決意の在り処
シオンが放った、港での一部始終の状況、その思いに、場は静まり返っていた。
「…ルナニスクルメア…。聞いたこともないな。…クーよ、いるか!!」
「はいにゃ、王様!!」
突然天井から降ってきた影は、シリアナの目の前で臣下の礼を取る。
その現れたビルスティアの少女に、三人は驚いて声もでなかった。
「『ルナニスクルメア』、『魔物の名前を名乗る男たち』。この二つを中心に何か出てこないか探してきてくれ」
「分かったのにゃ!!」
頭に生えた猫耳と尻尾を揺らしながら、クーと呼ばれた少女は天井へと飛び上がった。
その処理しきれない行動の数々に耐えかねたシオンは、シリアナに質問を投げかけた。
「王…先ほどの者は…」
「ああ、あ奴か。あ奴の名はクー。王国の隠密部隊の隊長をやっている者だ。とは言っても、一人しかいないのだがな」
「そんなものがあったんだ…」
「まぁ気にせんでくれ。それで連合の話だが、そなたの話の通りであるのであれば、早急に事を進めねばならん」
「はい。復讐なんて馬鹿げてる…」
唇を噛み締め、悔しさや苛立ちの入り混じった感情を露にするシオン。
だが、そのシオンに対しシリアナが投げかけた言葉は意外なものだった。
「よいではないか、復讐など。それで晴れるというのなら」
鼻で笑いながら、シオンの口上を無下にするシリアナ。
「…過去に縛られたまま生きて、どうなるっていうんですか」
「人は過去に縛られて生きるものだ。誰でもな。過去があって、今がある。今があるから未来があるのだ」
そこでシリアナは一度言葉を区切ると、シオンに向かって諭すように言葉を紡いだ。
「未来はただそこにあるものではない。掴み取るものだ。過去の過ちを、過去の思いを引きずりながらでも、それは掴み取れる。未来を、過去より良くしようとする者の手ならな」
「…それでも、復讐は間違ってる。それで悲しむ者が増えたら、それはただの自己満足だ」
「それが分かっているのがそなただ。ただ、頭ごなしに否定するのではない。すべてを受け入れ、そこから意見を出せ。それが上に立つ者の語りだ」
「上に立つ者の語り…」
「そう俺は思っている。まぁ、人の考えなどそれぞれだ。各々の最善の考えを示せ。そしてそれを信じろ。さすれば、必ず良い未来が掴めるはずだ」
玉座に座り直しながら、シリアナはシオンに自らの思いを語る。
王としての先輩からの意見として。一人の男としての意見として。
それが、シリアナが出した『息子を頼む』の言葉の答えだった。
「さて、他の者にも聞いておこうか。その二人の少女にもな。敬語はいらん。話してくれ」
手を差し出しながら、ユフィーとカナの意見を聞こうと促すシリアナ。
「…あたしは復讐でもいいと思ってるわ。実際、相手は魔物だけど復讐に似たようなものを誓っているし」
「ほう? 友か? 家族か? 失った者があるのだな」
「友よ。大切な、ね」
遠い目をしながらシリアナの質問に答えるユフィー。
その目には、ミーナの姿が映っているのだろうか。
「…ならそなたはどう思っている? 復讐を果たせたときの、未来がそなたには描けているのか?」
「え?」
「復讐とは、自分を殺してさえも憎き相手を討つ行為だ。それだけが原動力になっている事も多い。それが無くなった時、そなたは未来を生きれるのか?」
静かな目でユフィーを見つめるシリアナ。
「それは……生きれるわ。必ず。あたしは他にも、生きる意味があるから」
チラッとシオンを横目で見た後、ユフィーは自信満々に答える。
その時に見える、無意識の内に放たれた氷の空気に、シリアナは満足そうに頷いた。
「良い覚悟。良い思いだ。さて、そなたはどうだ? シオンとこの少女、ハーキュリー家の者の話を聞いてどう思う?」
今度はカナに手を向け、話を促すシリアナ。
萎縮した様子のカナだったが、その促しの言葉に合わせて語りだした。
「…私は正直、そんな気持ちなんて、思いなんて持ってない。トレジャーハンターの仕事だって、気がついた時にはなってたし…まぁ、お茶は好きだけど…」
明確な答えは無いようで、他の三人のような思いが無いことを申し訳なさそうに答えるカナ。
だが、シリアナはそれを簡単に認めた。
「よい。悩みが無いことはすばらしい。だが、それでは生きている事にハリが無いだろう?」
「いやでも、元気に生きようとか、明るくしてようとか思ったことはあるよ? だって、自分から楽しくしてないと、楽しくならないでしょ?」
「それが分かっているのならいい。そこからそなたの思いを見つけよ」
「そんな簡単に言われてもなー…」
「ふ…。簡単に言ってしまって悪かったかな? そなたの思いは、先ほどの言葉の中にある。これが俺から言える、最初で最後のヒントだ」
「???」
薄く笑ったシリアナの表情と言葉の意図が分からず、首を傾げてしまうカナ。
そんなカナを見てシリアナはもう一度薄く笑った後、三人に切り出した。
「さて、俺がこんな話をした理由を言っておこうか。正直、良く分かっていない状態で答えていただろう?」
玉座の肘掛に体を預けながら、シリアナは語りだす。
エスカレルニア王国、国王としての言葉を。
「たったこれだけに人数でも、思いが被ることはない。人はそれぞれ生きているのだから。だからこそ、このような事件が起きると俺は思っている。人が人として生きる限りはな」
今度は立ち上がり、シオンに向かって歩み始めながら独白を続けるシリアナ。
「だが、その考えは間違っている。それではすべての事件を容認していることと同じだからな。そうおもうであろう?」
シオンの前で立ち止まり、確認とも取れる声音で語るシリアナ。
その声に、シオンは自らの意見を被せた。
「はい。でも、王の考えの下ではそれが正しいと思ってらっしゃるんですよね?」
「ああ。人が人である限りその行為はなくならない、そう思っている。忠臣達には怒られてはいるがな」
シリアナは次にユフィーの下へと歩き出す。
「そなた達の思いは、そなた達自身の思い。彼らの思いは彼らの思い。その思いが交錯するからこそ、人の思いは面白いのだよ」
「…でも、それでは理解は無理ではなくて? だって、認め合ってしまえば、考えをぶつけることは、思いを語り合うことは出来ないわ」
もっともの意見をユフィーがぶつける。
結局、シリアナが言いたい事とは『分かり合う事』だ。
人が人として生きるためにぶつかり合うのなら、お互いがお互いを認める必要がある。
ならば、『分かり合う事』こそが重要なことではないのか。それをシリアナは言っているのだ。
だが、それではその諍いが必ず起こる。分かり合わないために。
「それはもっともだ。重々承知している。だが、だからこそ大切なのだ。人と人が理解しあう。共通の目的のためにやれることが」
そこまで言って、シリアナは最後にカナを向いた。
「この少女が言った、『楽しく生きる事』。これが重要だと俺は思っている。誰もが楽しく生きられる、なら、不満も起きまい」
「え? え? 私が良い事言ったの?」
カナはあまり分かっていないようで、軽く狼狽してしまっているが。
だが、それを意に介さずシリアナは言葉を続けた。
「ま、何が言いたいかというと、簡単にまとまってしまうのだが…。…『連合結成の条件は、人が楽しく生きられる世界を目指す事』だ」
本当に簡単に纏めてしまったシリアナは、その言葉を言った後、再び玉座へと戻ってしまった。
「…じゃあ、大丈夫なんですね? 連合のことも、ルナニスクルメアの事を止めることも」
「ああ。だが、今は情報が無い。クーが戻るまでには時間もかかるだろう。ゆっくりとしていくがいい」
「はい。お言葉に甘えて、ゆっくりとさせて頂きます。あ、リィナに関してはどうしましょうか。出て行ってしまいましたけど…」
「それは騎士団のものが連れて来るだろう。無論、そなたら四人で続けるのであろう? 真実を確かめる為に」
「はい。僕が必要とされている理由、僕の『力』が何なのか。それに僕が動けば奴らも来るでしょうから」
「あたしは最初からそのつもりよ。あたしの生きる意味も、したいことも、全部ここにあるのだから」
「楽しそうだからね。友達と一緒に行くのは、当然のことだよ!」
その三人の言葉を聞き、シリアナは満足そうに頷く。
そして、三人を代表するようにシオンがこう言った。
「僕らは、旅を続けますよ。だって、まだやらなくちゃいけない事がありますから」