一章 ACT-3 戦妃達の招集
「フレ~ナ! 寝ちゃダメよ」
テテュスの優しい声でフレーナは我に返った。
「ふえっ! わ、私眠ってましたか?」
「目が死んでた。可愛い顔が台無しよ」
フレーナは顔を赤らめつつも、前方の黒板に目をやった。
今は四時限目で、授業は魔法学だ。
魔法学とは、魔法の原理を理解し、実戦での呪文の成功率を上げるために授業だ。講師の魔法使いが一人一人に召喚魔法の基礎を説いている。
「召喚魔法ってさ、難しいよね?」
「そうですか?」
テテュスの問いにフレーナは首を傾げて答えた。
フレーナは召喚魔法も得意だった。
上級の召喚獣である炎魔獣まで召喚出来るのだから、それは凄いものだ。テテュスは下級の治癒獣が限界であり、それ以上の召喚獣は不可能だ。
「いいな~、フレーナは才能に満ち溢れてて……僻んじゃうかも」
「テテュスさんだって頑張れば上手く出来ますよ。だから一緒に頑張りましょう」
「……なんかフレーナに励まされるとやる気が出るのよね。可愛いから?」
フレーナが愉快に笑った。テテュスも笑う。
「ちょっと! 静かにして!」
前の席から青髪の少女が二人を注意した。
流れるような青いロングヘアーは見る者を魅了するだろう。それに比例するように顔も綺麗だ。愛くるしさで言えばフレーナには敵わないが、それでも十分な美少女だった。
「ヴェスタ、貴方も可愛いと思うわよね」
テテュスがヴェスタに問い掛けた。
ヴェスタもそれは否定出来ずに、頷いた。それと同時に講師の魔法使いがこちらを怪訝そうに見て叫んだ。
「そこ! 静かにして下さい!」
注意を受けた三人はすぐさま立ち上がり、頭を下げた。
「すみません! 気をつけます!」
講師は三人の顔ぶれを見て、教壇へと手招きした。
何だろう、と三人は思ったが、とにかく教壇に向かう。三人が授業を受けている教室は一般的なスタイルでは無く、大学の講義室のような構造の教室だったため、教壇に上ると三方から視線を浴びることになる。
呼び寄せた講師は他の生徒に向かって、叫んだ。
「皆さん! 今からこの三人に召喚魔法を実践して貰います。では初めにテテュスさんにやって貰いましょうかね?」
テテュスは完全に硬直している。フレーナも一歩前に歩み出たテテュスの背中に心の中で声援を送った。
テテュスは教壇の前の方に立ち、深々とお辞儀した。そして杖を構える。
テテュスの口から流れるような詠唱が発せられた。大抵の呪文は美しい音色で、知らない者にとっては歌か、何かの様に聞こえるかもしれない。
テテュスは詠唱を止め、杖を前方の空間に振り下ろした。
小型の魔方陣が前方に現れ、光り輝く。その中心から白い毛並みの猫のような生き物が現れた。
治癒獣だ。
「やった! 成功!」
テテュスが飛び上がって喜んだ。
召喚魔法は精神力を多く消費する。
大きな理由は召喚し、実体として現実世界に留まっている間は常に精神力を要することだ。その為、精神力が少ない人間は召喚魔法を扱うことが出来ない。
この学校でも完全に使いこなせる者は数えるほどしかいない。
フレーナとヴェスタはこの数えるほどに入っている。
「では次、ヴェスタさんにやって貰いましょう」
「はい。お任せください」
ヴェスタはテテュスと同じように杖を構え、詠唱を始めた。長い青髪が宙を漂い、魔力のオーラが周辺を支配する。ヴェスタはフレーナと並ぶほど魔法が使いこなせるため、詠唱を行うと溢れ出した魔力がオーラとなってヴェスタの周辺に広がる。
もちろんフレーナは才能の問題か、詠唱を行う時に魔力を放出しない。必要な分の魔力を杖に集中させ、無駄な精神力の消費を抑えているのだった。
ヴェスタは冷えた空気の中、鋭い視線で前方の空間を睨んだ。そして杖を振る。
前方に再び魔方陣が出現し、水で構成された竜が姿を現した。
「水霊竜ですね。素晴らしいです」
講師の賞賛の声を受け、生徒一同が拍手を送った。
ヴェスタは召喚獣を戻し、一歩下がった。次はいよいよフレーナの出番だ。
フレーナは先ほどのテテュスとヴェスタと同じ位置に立ち、杖を構えて詠唱した。フレーナの詠唱は前の二人とは少し違った。
先ほどの二人の詠唱が流れるようなものだったのに対し、フレーナの詠唱は力強く、魔力が漲っていた。
フレーナは詠唱を行いながら、召喚する召喚獣を考えた。治癒獣、風翔竜?どれを召喚してもいいが、力を抑えなくてはいけないので、あまり上級の召喚獣は召喚出来ない。
フレーナは召喚獣を定め、杖を振り下ろした。
現れたのは風翔竜だった。それも力を抑えたため、かなりの小型でとても可愛らしい風翔竜だった。
「流石はフレーナ! 可愛いよ!」
テテュスが後ろから叫ぶと、他の生徒もそれに乗じて、フレーナを褒め称えた。
フレーナは照れくさそうに微笑み、教室中に広がる暖かい雰囲気に応えた。
「中々ではないですか。閣下」
そんな教室を、別室の水晶から除く二人の男がいた。
一人はまだ二十歳程の青年で、無邪気で愛らしい表情を浮かべている。その笑顔の対象は隣の無愛想な初老の男性であった。無精髭を蓄えたその人物は水晶の向こうの三人を見据えた。
「お前の言うとおり、ここに来たのは正解だったようだ。いい人材が幾らでも眠って居るわい」
「でしょでしょ! だから言ったじゃないですか!」
青年の方がもう一人の男性の肩を掴み、激しく揺さぶった。初老の男性は落ち着いた様子で青年を軽く無視し、部屋から立ち去ろうとした。
その後を青年が追う。
「しかし本来、学ぶべき子供を戦場に駆り出すという王宮の決定には納得がいかんな。彼女たちは本来、この国の未来を担うべき存在。それを見す見す殺してしまうとは……」
「これも王宮の勅命ですから。長いものには巻かれろ、閣下の昔の口癖ではないですか」
「そうであったな。私も年をとってしまったようだ」
青年は落ち込む男性の肩に手を置き、励ました。
「これも時代です。さあ、早く彼女達を”特科隊”にご招待しましょう。未来を切り開く戦妃達を……」
青年は又もや無邪気な笑みを見せた。
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