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俺の青春はこいつがいるからいろいろ大変で

 春だ。

 俺が通う県立西高校の正門前には、立ち並ぶ桜並木が己の存在を主張するように花びらを撒き散らしていた。この近辺では一種の名物でもある桜並木ではあるけど、その桜並木の間を往復する工程も今年で二年目になるのでさほど感動を覚えない。去年は同じ中学出身の友達と『こりゃ見事だ』と互いに肩を取り合い新しい門出を祝ったりしたもんだ。

 二年前、中学最後の年は何かと大変だった。去年、晴れて高校生となり、心機一転学生生活を満喫してあろうと意気揚々としていた一年間は可もなく不可もなく、普通で、平凡で、俺の言い方からすると平和な一年間だった。

 でも、その平和な日常が崩れ去る時がとうとうやって来てしまったのだ。

 平和と言えば、友達彼氏彼女なんかとのほほんな日常を送ったり、今の季節ならつまらない授業が春眠を誘って、窓から見える雲や小鳥なんかをぼんやり眺めたりと、ごくごく普遍的な日常だったりするわけだ。中には年中通して躍動感のある学生生活を送ることが青春だと言う友達もいたりするが俺はそうは思わない。それは中学最後の年で思う存分味わったからな。

 俺の名前は来栖真くるすまこと。これまでの流れからわかってくれると思うけど、この春、無事県立西高校の二年に進級を果たした青春真っ盛りのいち高校生。去年の成績は並み。部活にも所属せず、特に目立ったこともなく同級生に紛れて一年間を過ごしてきた。家族構成は両親、妹の核家族である。

 簡単に自己紹介が済んだところで俺の平和が崩れ去る原因を説明しようか。それは、今年この高校にある人物が入学してきてしまったこと。本来ならこんな公立高校に来たりする奴じゃないのに、高校に来てまで俺の平和を脅かすつもりなのだ。

「せーんぱいっ。今日もカッコいいですねっ!」

 噂をすれば、だな。いや、俺がただ現実逃避していただけか。今現在は登校中。今思えばこいつは朝、家を出てから俺の腕をがっしり掴んで隣を歩いていた。俺は見えないふりをしていただけなんだ。そう、朝からこいつにはずっとこういうことを言われ続けていたおぼろげな記憶がある。

 俺の隣で太陽さえも溶かしてしまいそうな笑顔を輝かせるこいつは神宮寺梓じんぐうじあずさ。背丈は小柄で茶髪のツインテールを髪ゴムのあたりから巻くように垂らしている。一般的に言って美少女に分類されるこいつは、スラッとした体形で目も大きく愛らしくて、表情筋を器用に使ってころころと表情を変える怪面百面相だ。これだけならば可愛いのにこいつはとんでもない奴なのだ。中学までは黒髪ロングストレートで可愛いおしとやか系美少女だった梓は、高校に入って大人っぽく見えるようにと髪を染めパーマをかけた。ツインテールが子供っぽく見えるのに。

 いくら校則が緩い学校とはいえ、県立校で茶髪が許されるかと言うと、どうしてこうして、こいつは特別だから許されてしまう。

 なぜならば梓の家は大金持ちなのだ。権力持ちなのだ。そして怖い父親持ちなのだ。政界にもその力は及んでいるらしい。こいつの親が許すように言えばお偉いさん方もへこへこ頭を垂れるしかないのが格差社会の現状だ。ああ憎たらしい。

 きっかけは些細なことだった。金持ちのお嬢さんがどうしてか街中で不良に絡まれているのを助けたのが運のツキ。それ以来、こいつは俺のことを大袈裟に命の恩人として俺の命を危険にさらす行為を幾度となく仕掛けてくる、非常に厄介極まりない人物へと昇華してしまった。いまさらだけど、こいつから目を離してしまった警護人の斎藤さんには腐るほど文句を言ってやりたい。

 つまり、俺は人助けをして胸キュンみたいに古典的な脈絡で梓に惚れられてしまったのである。

 梓はちょっとした有名人らしく、こいつの家のことはすぐにわかった。

 可愛いけれど俺のタイプじゃないために、執拗なアプローチを必死に回避してきた。と言えば格好いいけど、タイプがうんぬんよりも回避しないとならない事態が発生してしまった要因が大きい。

 命に関わるからな。

 俺の命の危険はまぁ、娘を溺愛し過ぎている梓の父親のせい。以前、夜中に梓が俺のベッドに忍び込んでいたのがこいつの父親に知られてしまったのち、俺は強面の方々に神宮寺家へと強制連行され『娘を悲しませることや娘に手を出したりすれば、君のことを新聞にも載らないようにこの世から抹消することも可能なのだよ』とまだ中学生だったそれはそれは鋭い眼光とともに死刑勧告を受けてしまったのである。

 梓の性格は明るく、そして超がつくほどポジティブなので今のところ梓を悲しませるとういう事態には陥っていない。しかしこの先、俺がいつまでも梓のアプローチを拒否し続け、その結果梓が悲しむことになったとすれば、手を出すなと言われている俺にはなす術がなくなってしまい、家族を悲しませる結末を迎えることは目に見えてわかる。

「梓、くっつくなって。ほら、あいつなんてどうだ? 俺なんかよりももっとカッコよくて頭も良さそうでスポーツ万能そうだろ?」

 と通りすがりの優等生っぽい奴を指差して言ってみる。梓が俺に興味を失くしてしまうことが最も安全でかつ合理的な解決方法なのだ。

「真先輩の方が百倍カッコよくて百倍頭が良くて百倍運動神経抜群ですよ!」

 お前は俺の何をどう見たら目を輝かせて自信満々にそんなことが言えるんだ。彼の何もかもを百倍にしたら東大オリンピック選手の誕生だ。実際いるのか? 知らないけど。

 いかんせんこいつが隣にいると目立ち過ぎてしまう。もう一度言うがこの高校は髪染め禁止。たった一人を除いて。

 生徒たちからいかに疑問を投げかけられようと、不満を言われようと、教師たちは黙認するしかないのだ。そんな梓と一緒にいる俺もどんな目で見られているのか、想像すると頭が痛くなってくる。と言っても梓の素性がみんなに知れ渡るのも時間の問題なので一方的に羨ましがられるか可哀想な奴と見られるかどちらかだな。

 俺と梓の二人を無駄に祝福するように咲き乱れている桜並木を抜け昇降口を過ぎるとしばし安息の時が訪れる。梓は一つ下の後輩なので当然教室は別だ。これから放課後まで、今までとは若干違うものの、まだ新しいクラスメイトの顔ぶれを新鮮に思いながら過ごすことができる。

「それじゃ先輩、またあとで」

  ―――と思っていた。


 その日の朝のHR、俺のクラス2-A全員が俺を含めて目を丸くしていた。

「えー……本日からこのクラスに昇級することが決定した神宮寺梓さんだ。一応みんなの後輩にあたるがクラスメイトになる。とても成績優秀なので神宮寺さんに負けないように」

 担任の古典教師、今泉先生は坦々と話していくがクラスのどよめきが収まらないのは言うまでもなかった。

 昇級って何さ、公立でもありえるのか? しかも何故うちのクラスに来る? 使ったな、使ったんだな理不尽極まりない権力を! 大体昇級ってお前、まだ担当教師の自己紹介くらいしか授業受けてねえだろ。

 梓はにこにこと満面の笑みを浮かべて一礼したあと、俺に熱い視線を送っていた。俺は目を逸らす。ああ、今日も小鳥が太陽と戯れているなぁ。

「それで、えーと、神宮寺さんの席は……」

「先生、梓はあそこの席がいいです!」

 言うが早いか、梓は窓際最後尾、山下くんの特等席を指差し今泉先生の言葉を待たずツカツカ歩き出していた。山下くんの席の前は、俺だ。梓はそのまま俺には一瞥もくれず山下くんに言った。

「そこの席、梓に譲ってくれませんか?」

 背中に目がついているわけではないので山下くんがどんな顔をしていたかわからないが、しばしの沈黙が訪れたことで呆気に取られている様がよくわかる。窓際、最後尾の席を新学期早々の席替えで手にした山下くんはかなり喜んでいたからな、ここは拒むはずだ。

「ど、どうぞ」

 っておーいっ! 何故だっ! どうしてだ山下くんっ! 君はあれほど喜んでいたじゃないか! そこの席を譲ってしまえば俺にどれだけ迷惑がかかるのかを君はわかっちゃいないっ!

 怪訝に思い振り返った俺の目に映ったものは、小切手を大事そうに握り締めている山下くんの朗らかな笑みだった。金額のほどはわからないが、あっさり特等席を明け渡したことを考えれば小遣い以上の金額が書かれていたことは間違いなさそうだった。

 あっさりと買収された山下くんはその後、わざわざ空き教室から机と椅子を運んで教卓の真横、みんなの席よりさらに前に陣取った。しかしその顔は満足そうで「そこでいいのか?」と聞いた今泉先生も「はいっ!」という清々しい声に何も言えない様子だった。

 そのまま強引にHRを突き進め、束の間の空き時間が訪れた。

「せーんぱいっ!」

 背中から声がかかる。無視だ無視。俺の安全地帯だったクラスの中にまで現れやがって。学年始まりわずか一週間足らずで校内のどこにも俺の落ちつける場所がなくなっちまった。クラスメイトの奇異の視線もすでに集中している。校内では俺と梓が一緒にいる噂がすでにたっていると言うのに。

「こっち向いてくれないんだったら梓脱いじゃいますよー? クラス中の男子に視姦されちゃいますよー?」

「おまっ、馬鹿っ!」

 勢い良く振り返ると待ってましたと言わんばかりに機嫌良く笑う梓が俺を見下ろしていた。もちろん制服を脱ごうとはしておらず、まんまと振り向いた俺は頭を抱え込んだ。

「…………何だ?」

「梓、まだ二年の教科書持ってないんですね。だから先輩見せて下さい」

「隣の人に見せてもらいなさい。それが普通だろ」

「それじゃ意味がないじゃないですか」

 意味がないとはどういうことだろう。俺にどうしろと言うんだ。後ろを向いて教科書を見せながら授業を受けろと? 冗談じゃない。後ろを振り向く度に目が合ってしまう梓の隣の坂本さんのジト目に耐えられそうにない。

「梓は一日中先輩を眺められるこの席に決めたんですよ? それなら先輩も後ろを向いててくれなくちゃ」

 梓は憮然として言った。

 みんなは己の運を頼りに席を決めるのであって、お前のように自由な席に座れるもんじゃないからな。

「眺めるなら背中を眺めててくれ」

 俺はそう言って前を向き授業の準備に取り掛かると、梓は後ろで「うう~……」と唸る。しかし突然「そうだっ!」と声を上げて全速力で教室を飛び出して行った。何をしに行ったかは知らないがもう授業始まるんだけどな。まぁ、あいつなら多少遅れたところで叱れる教師なんていないんだろうけど。

 俺は苦笑しつつ、梓が出て行った教室の出入口を眺めていた。

 そして―――

 俺の机の前には背丈1mほどのスタンドミラーが置かれた。

 いい具合に角度を調整して、俺が黒板を見れば嫌でも後ろの梓が視界に入り込んでしまうように。

 授業の前、一時限目の数学教師が訝しげな目を鏡に向けたが、後ろの梓を見ると納得したように何度か頷いて普通に授業を開始した。何に納得したってんだ。

 授業中は梓が鏡を通して俺に手を振ったり投げキッスをしたり、やたらと動きまくる梓のことを鏡に映る坂本さんも迷惑そうに見ていた。気持ちはわかるけど俺にどうにかしろと目をやるのはやめて欲しい。

 鏡を見て梓と目が合う度に口パクで何かを言ってくる。口元に手を当てて『ア・イ・シ・テ・ル』ちゅっ、と大袈裟に口を開けてそんなことを言っている、ように見える。目が合う度に念仏のように呟かれると催眠でもかけられているようだ。あとは背中に『スキ』と指でなぞったり、首筋に息を吹きかけられたりと、授業中にたっぷりと羞恥プレイを味わうことになった。

 一時限目が終わり、嘆息混じりに振り返る。

「梓、聞いてくれ。鏡を置いたとこまではまぁよしとしようじゃないか」

 お前が前の席でずっと後ろを向いているよりかマシだからな。

「しかしな、俺もいち高校生である身だから勉強しないとならないんだ。まだ学年が始まったばかりでそんなに内容が進んでいないとはいえ、いきなり序盤でみんなと差がついてしまったら追いつくのが大変だろ? 鏡でお前とアイコンタクトしよう。お前の気持ちを感じ取ってみせよう。だけど悪戯はやめてくれ。とてもじゃないがまともに授業を受けられない」

 まさかこれほどとは思っていなかった。中学の時は学校に梓がいなかったから授業中にまで被害が及ぶことはなかったし(それでも学校に現れたりはした)、去年は学校にいる間は全く被害がなかったから安心しきっていた。

 梓は少しの間「う~ん」と頭を悩ませて、

「わかりました。でもちゃんと梓の目を見て目で会話して下さいね」

「わかったわかった。わかったから手は出すなよ? 息も吹きかけるな」

 梓はにっこり笑って肯定の意を示した。

 そして次の世界史の授業中、梓は怪面百面相の名の通り、表情をころころと変えて目で何かを訴えていた。その中に驚きと喜びの色が多かった気がするけど俺は何も気に留めることはなかった。当然、梓が何を伝えようとしているのかわかるはずもなく、適当に目で相槌を打ちながら特に興味もない世界の歴史とやらを脳に記録させる行為に勤しむ俺であった。

 そして謎は解けた。俺が馬鹿なのか梓がずる賢いのか。

「じゃあ先輩行きましょう」

「は?」

 世界史の授業が終わると開口一番、梓がそんなことを言いながら鞄を片手に俺の腕を掴んだ。

「さっき言ったじゃないですかぁ」

「言ったって、何を?」

「この授業が終わったら一緒に抜け出しましょうって。梓驚いちゃった。まさか先輩が快く梓の申し出を受け入れてくれるなんて思ってもみませんでしたから」

「は? 俺がいつそんなことを了解…………この授業?」

その時、梓の口がいやらしく吊りあがるのを俺は見逃さなかった。『ちゃんと梓の目を見て目で会話して下さいね』……にゃろう。やたら驚いたり喜んでいたのはこういうことか。したり顔をやめろ。

「約束守って下さいねっ、先輩」

「そんな一方的な会話で約束は成立しないんです」

「梓の気持ちを感じ取ってくれるって言ったじゃないですか。あれは嘘だったんですか? 先輩は平気で嘘を吐くような極悪非道の詐欺師さんだったんですか?」

 あー……うぜぇ。

「そうだよ。俺は詐欺師だからこんな俺はお前とは釣り合わないよな。だから早々に他の良い奴を見つけた方がお父さんも喜ぶぞ?」

「いいえ。梓は先輩一筋です。先輩が嘘つきと言うのならば、未来の婿養子のためにもパパにしつけを頼むしかありませんね」

「じょーだんだーよー。どこに行くんだ? 少し早目の昼食にでもするか?」

 婿養子とかなんとか言っていたけどそんなことはどうでもいい。あの父親だけはダメだ。何があろうともあの人の前に立つわけにはいかない。それだけで俺の寿命が一年は縮む。

 梓はツインテールの片方を指でくるくるまきまきどこに行こうか頭を悩ませているようだった。そのまま授業が始まってくれることを祈ったが、それを悟ったのか「歩きながら考えます」と俺の腕を強引に掴んで教室を飛び出した。

 後日談ではあるが、強引に連れ出したのが梓というみんなの証言から俺へのおとがめはなしだった。俺はまだクラスメイトからは梓に振り回される可哀想な奴という位置で踏みとどまっているらしかった。これが梓の仲間になったところで俺の青春は終わりを迎えることになるだろう。

 かくして、梓が教室にやってきた初日から強制早退させられてしまった。先が本当に思いやられる日常がここに幕開けになってしまったのである。

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