一章 ACT-4 特科隊入隊
「にしても、やっぱフレーナは凄いよ~! 可愛いし~!」
フレーナも恥ずかしそうに笑う。照れているからだ。
四時限目が終わり、フレーナとテテュス、ヴェスタの三人はカフェで昼食を摂っている。
このカフェは学院内でも超が付くほどの人気があり、昼時には何時も満杯だった。今日は授業が早めに終ったお陰もあり、何とか三人は席を取ることが出来ていたのだった。
「そうでもありません。ヴェスタさんだって水霊竜を出していたじゃないですか」
ヴェスタはサンドウィッチを一口齧り、首を横に振った。
「フレーナ、貴方には敵わないわ。貴方は詠唱の時に魔力を放出していないでしょう? そんな芸当は余程のプロじゃない限り、出来ないわよ」
「あれは意識を杖の先に集中させただけです。精神力を小出しにして、大気中の魔力と精神波を同調させただけですから」
テテュスはコーヒーを一気に飲み干して、勢い良くテーブルに置いた。
「それが凄いって言ってるのよ。あ~あ、どうしたら魔法が上手く使えるんだろう……」
「魔法だけが全てじゃありません。大事なのは心ですよ」
フレーナがそう言うと、テテュスが楽しそうに笑い始めた。普段はあまり笑わないヴェスタも薄い笑みを浮かべている。
「フレ~ナ、本当に貴方に言われると元気が出るわ。何か特別な魔法でも使ってる?」
「私も貴方に何度も励まされてきた。感謝している」
フレーナの言葉には人を励ます何かがあった。
普通の人だったら、嫌味に感じてしまう言葉もフレーナが言うと忽ち、励ましの言葉に変わってしまう。本当に不思議な魔法だった。
「いいわ。私も頑張ろう。ね、だから魔法を教えてよ」
「もちろんですよ。一緒に頑張りましょう」
三人は穏やかな空気に包まれ、会話を続けていた。
他愛もない会話が楽しく感じられる。まさに日常、そのものだった。
「お三方? お楽しみの時間に申し訳ありませんが……」
三人は会話を止め、その声の方を見た。突然の闖入者の存在を確かめるために。
その視線の先には一人の男性がいた。落ち着いた雰囲気を醸し出している。その落ち着いた表情とは裏腹に、顔は無邪気な笑みに満ちていた。
「お邪魔でしたか?」
再びの男の質問にフレーナが応じた。
「いえ、大丈夫です。それで、どちら様?」
可愛らしい声に男が頬を紅潮させた。
フレーナの笑みを見て、照れない者はいないだろう。テテュスがその青年を怪訝そうに見つめた。
「もしかして、フレーナのファン希望の方? 悪いけどそういったものはお断りよ。この私、親友兼マネージャーのテテュス様が許さないわよ」
「いえ、違います。我々はお三方に御用があるのです。是非ともお時間をお借りしたいのですが……」
フレーナは笑顔を崩さずに頷いた。三人もそれを習う。
「構いません」
「そうですか。ではこちらへ、学院長室へとご案内します」
三人が連れて行かれたのは普段は絶対に入ることの無い学院長室だった。
別に三人は問題を起こしていない。だとしたら呼ばれる理由は何だろう?
「で、貴方の名前を聞いてなかったわね。伺っても宜しい?」
テテュスが黙って歩いていく青年に声を掛けた。青年も笑顔で振り向く。
「私は王宮直属の者です。名をベルドラン・オルオールと申します」
「えーーーーーっ!! 王宮直属!? 何それ!?」
「テテュス、落ち着いて」
フレーナが興奮するテテュスを宥めた。ヴェスタは探るような視線でベルドランを見ている。
テテュスは夢でも見るような蕩けた目で宙を見つめた。
「あぁ、遂に私にも妃候補として、王宮に参る時が来たのね……」
何だかよく分からないことを呟いているが、ベルドランという青年の顔を見る限り、そういったことでは無さそうだ。
「王宮というと……もしかして私の父からですか?」
「惜しいところを突いていますが、少し違いますね。詳しくは閣下から」
ベルドランは学院長室の扉をノックした。大きな木製の扉は音を立てて自動で開いた。
「入れ。戸締りを忘れるな」
「はい、閣下」
三人は学院長室の椅子に座っている人物を見つめた。ヴェスタとテテュスには誰か見当もつかなかった。しかしフレーナは、はっと息を呑んだ。
「ベルジュロン侯爵様ですか?」
「私を覚えて下さっていましたか。フレーナ王女殿下」
テテュスが思い出したように呟いた。
「そう言えば、フレーナは王女様だったわね。お知り合い?」
「ええ、昔はお世話になっていました」
ベルジュロン侯爵は謙遜して、フレーナに深く頭を下げた。
「いえいえ、お嬢様。むしろ私の方が貴方から学ぶことは多かったのです。お世話になったのは私の方ですよ」
ベルドランはベルジュロン侯爵の背後に立ち、耳元で囁いた。
「閣下、昔話も結構ですが、今は本題を」
ベルジュロン侯爵は本来の目的を思い出し、真顔になった。つられて三人も真顔になる。
ベルジュロン侯爵はゆっくりとその口を開いた。
「今日、君たちを呼んだ理由は一つ。帝国についてだ」
三人の顔が曇った。
帝国絡みのことと言えば、戦争か営利目的の汚い交渉の話ばかりである。どちらにせよ、こちらにプラスになる事は無いだろう。
ベルジュロン侯爵はある話を始めた。
「先日のことだ。エンデュミオンとの国境付近の町、タレイアで帝国軍と王国警備隊の間で小競り合いが起こったそうだ。現在は鎮圧しているが、何時また衝突が起こるか分からない。それで君達に相談があるのだが」
ベルジュロン侯爵は一枚の書類を三人に渡した。
「君達は魔法技術が大変優れている。よってお三方には特科隊に入隊し、訓練を受けてもらいたい。詳しくはその書類に書いてある。返事は……今ここでお願いしたい」
ベルジュロン侯爵の顔には焦りが浮かんでいた。
ヴェスタは一歩前に出て、敬礼の姿勢をとった。
「このヴェスタ・ヴェルドル、王国にこの一命を捧げます。特科隊に入隊致します」
「わ、私も……やります!」
テテュスもヴェスタの勢いに押されて、承諾した。しかしフレーナは動かなかった。
「私は……戦争には反対です。魔法も素晴らしいですが、科学だってとても素晴らしいと思います。この二つがもし交われば大きなものが生まれるのではないかと私は思います」
「違う。魔法は神々が我等に授けてくださった神聖な力だ。奴等が自然界の理を曲げて生み出した異端の力と一緒にするでない」
フレーナはそれでも頷かなかった。そこでベルジュロン侯爵は思い出したように一つの提案をした。
「そうだ。君のお兄さん。ルシフェルの手がかりもつかめるかも知れない。帝国と交わる機会が増えれば、情報も自然に入ってくるはずだ。これは君だけのことじゃない。ルシフェルを探したいだろう?」
「はい……」
「それに特科隊は戦争のための部隊じゃない。平和維持のための警備部隊だ。君たちを戦場に送りこむつもりは毛頭ない」
フレーナは頭を抱えた。
確かに兄、ルシフェルの手がかりは欲しい。何としてでも探し出したい。
しかし特科隊についてはまだ謎も多い。何れにせよ、まずは情報が欲しい。
「……分かりました。入隊します」
ベルジュロン侯爵は顔を綻ばせた。
「お嬢様は必ず分かってくださると思っておりました。では、早速ご案内いたしましょう。王宮へ、これから共に過ごす仲間の下へ」
運命の歯車は回りだした。何が起こるか分からない未来に向けて。
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