ってきていた。
バラバラバラ…
「にゃにゃにゃ!?」
あまりにたくさんの物を持っていたからだろう。そのほとんどを床にばらまいてしまうクー。
それを必死に拾おうとするクーだったが、シリアナがそれを手で制した。
「よい。逆に床の方が見やすいであろう。地図等もあるのであろう?」
「そうですにゃ。あー、でもやっぱり床なんて…」
「よい。これで汚れれば、掃除の者の手抜かりだからな」
そうやって笑いながら床に座り込むシリアナ。
他の者より先に、率先して自国の王様が座り込んでしまったことに、リィナとカナは慌ててしまう。
「ちょちょちょ! わ、私も座る!」
「王! ちょっと軽率過ぎますよ!」
カナは慌てた様子でその場にすぐさま座り込み、リィナはシリアナの行動を咎める。
だがまぁ、怒りながらも自らも座り込んでしまっているために、かなり説得力は無いのだが。
「やれやれ。やっぱり、噂通りの方ですね。さすが、いろいろな意味での『武王』だ」
「…ふん」
シオンはシリアナの異名を口にしながら座り込み、ユフィーはただシオンが座るその後ろに隠れて座った。
「そうか? 俺がそんな異名を言われているのは、ただ単に戦いたいだけだと思っていたのだが」
正直、シリアナは王様に向いていない。なぜなら、その豪胆な性格で、戦い好きだからだ。
年に一回は自らも参加する舞踏会を開催していたりもするし、騎士団の新入りに直接教えるのもシリアナの仕事なのである。
だが、その異名はそこから来ているのではない。
エスカレルニア王国の東の辺境の地に、武士という文化が根付いている。そこの武士の信条がシリアナにとてもよく似ているから。とも言われている。
「まあ、それだけでは無いことは確かですよ。…えーっと、クーさんだっけ?」
「クーで良いですにゃ」
「それじゃ、クー。君が調べてきたこと、さっそくだけど教えてもらってもいいかな?」
「了解なのにゃ!」
そう言ってクーがまず取り出したのは、一枚の大きな羊皮紙。そこに書かれてあることを、クーは一字一句読み上げていく。
「えっと、これにはルナニスクルメアについて書いてあるにゃ。天空に浮かぶ月の崇拝宗教団体。二つの月を一つにして、新たな神を生み出している変な組織にゃ」
「へ、変な組織?」
クーの読み上げた文の書かれた羊皮紙を手に取り、その中に書いてある中身を確認するシオン。
そこに書かれていたのは、図解で書かれたかなり分かりやすく纏められた資料。大体の人数構成や、活動拠点など様々な物が書かれていた。
「すごいじゃないか。これだけの物をたった一日で? ほんとにすごい…」
「いやいやいや、それはもう一つの『魔物の名前を名乗る男たち』と被ったから早かったのにゃ」
「え、それってまさか…」
「そのまさかにゃ。ルナニスクルメアは、魔物の研究もしてる、とっても危ない組織にゃ」
クーの言った言葉に残る五人には戦慄が走る。
シリアナは王としてそのようなことを知らなかった事実に。カナは危ない組織という単語に。リィナは研究という言葉に。ユフィーは仇の存在を研究しているという事柄に。シオンは自らの予想が当たったことに。
五人はそれぞれに驚き、それぞれに思った。
これが敵かと。今回の自体を招いた、黒幕かと。
だが、カナには引っかかることがあった。
「魔物の研究って、どんな研究? だって、『魔物の名前を名乗る男たち』を調べていたら出てきたんでしょ? 聞きたくはないけど、例えばどんな研究?」
「簡単なのなら、騎士団がやっているみたいに手なずけているらしいにゃ。でも、他は分かんないにゃ。指を鳴らしただけで出てくるなんて、まるで魔法みたいにゃ」
「…魔法みたい…そうか、なら合点がいく。…でも、それなら何で…」
クーの言葉に引っかかりを覚えたシオンが、その単語を復唱する。そして気づいた。
自分をルナニスクルメアがターゲットと呼ぶ理由。それで世界を壊すと言う大それた事を言えた理由が。
だが、それはすべて憶測でしかない。そしてその憶測が真実であるのなら、シオンの力はすべて忌避されてしかるべき物となってしまう。
「シオン? どうしたのよさっきから。ブツブツブツブツと、何か気づいたんなら話しなさいよね」
思考の渦に飲まれていたシオンを、ユフィーの少し呆れた台詞が引きずり上げる。
その事に感謝しながらも、シオンは伝えた。
自らが考えていたこと。そして、調べてきてほしいことがあることを。
「…多分、本当に多分なんだけど…多分、魔法なんだと思う。操っている者の使った物は」
「魔法? そんなもので、魔物が従うの?」
「…精神操作…。出きるとは思っていない。それに、本当にそんなことが出来て、それにその力が僕にもあるんだというのなら、妙に合点が行くんだ」
「精神操作だと? 禁忌の所業、悪魔の所業ではないか」
「ええ。だから多分です。本当であってほしくないという思いも含めた、ね」
もはや、この話はリィナとカナにはついていけていなかった。
二人は最初に散らばった物をかき集め、その中にあった地図を広げていた。
「うわ…赤丸がいっぱい…」
「ほんとですね…あ、これ私の家です」
「でかっ! やっぱり、お嬢様なんだもんねー」
「そうですか? これがお城なんで、そんなに大きく無いですよ?」
「周り周り。判断基準がおかしいから」
地図に書かれた城を指差しながら、そんな世界観の違いを体現している二人。カナに関してはこの話を振った張本人であると言うのに、このざまである。
そんな会話を背後に聞きながら、シオンはクーに尋ねた。
「クーは何か知らない? 魔法について詳しい人とか、例えば『聖霊』について詳しい人とか」
「んー…。あんまり知らないけど、王都から出てすぐの森の中に、ものすごく強いスピリティアの双子がいるにゃ。その双子は、何でも聖霊と一緒に暮らしてるとか…風の噂で聞いただけにゃ」
「クーよ。それは以前報告された双子の事か? あの事件に関しては、あまり話に触れないほうがよいぞ?」
「分かってますにゃ。でも、話しておかないと分からないこともあると思うんですにゃ」
「確かに、そうだな」
一瞬暗い顔をして、シリアナがクーの話を止める。だが、クーのその意見にぐぅの音も出なくなったのか、そのまま話を促した。
「えっと…先日、その双子に関する事件が起きたのにゃ。地質調査のために出向いた騎士団の人間を皆殺しにするという事件がにゃ」
「「「「っ!!」」」」
必死に記憶を掘り起こしているのだろう。頭の猫耳や後ろの尻尾が、すさまじい勢いで揺れている。
だが、その動きと説明の内容は全く噛み合っていなかった。
「そう。ありえない話だとは思う。だが、本当のことだ。そして、その双子が残した台詞、それがそなたらに伝えたいものだ」
クーの説明を引き継いだシリアナが、シオンたちの方を向いて言う。
「『聖霊の地を汚す行為は許さない。そして、貴様らのような残虐の限りを尽くす行為を我々は認めない』。これが、その双子からのメッセージだった」
憎々しげに言うシリアナに、残る者の息がそろう。
「…メッセージって、そんなものどうやって…」
「…死体に刺さっていたのだよ。血で書かれたその文が」
手を硬く握り締め、その時の悔しさを思い出しているかのように言葉を吐き捨てるシリアナ。
一国の王がこれだけ感情をあらわにするのだ。それだけ、国民が思われているということである。
「…でも、そのことがどうして僕達に伝えたいことにつながるんですか?」
「そうよ。あたし達が知りたいのはそのルナニスクルメアって奴らが何処にいるのかが知りたいだけ。それと、聖霊についてだけね」
シオンとユフィーが関係ない話ではないのかと、いぶかしむ声を上げる。
だが、クーがその小さい体を精一杯広げながら二人に説明した。
「そこで出てくるのがその双子にゃ。『狂乱の狂双子』とかって名前がついてるにゃ」
「狂乱…。明らかに只者じゃない名前だけど…」
「えー、カッコいいじゃん」
「あんたはいつの間に話に割り込んできてるのよ…」
にゅっと首だけ出すような形で、カナが話に割り込んでくる。
その行為にユフィーは呆れ、少しの間話が止まってしまう。そこでシオンはわざとらしい咳払いで話の雰囲気を戻した。
「…ゴホン…。で、その『狂乱の狂双子』がどうしたの? ある程度予想がつきそうだけど…」
「『聖霊の代行者』らしいにゃ。スピリティアたちの中では当たり前の話らしくて、それがあの双子らしいにゃ」
スピリティアは長命の種族。それ故に、表舞台に出ることはあまり無い。他の人間が死んでいく様を、人より多く見ることになるからだ。
そのためか、スピリティアの人々は人目に触れない所で暮らし、接触は行っていない。
だからこそ、クーが言ったその情報はかなり信憑性が高いのだ。
「『聖霊の代行者』って、どういう意味なんだろう? 確かに、スピリティアなら魔法の事は一番知っているだろうけど…」
「ええ。でも、会ってみるのが吉なんじゃない? あの時にあいつらが言ってたことが、意外と分かるかもしれないわ」
「確かにそうだけど、そんな話がある後じゃあ…ね…。僕等も門前払いされるかもしれないよ?」
二人してそうやって考え込んでしまう。
そこに、あまり物を考えない者二人が話に混じってきた。
「私は会ってみたーい。狂乱ってなんかかっこいいじゃん!」
「そうですそうです。なんかかっこいいです!」
目を輝かせながらそう叫ぶ二人。明らかに分かっていない。
その場に行けば戦うことになるかもしれないのだ。その双子と。
だが、そんな事はどうでもいいと言うより、クーが言った『狂乱の狂双子』と言う言葉が気にかかっているようだった。
「あんたたちねぇ…そんな簡単に事は進まないの。それに、かっこいいっていう理由じゃ不純よ?」
「不純じゃないよ! 正当な意見って奴だよ!」
「そうですそうです!」
「…なに? 何であたしが責められてるの?」
そんな理不尽なまでの三人の食い違いは、いっそ清々しかった。