反撃開始
ガラガラガラ…
「いっつ…」
グリムワイバーンが壊した瓦礫と共に落ちたシオンは、あちこちぶつけた体を擦りながら這い上がった。
見た所汚れてはいるが、体の主な所に怪我は無い。
その事を確認したシオンは、未だに軽い土煙の残る周囲をざっと見渡した。
「…被害はあまり無いな…。町の人たちも、やっぱり逃げてくれたんだろうか…」
周囲の異常とも言うべき静かさに、シオンは何か嫌な予感を覚えていた。
だが、今は共に落ちたリィナの発見が先だ。
「リィナ! 無事かい!?」
「…シオンさーん…ここでーすー」
微妙に力の無い声が声を張り上げたシオンの耳に届く。
その声を聞き、シオンはその声の下へと駆け出した。
「リィナ! 大丈夫!?」
「…大丈夫なんですけど、また厄介なことになってまして…」
「え? それはどういう…」
ことなのと続ける前に、シオンは気づいた。
自分たちを地上に落とした張本人である、グリムワイバーンがまたもや空に上がっていることに。
「くそっ。僕等じゃどうしようもない。魔法もないし、爪と剣じゃ何もできないよ」
「なんかこう…自分でふわふわっと浮ければいいんですけど…」
「そりゃ無理でしょ。いくらなんでもさ」
体を目一杯使いながら自分の意見を伝えるリィナ。
だが、伝わったことの大きさにシオンは無理だと一蹴してしまう。
それは当然だ。人には翼がついていないのだから。
「…はぁ…はぁ…はぁ…ようやく見つけた…」
「ご無事ですか?」
そんな二人の元に、息を切らせて大きく肩で息をしているユフィーと、それとは正反対の涼しい顔をしたメアが合流する。
その態度の違いに、シオンは一抹の不安を覚えながらも二人に聞いてみた。
「…あの、さ。二人共、屋敷から出てきただけだよね…。どうしたらそんなに変わるのさ」
「あ、あたしは、体力、無いのよ。…それに、壊れた屋敷の階段なんて、走りにくいったらありゃしないわ」
「私は飛び降りてきましたので、最短距離ですね」
「「「はぁ!?」」」
しれっととんでもない発言をするメア。
その爆弾発言に、シオンたち三人の驚きの声が完全に被った。
「…姫を守るためならこの程度造作もありません。ささ、早く無遠慮な来客にはご退場願いましょう」
「そう…なのかな…?」
「…そう言うことにしておきましょう…」
「…それが一番だと思います…」
自身に満ち溢れた物言いのメアを見ながら、シオンたち三人は呆れながらも納得するしか無かった。
だが、その事に納得した所で戦況は変わらない。
地上にいる四人に対し、敵は上空にいるのだ。
上手くいけば撒けるかもしれないが、そんな事をした所で意味は無いと四人は分かっていた。
しかしその中で、シオンだけが唯一気づいた。
勝利のためには力を合わせることが不可欠だと言うことに。
「…メア。もう一度さっきの奴、できる?」
「できますが…当たりませんよ?」
「いいんだ。できるだけ弾幕になるように、バラバラにたくさん撃って」
「分かりました」
シオンに急かされる形ではあるが、メアが風燐華を構え直して力を蓄え始める。
その行動を見届けたシオンは、次にユフィーに話を振った。
「ユフィーはメアの技の後に魔法を。氷の槍みたいなのが出せればいいんだけど…」
「槍? そんな大きな物を作るの?」
「違う違う。小さくて無数の…そうだね…『針』、かな」
「分かったわ、針ね」
了承したユフィーは、その作戦に答えるために魔力を練り上げていく。
そして最後に、シオンは自らとリィナの作戦を口にした。
「僕等は正直言って待ちだ。空を飛ばれてちゃ、何も届かないからね」
「そうですね。でも、待ちっていつまでですか?」
「その辺はユフィーとメア次第なんだけど…。ま、僕等は落ちてきたらまず翼を切る。面倒だからね、もう一度上がられると」
「はい、分かりました」
大きく頷き、シオンの作戦に同意するリィナ。
そしてシオンは、状況を把握するために空を見上げた。
シオンの目に映るのは、未だにゆっくりと旋回しているグリムワイバーンの姿。
その優雅に旋回を行っている様を見ていると、唐突にシオンが声を張り上げた。
「メア! 真正面、今だ、撃って!」
「はぁっ!!」
シオンの指差した方角に向けて、大きく風燐華を薙ぐメア。
指示通り、一つ一つは小さいが、大量の竜巻が生まれ、グリムワイバーンに向かって進んでいく。
広範囲を覆う竜巻は、お互いがお互いに干渉しあいながら徐々に大きくなる。
それを満足そうに眺めたシオンは、次の指示を飛ばした。
「ユフィー! あの竜巻に向かって魔法を! 狙いは竜巻の根元!」
「分かったわ! 無数の揺らめき、不確かな力。氷よ。その力を束ね、鋭利な矛と化せ! 『氷決指針』!」
指示に従い、魔法を発動させるユフィー。
発動した魔法は、自らに流れる魔力を外に流し、それを細かく凍らせると言う物。
単純だが、シオンの指示の『針』にはなっている。
指向性を持った無数の氷の針は、シオンの指示通り竜巻の根元部分に向かって飛んでいく。
「よし。これならいけるはずなんだ…」
「シオン? あんた一体何をしようとしているの?」
「まあ見てて。僕の予想が正しければ、直ぐにでも…」
「ギャァァァ!!!」
「な、なに!?」
ユフィーがシオンの行動を問いただそうとすると、突然グリムワイバーンの悲鳴の咆哮が響く。
その音を聞いたシオンは、真っ先に駆けた。
「リィナ! 行くよ!」
「はい!!」
途中でリィナを呼ぶのを忘れず、落下していくグリムワイバーンの元へと駆けていく。
その動きを呆然と見ることしか出来なかったユフィーの隣で、やたら汗をかいたメアがやってくる。
「…あれは風燐華の風にあなたの氷の合わせたんですね…」
「…合わせた? どういう意味……っ! あ、あんた、ものすごい汗の量よ!? 大丈夫なの!?」
メアの体から滴り落ちる、尋常では無い汗の量に、ユフィーはひどく慌てる。
だが、メアは軽く腕を上げてそれを制した。
「…風燐華は魔剣。ビルスティアの私が扱うべき物じゃないんです。魔力の代わりに、尋常では無い体力を消耗するんです。だから…」
ドサッ
そこまで言った後、力尽きるように地面へと倒れこむメア。
その突然の出来事に驚きながらも、ユフィーはメアの体を抱え上げた。
「ちょ、ちょっと! 本当に大丈夫なの!?」
「…少し、眠らせてください…そうしたら、回復はしているので……」
消え入りそうな声でそう言うと、直ぐに規則正しい寝息を立て始めるメア。
その異常なまでの素早さに、ユフィーは少し呆れてしまう。
「…ビルスティアは、眠ることで体力を一番回復させる術って聞いたことあるけど、本当だったとわね…。まあ、こうされちゃ動けないし…シオン、リィナ、頼むわよ…」