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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
四章 目覚める、時
25/41

決闘という名の死合


ザッ!


土を蹴る音が響く。


質素な門構えに、頑丈そうな塀の数々。


リィナは今、城でシリアナからもたらされた情報の通り団舎の建物の前に来ていた。


「……迷わずに…来れました…」


そのリィナ自身はかなり驚いているようで、肩で息をしているはずなのに、その苦しさはまったく感じていないようだった。


「…っ!」


キィ…


これから自らのしようとしている事に少し身じろぎするリィナだったが、意を決してその質素な門を押した。


軽い音を立てる門を抜けた後にリィナがまず向かったのは、団長室。


自らの兄であり、王国騎士団騎士団長レイソル・ハーキュリーに会うためだ。


そこなら誰かしらいるはずだろうし、リィナも過去の経験から、そこに兄がいることが多いことを知っていた。


そして、その団長室の前に立ったリィナは軽く手を震わせながらも、しっかりと扉をノックした。


「おう。いるから入ってきてくれ」


控えなノックの後に聞こえてきたのは、つい最近まで聞いていた敬愛する兄の声。


今すぐにでも兄の名前を呼びながらその胸に飛び込みたいが、今のリィナの心境では無理な話だった。


「……兄様」


扉を開きながら、そう口にするリィナ。


そのか細い声に、リィナと同じ白銀の髪を持った青年は、弾かれたようにその方向を向いた。


「リィナ!? お前、今までどこに行ってたんだ! 家出したって聞いて、心配してたんだぞ!?」


血相を変え、リィナの元に駆け寄ってくるレイソル。


そんな珍しい兄の様子に、リィナは少し驚きながらもしっかりと返した。


「す、すいません…。私のせいで心配かけて…でも、もう大丈夫です! 怪我なんかしてないですし、兄様に言いたいこともできましたから」


「言いたいこと? 俺にか?」


一瞬で元気になった妹の様子を訝しみながらも、レイソルは妹に見せられる最上級の笑顔を向ける。


だが、その笑顔はすぐに凍りつくことになった。


「…兄様。私と、決闘して下さい!!」


リィナの口から飛び出た『決闘』の二文字。


普段なら模擬戦や試合と言っている単語を、あえて剣士同士の『決闘』と言った意味が、レイソルには一瞬分からなかった。


だが、妹が悩んでいることなどとうに熟知している。


剣士になりたいが、女という性別、家柄の重さがそれを邪魔する。そして、レイソル自身という大きな身内の壁。


その悩みを、レイソルは理解していた。いや、理解できる部分があったのだ。


最年少で就任した王国の客員剣士。それと兼任する最年少の騎士団長。


それを妬む人間は多くいた。だからこそ、レイソルは強くなったのだ。信頼を置ける人間であると、皆に分からせたのだ。


今、妹がその岐路に立っている。ならば、兄としてその背中を押してやることは当たり前ではなかろうか。


「───ああ。構わない。…やろうか」


その思いと共に、レイソルはリィナの申出を受けたのだ。




「兄様、兄様は本気で来てください。私も本気でいきますから」


風燐華を掲げ、出し惜しみは無いようにとリィナが提案する。


決意のこもった、そのいつの間にか大きく成長した妹の目を見ながら、レイソルは不敵に笑った。


「…ああ。リィナも、本気で来るんだろう?」


拳を握った片手をリィナに突き出し、確認の声をあげるレイソル。


その突き出された片手に自身の拳を当てると、リィナは踵を返しながらこう言った。


「ええ。楽しみです」


楽しそうな、滅多に見せない顔を見せると、リィナはレイソルから離れていった。


そして、十分に離れた後に試合開始の合図を放つ。


手に握られたコインが空高く投げられる。


そのコインが地上に落ちて甲高い音を立てたとき、二人はほぼ同時に言った。


自らの愛剣に、戦うぞという呼びかけを。


「…行きましょう。『風燐華』」


「…行くぞ。『フレイムリパルサー』」


鞘から抜き放たれた風燐華は、港の時と同じようにその刀身に風を纏いながら猛る。


対して、レイソルからは轟炎が立ち昇った。


その手に纏われたのは、灼熱の炎。猛り狂う炎は、何かを形成するように渦を巻いていく。


そしてその炎が収まったとき、レイソルの右手に握られていたのは太い幅広の長剣だった。


中心部分が歪曲し、鋭利な刃物の証拠である光を反射している、レイソルの魔剣だ。


「リィナ、お前も魔剣を? しかも風か…これは荒れるな」


「頂いたんです。帝国の友人から」


ダッ!


「ちっ!」


リィナの不意といってもいいほどの攻撃に、レイソルは剣身を傾けることで受けきる。


だが、鍔迫り合いでは明らかにレイソルが不利であった。


あちらの刀は細く、早い攻撃が得意な武器だ。だが、その刀の刀身に纏った風が、その『折れやすい』と言う弱点を上手く隠していた。


そして、その風は牙を向き、レイソルの首を狩り取ろうと迫っていく。


「っ! はぁぁぁ!!」


気合を込め、手にあるフレイムリパルサーに力を流し込む。


爆発的に赤く燃え上がった剣身が、風燐華の風を焼いていく。


その事に驚いたリィナは一旦退く。自らの風が、焼かれるのではなく『払われる』感覚に。


「良い判断だ。あのままなら、俺がその刀を斬っていた」


燃え盛る剣を構え直し、両手を前に突き出し、剣を逆手に構えるレイソル。


「魔剣闘技。払え、炎よ。我が前の敵を焼き葬れ。『カタルシス』」


逆手に構えた剣を目一杯引き絞り、眼前の空間すべてを薙ぐ。


その薙いだ空間すべてが燃え上がり、一種の炎の波となってリィナに迫る。


だが、リィナは冷静だった。まったく同じモーションでまったく同じ行為に挑んだのだ。


「魔剣闘技。凪げ、風よ。我が前の敵を吹き飛ばせ。『ファスティナ』」


広範囲に広がった竜巻は迫る炎の波とぶつかり、ありえない爆発を起こす。


そのありえない威力にリィナが少し驚いていると、その白煙の中からレイソルが飛び出してきた。


必殺の威力を孕んだ突き。その唸る剣身がリィナの首を捉えようかと言うとき、その剣身が弾かれたように上を向いた。


リィナの足が剣を蹴り、そのまま体の回転を利用し刀でレイソルの足を薙ぐ。


レイソルはその刃を少し上に飛ぶことで回避し、タイミング良く踏みつけようとする。


だが、それは許すまじと刀を引き、手から離れるのを防ぐリィナ。


一撃一撃が死を孕んだ、本当の『死合』。


この二人の共通の『決闘』は、まだまだ続く。


「やぁぁぁ!!」


「おぉぉぉ!!」


二人の気合の声が交錯し、同時に放たれた袈裟斬りが空間を切り裂かんばかりの勢いで振り下ろされる。


その機動を微妙に変化させながら、二人の袈裟斬りはお互いの得物に当たった。


ガキィィン!


甲高い音を響かせながら、またも鍔迫り合いが始まる。


だが、今度はリィナが先ほどの感覚を忌避してか、攻め込んでいなかった。


それを好機と見たレイソルは、すぐに力を剣に集め大きな火球を放つ。


至近距離で放たれた火球に、リィナが為す術もなく敗れさると思ったとき、リィナの体から風が溢れた。


溢れ出た風は火球を包み込み、押し返す。


そして、その火球はレイソルへと衝突する───。


「払え! フレイムリパルサー!!」


叫ぶと同時に、剣身が光る。そして、目前に迫った火球を掻き消した。


斬ったのではない。弾いたのではない。ましてや、受け止めたのではない。


ただ、そこにあった火球が消えてしまったのだ。


「な………」


その事に驚きを隠せないリィナ。だが、レイソルだけは不敵に笑い、リィナをただ見ていた。


「フレイムリパルサーは『払う者』。炎限定だが、強制的にその炎を消すことができる」


肩に担ぎ直した剣身を横目で見ながら、レイソルはそう淡々と呟く。


そして、力を込めてこう言った。


「…次で、終わりにしよう。さすがにここまで壊れるとは思っていなかったからな」


周りの惨状を見ながら、レイソルが呆れたような声を出す。


地は風で抉れ、その抉れた部分は炎で焼かれている。


戦場という雰囲気を醸し出している惨状に、レイソルは決着をつけようと言ったのだ。


「強くなったな。だが、ここまでだ」


「まだです。この一撃で、兄様を越える。それが私の、前に進む決意。そして、仲間と約束したことですから!」


刀を腰溜めに構え、そう決意の言葉を紡ぐリィナ。


魔力を集中させ、風燐華へとその魔力を流し込む。


流れた魔力は風燐華の纏った風を爆発的に増幅させ、嵐となる。


光り輝く、その魔力の風にレイソルは身構えた。剣を斜めに構え、自らの体すべてを隠すように。


「…来い。お前の思い、すべてを受け止めてやる」


剣の影から覗く、兄の鋭い眼差しに、リィナは息を呑んだ。


初めて挑む、本気の兄。挑んだのは、本気の自分。それを後押ししてくれたのは、初めての仲間。


その始めて尽くしの決闘に、リィナの心は躍っていた。場違いでも何でも、楽しいことに変わりは無かった。


「…では、いきます! 私の最高の技…。…魔剣闘技。揺れ動く、嘆きの暴風。彼の風が呼ぶのは、魔の嵐吹く風! 『魔風ノ嘆き(ディジア・ファグナ)』!!」


そう呪文を唱えると、リィナは風燐華にありったけ詰め込んだ魔力を解放した。さながら、今までの鬱憤をすべて吐き出すかのように。


猛る風は嵐となり、レイソルに向かって進む。さほどスピードは速くないその動きだが、それでもレイソルは動かなかった。


変わりに、自らの魔剣を持つ者としての矜持を示していた。


レイソルは魔法を扱える才を持っていない。いや、聖霊に魅入られて魔剣を振るっている訳ではないのだ。


これは『フレイムリパルサー』自身に自我があることに理由があり、その自我が生み出す自らの幻影に打ち勝った者だけが、この魔剣の柄を握れるのである。


それをレイソルは成した。騎士団の遠征中に偶然見つけたこの剣の主となり、数多の魔物を屠ってきた。


だが、今回は違う。相手は生身の人間、それも身内だ。全力を出す事があっても、殺す気は無い。


だからこそ、レイソルは示したかった。自らの妹に、自らの力で道を切り開こうとしている少女に。


「…うおぉぉぉ!!!」


真っ向から受け止める。ただの嵐ではない、魔法によって生み出された、天地の事象を引っくり返すほどの、強大な嵐風を。


すべてを燃やせと念じる。猛る狂う嵐を。自らに害をなす、すべての物を燃やせと。


その念に応えたのか、フレイムリパルサーから紅蓮の炎が上がる。


空高く上がるのではなく、レイソルを中心に紅蓮の竜巻を形成し、リィナの嵐風を真っ向から受け止めた。


「…お前は強い。認めてもらいたい気持ちも分かる。俺と比べられて、焦燥の気持ちがあることも。俺達は知っている…」


その紅蓮の竜巻の中にいながらもよく通る声で、レイソルはリィナに語りかける。


「…だからこそ、俺達の思いも分かってくれ。お前にはお前の道がある。それを、父様も母様も不器用ながら分かってもらいたかったんだ。無論、俺もな」


「…それは…もういいんです…。…それを気づかせてくれた人がいたから、諭してくれる人がいたから…! だから私は、今こうして兄様と戦っているんです!」


すべてを理解し、それでいてもなおぶつかってきた可愛い妹に、レイソルはようやく気づく。


環境が人を変えるのではない。会話によって、気持ちを受け入れることで、人は変わるのだと。


それが分かっていなかったから。レイソルやその父や母も、リィナを変えることは、成長させることが出来なかったのだ。


ドゴォン…!


思考の切れ間に滑り込むように、紅蓮の竜巻と嵐風が爆発を起こし、消える。


その音で何かが吹っ切れたのか、レイソルは柔らかな微笑を浮かべた後、リィナに言った。


リィナにとって、最も重要な一言。一番聞きたくて、一番言って欲しかった一言を。


「強くなったな、本当に。…お前はもう、一人前だ。だけども、一人じゃないからな。…それだけを、忘れるなよ」


「…っ…っぐ…はい!!」


泣く事を止められず、リィナは泣いたまま元気よく答えた。






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