協力関係
モグモグモグ…
「へー、そんなことがあったんだ」
「そうなんですよー。で、ここってどこなんですかね?」
「ここはフォーゲルノート帝国の首都、シンセミアの近くの森よ。あたしたちはそのシンセミアから出てきたの」
簡単な自己紹介をした後、すっかり小さくなってしまった炎を取り囲みながら、三人はリィナの迷子になってしまった経緯を聞いていた。
リィナの話を纏めるとこうなる。
剣士になる夢があるが、お家柄ということもあり女の身ではなれない。
その事で親と喧嘩し、無我夢中で走ってきた。
途中でこの森に迷い込み、食料も何もない状態で彷徨っていたという訳だ。
そこまでならいい。ただの無謀な家出少女というだけだ。
だが、珍しく親切なユフィーの言葉を聞いた途端、リィナは唐突に叫び声を上げた。
「…へ? ここって、帝国…? ……えぇーーーー!!!」
「「っ!」」
突然の大音量の叫び声に、シオンとユフィーは二人揃って耳を押さえる。
リィナはそんな事が目に入らないのか、急に立ち上がると辺りを忙しなく見渡しだした。
「な、何で私帝国に来てるんですか!? 私は王国にいたはず…っていうか、初めて来ましたよ帝国なんて!!」
「ちょ、ちょっと! 落ち着きなよ!」
「…凍らせましょうか?」
「って、ユフィー! 怖いこと言わなくていいから! そりゃ額に青筋立てたくなるのは分かるけど!」
騒ぎ出したリィナを止めようとしたシオンだったが、スターレインを構えて魔力を練るユフィーにそれ所ではなくなってしまう。
ユフィーとしてはイライラを発散させたかっただけなのだが、そのやり方が悪い。
それに加え、ユフィーは気に入らない人間───初対面も含まれるが───にはかなり冷たいのだ。
それが分かっているシオンは、何とかユフィーを宥めようとする。
「…うるさい奴には死刑よ。勝手に騒ぎ立てる奴にもね」
「両方じゃないか! もう、初対面の人にばっかこんな事してると、いつか刺されるよ?」
「ふん。やれるもんならやってみなさい」
「いやいやいや、女王様なんかにならなくていいから」
軽くふんぞり返ってしまったユフィーに、シオンは完全に呆れ返ってしまう。
だが、何とか意識を逸らすことには成功したようで、スターレインを構えている事は無くなった。
それを認めたシオンは、次にリィナの状況を確認するために声を上げる。
「…で、落ち着いた?」
「はい。とても落ち着きました」
「そう? ならいいけど…。…でさ。リィナ、これからどうするの? と言うか、どうやってここに来たか分からないの?」
「うーん。無我夢中でここまで走って来たので、あんまり経過はよく覚えていないんですよ」
むむむと言った風に首を捻って考え込んでしまうリィナ。
だが、その話を聞いたシオンはありえないという顔をしていた。
それもそのはず。リィナが本当に王国に住んでいるのなら、走って来たという言葉はおかしい。
シオンたちが目指している場でもあるが、北と南の大陸の間には大陸間に亀裂が走ったような海溝、レミアルナ海溝が存在しているのだ。
帆船でなければ乗り越えることのできない大きな海溝を、とても走ってきたという言葉では言い表わせないのである。
「…ほんとに走ってきたの? 帆船には乗らなかったの?」
「帆船? あ、やっぱり帝国には情報が行き渡っていないんですね…。今、王国側から帆船は出ていませんよ?」
「え? どういうこと?」
突然知らされた知らせに、シオンはかなり驚いてしまう。
もちろんその発言もユフィーは聞いており、問い詰めるような形ではあるがリィナに質問する。
「あたしも聞きたいわ。あたしたちは王国に向かってる。それに、帝国側からの帆船は出ているはずよね? ならなぜ王国側は帆船が出ていないのかしら?」
なぜかリィナの襟首を掴みながら、凄むように質問していくユフィー。
しかし、端から見ているシオンは、小柄なユフィーがごくごく一般的な身長のリィナの襟首を掴む姿は、なんというか滑稽だった。
だが、そんな事は睨まれているリィナには関係なかった。
「な、何か怖いんですけど…。えっとですね、今王国では魔物の襲撃が頻発しているんです」
リィナの口から発せられた言葉は、奇しくも二人の報告すべき事柄と一緒だった。
「魔物の襲撃…」
「はい。そのせいで騎士団が出ずっぱりで、定期連絡も行えない状況です」
リィナの口から伝えられた単語に、ユフィーの記憶が蘇っていく。
ユフィーが苦虫を噛み潰したような顔をしていると、代わりにシオンが喋り出した。
「…僕等も昨日、魔物に襲われたんだ。帝都はほぼ壊滅状態。みんな『帝都崩落』って言う名前をつけて呼んでる」
「そうだったんですか…。でも、王国も帝国も魔物の襲撃に悩んでる。…どういうことなんですかね?」
「どうもこうもないわ。ただ、襲われている人々を救えばいいのでしょう? やってやるわよ」
「…そう簡単に事が運べばいいんだけどね」
「どういうことよ。魔物を滅する。もう二度と、同じ思いをする人を無くすために…」
断罪の決意を露にするユフィー。
だが、シオンはそんなユフィーの決意に危うい物を感じていた。
ユフィーの覚悟が、どこか死に急ぐような危険な物に思えたからだ。
「…よく分からないんですけど、王国に向かうんですよね?」
「ああ、うん。そうだよ」
「…なら、私もついて行っていいですか? 絶対と言っていいほど道が分からないですし、それに自分で言うのは何なんですけど、私は一人で出歩けないんです」
「うん、いいよ。仲間が増えるのは大歓迎……」
「はぁ? 何言ってるのあんた。どこかの箱入り娘なの?」
申し訳なさそうに報告するリィナだったが、それをシオンは快く了承する。
だが、その言葉を述べている最中に、ユフィーの氷の言葉が突き刺さった。
「いえ、あの、ほんとにすいません」
その言葉の冷たさに負け、もう一度地面に減り込みながら土下座を開始してしまうリィナ。
そのかなり哀れな姿にユフィーはかなり満足しているようだが、シオンはかなり焦っていた。
「こらこらこら。ユフィー、何してるのさ!」
「なに? 変な事口走ったからでしょ?」
「そんな事したらダメだって! 思い出したんだけど、ハーキュリーって言えば王国の客員剣士の家系なの! 箱入りのお嬢さんでもおかしくないから!」
「あら、そうなの? でも、平民のあたしには関係ないわね」
土下座しているリィナを眺めながら、何とも言えないような表情になっているユフィー。
未だに土下座を続けるリィナは、シオンの言葉に数回微妙に反応しただけで、まったく動かなかった。
「ああもう! ほら、リィナもいつまでもそんな事に付き合ってないで顔を上げてよ!」
業を煮やしたのか、土下座しているリィナの肩を持って思い切り立たせるシオン。
「…それに、僕だってあんまり知らないことは多いんだよ? リィナと一緒じゃないか」
「え? 私と一緒…?」
「そうだよ? と言うか『ファルカス』って聞いたこと無い? 自己紹介の時にも言ったと思うんだけど」
そう。シオンは最初の自己紹介のときに、偽名を使わない状態で名乗ってしまっていた。
普通、シオンはこう言う場で名乗りを上げるときは偽名を使う。その方が混乱無く話を進められるからだ。
だが、その時にリィナは何の反応も示さなかったので、内心安堵していたのだ。
しかし、それがリィナの天然によってかわされたと言う事を、シオンは嫌でも知ることになる。
「…ファルカス…んん? …どこかで……ああ。帝国王家の姓名ですね。でも、なんで……ええぇぇーーーー!!! し、シオンさんって王子様なんですか!!?」
再びの絶叫。
だが、今回は息を吸い込む姿が見られたため、二人共耳を塞ぐことができていた。
耳を塞ぎ態々しゃがみ込んでまで、絶叫という名の凶器を回避すると、ユフィーのイライラが爆発した。
「…あんたはぁ! うるさいのよ! 『氷刃練武』!」
「ちょっ、ユフィー!」
比較的軽い魔法をリィナに向かって放つユフィー。
その様を見たシオンは、慌ててその間に入ろうとするが時既に遅し。
飛来する氷の刃は、リィナに確実に届いていた。
フワッ…
「「「な!?」」」
突然吹いたリィナを中心とした小さな竜巻に、氷の刃はすべてすくわれ落下する。
その事に驚きを隠せない二人だったが、その中心となったリィナ自身も驚いていた。
薄緑色に輝く魔法の風は、リィナの周りをくるくると回ると、突然消えてしまう。
その一連の不可解な事に、三人は驚きで声もでなかった。
「……リィナって魔法が使えたの?」
その沈黙を破ったのはシオンだった。
神妙な面持ちでリィナの言葉を待つ。
だが、当の本人であるリィナはかなり困惑していた。
「え? え? え? わ、私が魔法を? い、嫌ですねー、そ、そんな訳ないじゃないですかーあははははは…」
「…壊れたわね」
「…うん、確かに」
壊れたというより、信じられない物を目にしたというような現実逃避の笑い声を上げるリィナ。
だが、いつまでもこうする訳にもいかない。今この瞬間も、時間は刻一刻と進んでいるのだ。
「…ちょっと、いい加減目を覚ましなさい」
ボカッ
「あいたっ」
スターレインを使って、リィナの頭を殴るユフィー。
現実の痛みに引き戻されたリィナは、一度辺りを見渡した後にこう言った。
「…今日もいい天気ですねー」
「…目ぇ覚ませぇ!」
ドガッ
「あいたー!!」
朝露の光る森の中、殴られる音とリィナの叫び声が響いた。
ジンジンジン…
「うー、痛いですよー」
「あんたが悪い」
「…はははは…」
三人は未だ森の中を歩いていた。
その間に何回か魔物に襲われそうになるが、シオンの爪技とユフィーの魔法、リィナの剣技によって切り抜けていた。
そして、今は魔物に襲われていない状況だが、なぜかリィナが額を擦っていた。
その理由は、先ほどの魔物との戦闘でなぜかリィナがズッコケたのだ。
大方地上に飛び出る木の根に捕まったのだろうが、その転び方が悪かった。
転んだだけなら立ち直るのは容易だ。だが、なぜか両足が器用に絡まったことと、その転んだ先にも木の根があったことで、この様なダメージを被っているのである。
「…だってー、あんな所に木の根っこがあるなんて思わなかったんですもん」
「それでもあたしは言ったはずよ? 『気をつけなさい』って」
「うー…。それはそうですけど…」
リィナを苛めるように、ユフィーが言葉を紡いでいく。
その言葉の冷たさに、リィナがどんどんと小さくなっていく中、シオンが仲裁に入る。
「まあまあ、もういいじゃんか。次はそんな失敗しないって」
「…あたしは別にそういう意味で言ってるんじゃないの。怪我でもされたら困るじゃない。この傷薬も何もない状況で」
そっぽを向きながら、素直になれない思いを口にするユフィー。
そんなユフィーに対し、シオンは薄く意味のある笑いを向けると、小さくなってしまったリィナを助けるために手を差し出す。
「ほら。早く立たないと、置いてっちゃうよ?」
「そ、それは嫌ですシオン様!」
「様は無し。言ったと思うけどね」
「で、ですが…」
「旅の仲間なんだから、そんな堅苦しいことは無しだって。それに、年も同じなんだし。仲良くいこうよ」
「シオン様…いえ、シオンさん!」
シオンの言葉に感激したのか、なぜかシオンに抱きつくリィナ。
その突然の出来事にシオンはひどく焦り、ユフィーは目を丸くする。
「シオンさんなら、絶対良い王様になります! 頑張ってください!」
「う、うん。分かった、分かったから離して…」
「はっ! すいませんすいません! いきなりこんな事して…」
「いや、いいんだけどさ……いたたたたっ」
ギュウウ…
「ゆ、ユフィー! 何するのさ!」
「…知らないっ」
頬を膨らませてそっぽを向いてしまうユフィー。
その目尻にはなぜか涙が溜まっていたが、シオンにはそれを追求する事ができなかった。
「(…シオンのバカ…なによ、あたしには何もないのにさ…)」
「そ、それはそれとしてさ。あそこに見える煙。多分村なんだろうけど、あそこで一泊しようか?」
「んー。私は何も分からないのでついていきますよ?」
「あ、あたしもそれで」
「よし。決まりだね。なら、行こう」
シオンの掛け声とともに、三人は再び歩き出した。