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アクレニア戦記 ~二つの決意~  作者: 冬永 柳那
二章 遥かなる旅
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護るべきもの


パタパタパタ…


豪華な布の敷き詰められた、かなり長めの廊下を走る音が響く。


年はかなり若く、成熟しきっていない幼い風貌の少女だ。


さほど慌ててはいないようだが、その少女の身体能力が高い所為か、かなり足音が早い。


その少女は、ツンツンに逆立たせた青紫の髪と綺麗な三角形の犬耳を揺らしながら、とある部屋の扉をノックして開けた。


「姫ー。起きてますかー?」


かなり不躾だとは思うが、これが少女の地なのだろう。


開け放たれた扉から、キョロキョロと部屋の中を見渡す。


だが、そこにお目当ての人物はいなかった。


「…またですかまたなんですねそうなんですね……ん?」


カタカタカタ…


黒いオーラをまき散らしながら、誰もいない部屋を見ていると、彼女の目にある物が止まった。


それは、風に揺れる窓とそこにかかった不自然に捻れた布。


明らかにそこから脱走した形跡に、少女は絶望の悲鳴を上げることになった。


「…何でいつも出て行かれるんですかー!! 姫ー!!!」






「んー、とりあえず来てみたんだけど、結構大きな町だったみたいだね」


「ええ。警備の者もいるみたいだし」


「ふわー…これが帝国の町並みですかー」


三者三様の感想を漏らしながら、立ち寄った町の中を歩く三人。


「あ、そうか。いくら王国と帝国の国交が正常だといっても、渡航する人間は少ないもんね。僕も王国には行ったことがないし」


「そうなの? てっきりあたしは王族関連で行ったことがあるのかと思ってたわ」


「無いよ、そんな事は。お金もかかるし、行く理由がなかったんだから」


王様になったら別だけどね、と苦笑しながら言うシオン。


そんなシオンを半ば呆れたようにユフィーは見つめると、隣で目を輝かせているリィナに話を振った。


「で、あんたはいつまで物珍しそうに辺りを見渡してるのよ」


「だって珍しいんですもん。世界は同じでも、住んでる所が違うだけでこんなにも違うんですね!」


「確かに。エスカレルニアは北の大陸だもんね。確か…雪っていうのが降るんだったよね?」


「はい。とっても綺麗ですよ!」


嬉しそうな笑みを浮かべながら、シオンの問いに答えるリィナ。


そしてそのまま小躍りしながら歩いていると、唐突にリィナがこけた。


「いたっ」


「だ、大丈夫? 見た所、何も無い所でこけたと思うんだけど…」


「…バカ…?」


「うー…足がもつれただけですー!!」


心配しているのだろうが、この二人の台詞はかなり辛辣だった。


顔を真っ赤にしながら立ち上がり、埃のついた服を払いながらそう抗議するリィナ。


その時、リィナがまたもやこけた。


「あたっ」


「…またこけた」


「…いよいよバカね」


「ち、違いますよ!! 今度は何かに引っ張られて…」


「………ん」


必死に抗議するリィナが手で送り出したのは、リィナの服の裾を握り締めた小柄な少女。


長い髪の色は紅。至る所にはねっ毛があり、それを大きな髪留めで止めており、黒色の生気の無いような瞳で、シオンたちを見つめている。


「な、なにかな? 親はどうしたの?」


「………」


一言も発さない少女を心配したシオンがそう声をかけるが、少女は何も返さず代わりにリィナを見上げた。


「どうしたんですか? 私の顔に何かついてます?」


「………見たこと無い顔」


「え?」


「………」


リィナが少女に笑いかけると、それを少女は不意に断るようにそっぽを向いてしまう。


そして、そのままリィナの服の裾を持ったままだが歩き出していく。


「え? ちょっ、伸びる伸びる伸びますってーー!」


リィナの叫びもお構いなし。


ぐいぐいと引きずるような形でリィナを引っ張っていき、そして唐突に離した。


ベシャッ


「…今日はよくこけるね…リィナ…」


「…厄日なんじゃない?」


「…うーー…」


盛大な音を立ててこけたリィナを尻目に、少女はそのままどんどん歩いていく。


そしてこれまた唐突に発言した。


「………来た」


「姫ーーーーー!!!!」


大音量の声と共に、凄まじい土煙を上げながら何かが近づいてくる。


いや、声を出しているのだから人間であることに変わりは無いのだろうが、それでも上がる土煙の量は尋常ではなかった。


「………メア、うるさい」


「うるさくしますよ! いい加減一人で出歩くのは止めてください!」


「………うるさい」


「うるさくします!!」


突然現れたビルスティアの少女の剣幕に三人は呆気に取られているが、怒られているはずの少女は何事も無いかのように立っていた。


そして最後には、手に持っていたぬいぐるみをメアと呼んだ少女に投げつけてしまう。


「姫!!」


慣れているのか、投げつけられたぬいぐるみを器用に受け止め、少女を追いかけようとするがその少女は近くにあった屋敷の中に入ってしまう。


「姫! 開けてください!」


「………」


閉められた扉を叩きながら、そう叫ぶメア。


だが、その扉が開かれることは無かった。


その事に落胆し肩を落とすメアだが、その一部始終を三人に見られていた事に気づき、慌ててたたずまいを直した。


「あ、すいません。お見苦しい所をお見せしてしまって…」


「いえいえ。構いませんよ」


「本当にすいません。あ、私、コロナ・トベルスティア様の従者をやっております、メアと申します。お見知りおきを、帝国第一王子、シオン・セナ・ファルカス様」


シオンの前に跪き、臣下の礼を取るメア。


その礼をシオンは慣れた風に受け取ると、記憶を探るかのように手を口元へと置いた。


「あ、ご丁寧にどうも。確か…トベルスティアって言うと、あの子が遺児って事になるのかな」


「はい、その通りでございます。その節につきましては、王にも参列いただき恐悦至極でございます」


「畏まらなくていいよ。普通にね」


「ですが…」


「今の僕はただの旅をしてる旅人だよ。そういう権利なんか、全く持っちゃいないんだ」


あっけらかんと自らの権力を捨て去ってしまうシオン。


そのシオンの態度に、メアはどうすることも出来ないと悟ったのか、立ち上がって残りの二人に礼をした。


「…そちらのお方も、失礼いたしました。コロナ姫の放蕩加減にはほとほと手を焼いておりまして…」


「構わないわよ。でも、あれくらい元気が無いといけないんじゃないの? あれくらいの子供には」


「そうですね。やっぱり、子供は元気が一番ですよ!」


「そう言っていただけると幸いです。立ち話もなんですし、お屋敷にいらっしゃってください」


そう言って先ほど閉められた扉を指し示すメア。


だが、その行動に三人の頭には?が浮かんだ。


「…? ああ、大丈夫ですよ。…えっと…ほら…」


ゴゴゴゴゴゴ…


鈍い音を立てながら地面が割れていく。


突然しゃがんだメアが何かを操作したのだろうが、三人としては地面が割れる光景にただただ驚いていた。


「…ささ。トベルスティア邸へようこそ」





「ふわー…。豪華なお屋敷ですねー」


「ふふ…。ありがとうございます。あのハーキュリー家の人間に出会えるとは思っても見ませんでした」


赤を基調とした豪華な廊下を、四人が静かに歩く。


一度地下にもぐった後、すぐにこの廊下に出てきたため、三人としてはこの変化に驚いていた。


だが、それも一瞬ですぐにリィナ以外は平静を取り戻していた。


「あれ? ユフィー、あんまり驚いてないんだね」


「…あんな王宮なんか見た後で、あんまり驚けないわよ。それに、毎回毎回驚いてたらついていけないわ」


「そっか。あの面白いユフィーが見れないとなると、残念」


そんな会話がなされているうちに、とある部屋の前にたどり着く四人。


一際装飾の成された、豪華な大きな扉。


その扉を、メアは一息に開け放った。


「ここが先代、旦那様と奥様がおられた部屋です」


「先代? さっきも何か言ってたけど、なにがあったの? 遺児とか何とか…」


案内された部屋の説明に不可解な事があったのか、ユフィーがそんな事を口にする。


その質問に、答えたのはシオンだった。


「…トベルスティア家は大地主なんだ。ここ一帯のほとんどの土地を所有してる。でも、つい二年前かな。事故があったんだ」


そこまでシオンが言った後、メアが続ける。


「その事故で姫は大きな悲しみに暮れ、感情を失いました。親や親戚、家族と呼べるものを亡くしたのですから、それも当然と言えば当然なのでしょうが…」


そう言うメアの表情は暗かった。


使えるべき主の悲しみを一心に背負ったような、そんな表情だった。


だが、そんな表情のメアに対し、ユフィーはこんな言葉を言い放った。


「…家族と呼べるものを亡くした、ねぇ。…ここにも家族がいるのに、なんてバカな子なの? コロナって子は」


「…ここにも家族がいる? それはどういう…」


「あんたもたいがいのバカね。あの子を大切に思ってるなら、あの子は家族でしょう? そうじゃないの?」


さも当然かのように自らの持論を披露するユフィー。


その言葉の意味に、メアは黙り込んで考えてしまう。


だが、その答えはすぐに出ていた。


「…はい、そうですね。姫は、私の『護るべき者』なんですから」




一方その頃。


自らの部屋へと戻っていたコロナは、壁にかけられている一枚の絵をただ眺めていた。


何の変哲もない、ただ一組の男女が描かれた絵。


だが、その絵はコロナにとって唯一の両親の形見であった。


周囲の人間は事故として断定しているが、トベルスティア家を襲ったのは事故ではなく襲撃である。


大地主であることを快く思わない者たちの、心のない襲撃。


その襲撃に巻き込まれ、コロナ自身も大怪我をおった。


しかし、目を覚ました彼女が見たのは、遺産や大地主の権利を得ようとする薄汚い大人の策略の渦だった。


両親や親戚を一斉に失った悲しみと、その見たくもなかった陰謀に、彼女は感情を失くしてしまったのだ。


「………」


ただ、 眺める。


飽きもせずただひたすらに。


だが、そんな彼女の耳にある言葉が入ってきた。


『…家族と呼べるものを亡くした、ねぇ。…ここにも家族がいるのに、なんてバカな子なの? コロナって子は』


『…ここにも家族がいる? それはどういう…』


『あんたもたいがいのバカね。あの子を大切に思ってるなら、あの子は家族でしょう? そうじゃないの?』


自らの従者と、先ほど出会った三人のうちの一人の台詞。


その台詞は、本来建物の関係上聞こえるはずが無かった物だが、そんな事は今のコロナには関係なかった。


「………家族」


「………メアが」


「………家族」


その言葉を噛み締めるかのように、ゆっくりと区切りながら言葉にしていくコロナ。


そして、少しだけ生気の宿った目を前にしっかりと向け、歩き出した。


だが、不意にくるりと後ろを向くとこう呟いた。


「………ありがとう、聖霊さん」


それだけを呟くと、コロナは踵を返して部屋から出て行った。





「───ありゃりゃりゃ、バレてたのかー♪ これはさっさと挨拶にいこっかなー? でもま、楽しそうだしいっか♪」





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