巨人の章
ナインヘルツ暦が始まる。
伝説に曰く。
神々無き『世界』では天使と悪魔、巨人と仙人、精霊と妖精、人と獣があった。
神龍は『世界』に残り、引き続き東の果ての地にて黙したままその身を置いた。
だが獄冥戒竜は西の果てにて狂った咆哮を轟かせ、自らが放った炎で大地を焦土と化した。
その体躯はそびえる山の如し。黒曜の鱗は如何なる魔法も刃も弾き返す。
翼が一度羽ばたけば竜巻を起こし、振り下ろされた爪は山を打ち崩す。
この暴虐は巨人達へと及び、三日三晩をかけて双方の争いは続いた。
巨人達は強大な力を秘めた己が一族の秘宝を次々と繰り出して抗うも、
最後の神話たる獄冥戒竜の前には劣勢を余儀なくされた。
海は荒れ、丘は踏み砕かれ、流れ出でた巨人と獄冥戒竜の血は草原を一面の紅へと変えた。
人々はおろか、魔物も妖精も精霊でさえもただ怯え、震えながらその決着を見守っていた。
一人、また一人と巨人達は倒れて動かなくなっていく。
獄冥戒竜もまたその躯に夥しい傷と打撲を負っていく。
三度目の太陽が西の海へ沈もうとした時、高らかに咆哮が轟いた。
『世界』の果てへ届かんとばかりの大音声。
大地の住民はそれが決着の合図と知り、一斉に空を見上げる。
夕暮れに染まるそこには、未だ脈打ち鮮血滴る心臓を口に嘲う竜がいた。
その足元には目を大きく見開き、左肩から胸までを喰い破られた巨人の長が倒れ伏す。
荒い息と共に時折純白の炎を小さく吹き出しながら
獄冥戒竜は最後に口の心臓に牙をかけ、勢い良く食い破り飲み込んだ。
ついに巨人達はたった一人の姫を残して滅び、獄冥戒竜は傷ついた身体で南へと飛び去った。
南の地で獄冥戒竜は己が眷属たる竜を集め、深い眠りにつく。
こうして南の地には竜族が栄え、竜の楽園とまでに呼ばれることになる。