新しき力と別れ
「いつまで眠るの、こいつは…」
「…すー…すー…すー…」
「………」
「こら。寝てる奴の頬をツンツンしない」
「………ん」
シオンたちが駆け出してから、ユフィーは眠ってしまったメアを膝枕しながら待ちこけていた。
辺りが静かになったことに安心したのか、なぜかコロナが外に出てきており、今はメアの頬をその小さな手で突いていたのだ。
その事をユフィーが注意すると、コロナは渋々と言った様子でその手を引っ込めた。
「まったく…。あいつらはいつになったら帰ってくる……言ってるそばからね…」
再度愚痴ろうとしたとき、ユフィーの目にこちらに向かってくる二人の姿が見えた。
「…遅いじゃない。いつまで待たせ……何があったの?」
「ユフィーさん! 聞いてくださいよー! 剣が、剣が、剣がぁ!」
「ええい黙れ! まとわり、つくな!」
ドガッ
「あいたっ」
泣きながら帰ってきたリィナの姿を見て、ユフィーが心配げに声をかける。
その声を聞いたリィナは、ユフィーに抱きつきながら声を荒げて泣く。
だが、その抱きつきをユフィーはリィナの頭を殴ることで静める。
頭を抑えておとなしくなった所で、ユフィーはシオンに聞く相手を切り替えた。
「で? 本当にどうしたのよ。何でこんなに泣いてるわけ?」
「さっきの戦闘で、剣が真っ二つにね…。思い入れのある剣だったらしくて、こんな風に…」
「…打ち直さないの? 大抵の鍛冶屋ではやってくれるでしょう?」
「いや、折れた断面を見たけど、かなり特殊な製法で作られていると思う。形も特殊だし、作った人がいる鍛冶屋にいかないとなんとも…」
「はぁ…これで王国に行く理由が増えた訳ね」
「うん。…で、こっちからも質問。…この状況はなに?」
ため息を吐くが納得したユフィーに、シオンも場の状況の説明を要求する。
「ああ、これね。メアは疲れて眠ったの。なんでも、ビルスティアが魔剣を扱うのには無理があるからとか何とか。コロナについては知らないわ。勝手に出てきたみたい」
「なるほど…」
特に質問することもなかったのか、一言呟いただけで黙り込んでしまった。
そのシオンに、思いも寄らない人物が声をかける。
「………王国、行くの?」
コロナがシオンの服の裾を引っ張りながら聞く。
その事に若干驚きながらも、シオンはコロナの目線に合わせてしゃがみ込みながら答える。
「うん。僕達は王国に向かって旅してるんだ。王国の王様に、伝えたいことと聞きたいことがあってね」
「………なら、あげる」
「? 何をくれるの?」
「………帆船、コロナの所の」
「いいのかい? 随分高い物のはずなんじゃ…」
「………いい」
「…そっか。なら、ありがたく使わせてもらうことにするよ」
コロナの頭を撫でながらシオンは立ち上がる。
そしてユフィーとリィナを見ながら話を進めた。
「よし。なら、これで王国に向かう手筈は整った。帆船はコロナちゃんが出してくれるから、もうここから行けると思う。リィナが言っていたことも、これで確かめが効くし」
「そうね。まあ、でも今日は休まない? 誰かさんは塞ぎ込んでるし、誰かさんは人の膝の上で寝たまんまだし」
「…そうだね…」
リィナにも話を振ろうとしたシオンだったが、ユフィーの言う通り何かをブツブツと呟いているリィナに近寄ることは、到底出来なかった。
「じゃあ、僕がメアを運ぶよ。コロナちゃん、メアの部屋まで案内して」
「………ん」
連絡する事は無理だと思ったのか、シオンは逃げるようにしてメアの体を担ぎ上げる。
そして、屋敷の住人であるコロナに案内を頼むと、屋敷の中に消えていった。
「……で? あたしにどうしろっていうのかしら」
「……うぅ……」
残された二人は、しばらくその場で固まっていたままだったとさ。
「ふわぁぁぁ…」
大きなあくびを一つ。
昨日の一件から一夜明け、出立の日の朝。
シオンは自らが選んだ部屋から大きく背伸びをしながら現れた。
「……はぁ……」
朝の空気を楽しんでいるシオンの耳に、そんな憂鬱なため息が響く。
まさかと思ってその声がする方角に向かうと、そこにいたのは案の定彼女だった。
「…リィナ…ちゃんと寝れたの?」
「…一応は寝ました。眠らないと動けない体質なんで」
「…そんな体質ってあるんだ」
「…でも、昨日の事とか、剣を見ていると悲しくなっちゃうんです」
「思い入れのある物…なんだよね? その剣は」
「はい。兄様に頂いた、初めての剣です」
折れたセントクルセイダーズを見ながら、リィナはそう呟く。
リィナの兄、レイソル・ハーキュリーはエスカレルニア王国の筆頭剣士であり、王国騎士団団長でもある。
リィナはそんな兄を誇りに思い、そして敬愛しながらも劣等感を抱いていた。
若くしてその才覚を発揮し、その腕を存分に振るう兄。
対して自分は、剣士になる夢を捨てきれない女。
そんな自分が、偉大なる兄の妹でよいのかと。そう思ってしまっていたのである。
ついでに言えば、その事で親と喧嘩し、さらにはシオンたちと出会ってしまっているのだが。
「そうなんだ。僕は一人っ子だから、そう言う気持ちは分からないや」
「そうなんですか? てっきり下に弟さんや妹さんがいると思ってました」
「僕が物心つく前に母上は亡くなったからね。それに父上も側室をとらなかったから」
「…なるほどですね」
「それに、そういうのは贅沢な悩みって言うんだ。分からないなら、お兄さんがリィナの事をどう思っているのかを知りたいなら、全力でぶつかってみなよ。きっと、いい経験になると思う」
リィナの気持ちを整理させるために、シオンは自らの思いを述べていく。
きっと、彼女ならいい答えを見つけてくれると信じて。
「試しに啖呵でも切ってみたら? 『私は兄様を越えます!』見たいな感じでさ」
「…そうですね。知りたいなら、ぶつかってみればいい…。…やっぱり、シオンさんはいい王様になりますよ」
「恥ずかしいから止めて」
「あはは。いいじゃないですか。私の決意は、シオンさんがくれたんですから」
先ほどまでの落ち込んだ顔とは打って変わって、朗らかな笑顔で笑うリィナ。
「…私は、兄様を…いえ、誰よりも強くなります。慣例だ通例だ何か知らないです。私は、私の決めたことをやります」
「その言葉を待ってたよー♪ かっこいいー♪」
「ええ。その通りですね」
「………ん」
「…まったく、心配かけさせないでよね」
リィナが決意の言葉を口にした瞬間、楽しそうな言葉を皮切りにゾロゾロと人が溢れてきた。
突然の出来事に、リィナは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そのリィナに助け船を出すかのように、シオンが疑問を口にした。
「何でここに風の聖霊がいるのさ。それに、かなり普通に会話してたし」
「聖霊は魔剣と共にあるのです。ですので、かなり前から私は知っています」
「………聖霊さん」
「あたしはアイシーとの一件があるからね。慣れたわ」
「……なんだろう。なんかこう、普通が普通じゃなくなっていく感じは」
「まぁまぁ気にしないでおこうよ♪ ボクはプレゼントしにきたんだからね♪」
くるくると宙を舞いながら、楽しそうに言うウィンディア。
その様は、ローブに隠れた幼い顔と同じような無邪気なものだった。
「プレゼント?」
「…確か、昨日の戦闘中に何か言ってたような…」
リィナがその発言に首をひねり、シオンが記憶を呼び覚ますかのように口元に手を押しやる。
そして、そんな二人にメアがきりだした。
「この風燐華をあなたに使ってもらいたいのです」
「ええ!? ま、魔剣をですか!?」
黒塗りの装飾が一切無い鞘に収められた風燐華を差し出すメア。
その出来事の大きさに、リィナは困惑を隠せない。
手を前に最大限押しやりながら抵抗した。
「ビルスティアである私よりも、ヒューマティアであるあなたの方がいいんです」
「うんうん♪ それにボクは君が気に入った♪ これはもう決定事項だからねー♪」
「うぅ…」
「もらっときなって。お兄さんとの件については必要ないかもしれないけど、旅には必要でしょ?」
「そうよ。あたしなんて剣なんか使えないから無理だけど、あんたは出来るじゃないの」
なおも抵抗しようとするリィナに、トドメの一撃となるシオンとユフィーの言葉が突き刺さった。
その事に軽く打ちのめされそうになりながらも、リィナはおずおずと手を差し出した。
「…じゃあ、私が使ってもいいんですか?」
「そう言ってるじゃない♪」
「…なら、ありがたく使わせていただきますね」
先ほどの啖呵を切ったときのような決意のある瞳で、リィナは風燐華をその手に取った。
「やったね♪ 君はこれから晴れて魔導剣士だよ♪ 難しいことしかないけど、頑張ってねー♪ じゃ、ボクはこれで当分出てこないけど、頑張って覚えてね♪」
「え? どうしてですか?」
「こうやって姿を見せるのって疲れるんだよ♪ 継承の儀もかなり簡略化したし、疲れたのだー♪ ってなわけでーバイバーイ♪」
音の旋律はそのままだが、少し疲れたような声でそう言葉を残すと、ウィンディアは薄緑色の風に包まれて消えていった。
それを呆然と見つめた後、リィナは手の風燐華を固く握り締める。
その行動を横目で見ていたシオンは、少し息を吐くと言葉を投げかけた。
「よし。リィナも大丈夫になったことだし、行こうか」
「ええ。メア、コロナ、世話になったわね」
「いえいえ。また何時でもいらしてください」
「………来て」
ユフィーが珍しく感謝の意を残る二人にかけると、二人は同じように言う。
また遊びにきて。また会えるよねと。
「分かった。近くに来たときには立ち寄ることにするよ」
「本当に有難うございました!!」
先に帆船に乗り込んだユフィーに続き、シオン、リィナの順に帆船へと乗り込む。
そして、それを送り出す二人は手を振って三人の旅を送り出した。
「行こう! 王国へ!」