戦いの終わりに
「……何してるの?」
ユフィーとカナに二人と無事合流できたというのに、シオンの口から出てきた言葉はそんな言葉だった。
実際の所、シオンたちがユフィーたちを見つけることは容易かった。急激に変わった氷の世界がそこにあったからだ。
その白銀に変わってしまった世界を見つけ、シオンとリィナはそこにユフィーがいることに安堵したのだが、見つけたときの状況が良くなかった。
そこにカナがいることにも驚きを覚えたのだが、それよりも不可解な事があったのだ。
二人の体勢である。
ユフィーがカナを組み敷いている。そこまでは分かるのだが、その雰囲気がとてもヤバい物になっていた。
「……お仕置き?」
「シオン君助けて! このままだと私、何か大切なものを失う気がするから!!」
珍しくキョトンとした表情のユフィーに対し、組み敷かれているカナは必死の形相でシオンに助けを求める。
そして、その場所にいて本来助けるべき側であるリィナに声がかからなかったのは、とある理由があった。
「………///」
顔を真っ赤にして顔を隠したまま、蹲っているリィナ。
だが、その隠された指の隙間からきちんと二人の事は見ていた。
恥ずかしい事は恥ずかしいが、興味はきちんとあるらしい。
「…はぁ…どうしてこうなったのやら…。ま、とにかくユフィーはカナからどく。で、リィナはきちんと立つ」
「え? 止めちゃうんですか? もったいないです……」
「どの口が言うかどの口が」
「いひゃい。いひゃいでしゅ、かにゃひゃん」
先ほどまで真っ赤になっていたくせに、シオンの一言で離れた二人に口を尖らせるリィナ。
だが、ユフィーの束縛から逃れたカナが恨みを込めてその頬をこねくり回したために、変な声が出てしまっていた。
その様を見て、シオンは今日何度目かになるため息をしっかりと吐いた。
「…はぁぁ…。とにかく三人とも、これからの事を連絡したいんだけど、いいかな?」
「構わないわ」
「私もいいよー」
「は、はなひてくだひゃーい…」
「…カナ? いい加減離してあげて」
「おっと」
未だにリィナの頬をこねくり回していたカナを咎めるシオン。
注意されたカナは、なぜか体を仰け反らせながらリィナの頬から手を離した。
「…話の腰を折られたけど、とりあえず言うね。僕等の元々の目的である王都には王国騎士団と共に向かうことにした。ユフィーとリィナはそれでいいね?」
「ええ」
「はい。ナリアさんならきっと分かってくれます」
シオンの提案に、二人して納得する。
そして次にシオンはカナに対してこう言った。
カナに関しては王国に来てから出会った人間だ。出会って間もない人間が、そうそう簡単に自らの意見に賛同してくれる訳が無い。
そうシオンは思っていた。それに、わざわざ素性を隠しておく必要がないとも。
だが、その不安はいい意味で裏切られることになる。
「カナ。僕とユフィーは帝国の人間なんだ。そして、僕の本当の名はシオン・セナ・ファルカス。帝国の第一王子だ」
「……へ?」
自分の話すことに集中してしまっているシオンに、カナのその間の抜けた声は届かなかった。
「僕等は帝国で起こった事件を王国に伝え、そして打開策を模索するためにここに来たんだ。それで───カナ?」
そこでシオンはようやく気づく。
肩をプルプルと振るわせ、俯いて何かを我慢しているようなカナの態度に。
その態度をどう解釈したのか、シオンは少し慌てながらカナに再度声をかける。
「え、えっと、カナ? どうし───」
「かっこいいいいーーーーーーーーー!!! なにそれなにそれなにそれなにそれーー!! 王子様が仲間を引き連れて旅ですか? かっこいいなー、凄いなー。それに失礼だけど何か楽しそう!! 私もついて行って良い?」
リィナの魔剣の時のような凄まじいテンションで捲し立てるカナ。
前回はここでユフィーがキレたのだが、ユフィーは対処法を学んだようでいち早く耳を手で塞いでいた。
だが、その予見が出来ていなかった二人は、耳を違う意味で塞いで頭すらも抱えてしまっている。
「…カナ…声が、おっきい…ってか、痛い?」
「…うぅー…この前よりも威力が上がってる気がしますよー」
耳を抑えながら蹲る二人。リィナに至っては目に涙を溜めている。
「…ごめんなさい。声がおっきくなるのは分かるんだけど、なーんか知らず知らずのうちにおっきくなっちゃうんだよねー」
「まぁいいけど…。で、さっき言ってた言葉だけど…」
耳を塞いでいても聞こえる大音量だったために、シオンは聞き逃してはいなかった。
カナの『ついて行って良い?』と言う言葉を。
「うん。だって楽しそうじゃん。楽しいことに目が無いのがカナちゃんなんだよー?」
「目が無いって、あんた分かって言ってるの? さっきみたいに、魔物に襲われること何かざらにあるのに…」
ストン!
軽い感じで受け答えをしているカナを咎めようと、ユフィーが話に割り込む。
だが、その答えと言わんばかりにユフィーの体の横を、突き出されたカナの槍が通り過ぎる。
軽快な音を立て、地殻の瓦礫に突き刺さった槍。その先には、魔物の姿があった。
「…まだ残っていたのね」
「残って、っていうより生き返っちゃった方かな?」
カナの言う通り、よく見るとその体には水滴が付着しており、ユフィーの氷から出てきたことがよく分かる。
おもむろに刺さった槍を引き抜き、肩に担ぎ直して本来言うべき言葉を言うカナ。
「ね?大丈夫でしょ?」
「…棒読みで言われてもね…」
「…確かにね…」
にんまりとしたカナの笑顔を見て、シオンとユフィーはほぼ同時に呆れる。
だが、リィナだけはカナの旅の仲間入りを喜んでいた。
「わー! じゃあカナさんもこれで仲間ですね! じゃあ、私はナリアさんに伝えてきますね?」
「ちょ、方向音痴のリィナちゃん一人じゃ絶対に無理!」
喜びのあまり一人で走り出してしまったリィナを、慌てたカナが追いかける。
そして、二人その場に残されたシオンとユフィーは、お互い顔を見合わせて笑いあった。