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~Cross×Chronicle~ 断罪のルシフェル  作者: ゼロ&インフィニティ
第二章 オルフェウス戦役
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番外編 ACT-13.5 眠れない夜の苦悩



 家族団欒。


 この言葉は即ち、家族と呼べる小社会が円満な生活をすることを指している。もちろん家族という小社会は血のつながりだけではなく、信頼し合うものが集まった場合でも当てはまる。そういう意味で考えれば、ルシフェルという青年に仕える者達も、人括りに家族と称してもなんら問題はない。



 しかし今日という日の食卓はどう捉えても、円満でも団欒でもなかった。例えるならば、氷柱つららの食卓である。


 

 何故、ここで”氷柱つらら”という言葉を用いるのか、それは冷たく、鋭いからである。






 現在、長方形の中型サイズのテーブルに並んだ料理を黙々と食している七人は表情一つ動かさない、いや動かせない状況下に追い込まれていた。


 上座に座るのは主人ルシフェル。そしてその左隣には妃候補レイラ。そして右隣にローザ。レイラの隣にはグレゴール。更にその隣にはカミラ。ローザの隣にはエルヴィン、ユフィといった順序で並んでいた。


 しかしこれ程の人数が集まっているにも関わらず、誰一人として口を開かない。理由は明確、レイラの一件で、ローザはまあ、ともかくとし、ユフィが完全に機嫌を損ねているからである。平民のユフィが、公爵家の娘のレイラがルシフェルという皇子の妃になることに嫉妬するというのも可笑しな話だが、何よりもこれでは晩餐会の意味をなしていない。ガイザレス将軍は不参加だが、一応親睦を深めるということで晩餐会を開いたのだが、この沈黙では晩餐会というより、なんらかの罰と表現したほうが早い。



 カミラが腕によりをかけて作ったシチューを勢いよく飲み干したルシフェルは食器を重ねて、静かに手を合わせる。



「ご馳走様でした」



 そう言って、食器を片付けるために席を立った。


 食事終了の挨拶がこの晩餐会での最初の言葉だったわけだ。もちろん主人であるルシフェルが食器を片付けようとしているのを見て、黙っているカミラではなかった。



「あ、私がお下げしますので、ご主人様はどうか座ったままで」



 しかしそこは女心のわかる(しかし女の扱いは苦手である)ルシフェル。優しくカミラを左手で制した。



「いいんだ。お前が頑張って作ってくれた夕飯だ。片付けは俺がやるから、休んでいろ」



「で、でも……!」



「カミラ、俺も手伝いがしたいんだよ。何時も、お前に任せっぱなしじゃあ、主人としての示しもつかない」



「……じゃあ、そのお言葉に甘えます」



 うん、と頷いたルシフェルは空いた食器を次々と片付けていく。手際よく食器を片付けていく様は、何処ぞの主婦にも見えなくはない。そう考えれば、ルシフェルには女装も似合うのかもしれなかった。





 粗方、食器を台所へと運んでしまったルシフェルは何か思い出したのか、食堂へと戻ってきた。その視線の先にはレイラがいる。


 現在、食堂にはレイラとエルヴィンとユフィしかいない。他の三人は各々の仕事に戻っていたのだった。


 ルシフェルはテーブルを黙々と拭くエルヴィンを横目に、レイラに歩み寄った。不機嫌そうにゆっくりとシチューを啜るユフィには目もくれない。


 レイラは先ほどから仮面を取ったルシフェルに若干の動揺を示しているが、今ではもう落ち着いている。


 ルシフェルはレイラに微笑みかけた。



「レイラ、さっきの話だが俺が全部、手取り足取り教えてやる。だから、後で俺の部屋に来い」



「あ、ありがとうございます。では、後でお伺い致しますね」



 このやり取りにエルヴィンは何も関心を示さない。ただ、ユフィだけは邪悪な視線を投げかけていた。



 

 さっきの話とは何だ? 夜に自室で手取り足取り教える? 貴様、一体何を企んでいる?


 ユフィの目はそう語っている。しかし当のルシフェルは気付きもしないのだった。



 エルヴィンが厨房に向かい、ルシフェルは二階の自分の部屋に向かってしまった。レイラはそそくさと食器を下げて、食堂を後にする。もちろん向かう先は二階だった。



 




 一人残されたユフィは考える。ルシフェルの企みを。


 皇子が妃候補を部屋に連れ込む理由などたかが知れている。しかもユフィが見たところ、あの少女おんな、ルシフェルの好みにヒットしているのだ。


 基本、ルシフェルは年下が好み(あくまでユフィの推測)だ。理由など明確、ルシフェルは重度のシスコンである。しかも保護欲をそそられる相手に惹かれて、優しく甘やかしてしまう。これもまたユフィの推測だが、奴は”胸は豊かなだけではいけない”といったことを思っているだろう。


 それを把握した上で、あのレイラという少女。


 幼顔で、背は低め。おまけに胸は慎ましやか、清楚でまさに純潔といった言葉を体現しているではないか。



 これは宜しくない。



 あの少女おんなの前ではルシフェルの中にある頼りない理性など、数秒で吹き飛ぶ。



 これは救わねば。ルシフェルではなく、あの少女を。



 そう固く決意したユフィは、善からぬ企みをするのであった。










 二階のルシフェルの私室は他の部屋よりも内装が小綺麗である。しかし、部屋の内部は惨状を喫していた。朝にユフィらが脱ぎ捨てたと思われる洋服が散乱し、ベッドに整えてあるはずの毛布はぐちゃぐちゃになっている。


 それに溜息を吐くのもルシフェルの役目である。


 仕方なしに片付けるのもルシフェルの役目。


 只、今日はレイラが手伝ってくれるだけ、楽になるだろう。



「すまないな。片付けを手伝わせて」



「大丈夫です。私だって、これくらいなら出来ますから」



 そう言い、健気に散乱する衣服を拾い集めてタンスにしまうレイラは可愛かった。


 ルシフェルは一通り、整理の済んだベッドに腰掛けて、レイラを見つめた。



「後は俺がやっておくよ。それよりも今日は長旅で汗もかいているだろう? 始める前にシャワーでも浴びてきたらどうだ?」



「え、でも……」



「遠慮するな。ここは今は俺の家同然。旦那の家で緊張することも無いだろう」



 ルシフェルは労いの意を込めたつもりだったのだが、どうもレイラは逆に恐縮してしまったらしく、頬を紅潮させつつ、部屋の入り口の直ぐ傍にあるシャワールームへと駆け込んでいってしまった。



「バスタオルと着替えは俺が持っていくからな! お前がわざわざ持ってきた服を汚すこともないだろう。代えの洋服くらい、吐き捨てるほどあるんだからな」



 ルシフェルはレイラが駆け込んでいったドアに向けて、叫んだ。


 数秒遅れて、もう一度こちらに出て来たレイラは先ほどと同じように頬を紅潮させながら、ルシフェルに小声で呟き始めた。



「あの、本当に宜しいんですか? 私のために大切な睡眠時間を割いてしまっては、明日からの作戦行動に支障が出るんじゃ……?」



 ん、とルシフェルはレイラの顔を真剣に見つめた。そしてまたもや笑顔を見せる。



「大丈夫だ。多少、睡眠時間を削っても、作戦に支障は無いさ。お前は心配しなくていいよ。さあ、早くシャワーを浴びて来るんだ。待ってるからな」



「は、はい」



 レイラは緊張した面持ちで、再び扉の向こうへと消えていく。


 ルシフェルはベッドの上に寝転び、その日一日の疲れを深呼吸で吐き出した。



 ユフィには悪い事をしたかもしれないな。明日、機嫌を取っておくか。



 ルシフェルはそう心の中で呟き、レイラがシャワーを終えるのを待つのだった。










「――――という訳だ。協力してくれるな? ローザ」



「ええ、状況は理解出来たような、出来ていないような……」



 ユフィは今、一階の食堂にローザを呼び出し、何時に無く真剣な眼差しを向けていた。


 ユフィがローザに話したのはもちろんルシフェルの事。ルシフェルとレイラの関係についてである。ユフィは自分でもルシフェルに文句をつける資格はない、と思っているのだがやはり、黙って居られないのだった。



「でも、ルシフェル様が誰と契りを結ばれようが、それは私たちには干渉出来ませんわ。立場上」



 正論である。


 一応、ルシフェルは皇子様。そんなお高い人物が誰かと関係を持つのは、そう珍しいことではない。もちろん、それには複数の女性とも、という意味も含まれている。皇族という以上、何人でも妻は娶れるのだった。


 だがやはりしかし…………。



「いいか、ローザ。よく考えてみろ。もし、あいつがレイラを気に入って、正妃にしてしまったらどうする? 私たちは側室ということになってしまうぞ」



「でもルシフェル様はまだ、皇帝ではありませんよ。何れはなるつもりなのかも知れませんが……」



「甘いな。奴はああ見えても体力馬鹿の色男だ。その気になれば一晩で…………」



「それは悔しいですわね。でも、だからといってその現場を押さえに行くというのはちょっと……」



 ローザは通常な思考がまだ働いていた。


 しかしユフィは疑り深い人物。絶対にここで引き下がるつもりはない。



「ローザ、分からないか? このままではあのレイラというか弱い少女がルシフェルの餌にされてしまう。あいつは只の変態だからな」



「そんな言い草は――――でも、確かにルシフェル様の一番は私たちがいいですわね」



「だろう? だから、これからルシフェルの部屋の前に張り込んで、監視する。それで奴が行動に出たら、現場を押さえるぞ」



 しかしローザはまだ首を横には振らない。


 やはり一番の問題は主人の個人的な時間を邪魔していいのか? というところだった。



「でもルシフェル様に失礼じゃありませんか?」



「――――なあ、ローザ。私たちは家族だろう?」



 ユフィは飛び切りの優しい笑顔をここぞと見せてくる。ローザは溜息を吐くしかない。



「その言葉、今聞きたくはありませんでしたわ」



「まあいい。で、協力してくれるな?」



「あまり納得はしていません。でも、仕方ありませんわね」



「おお、よく分かってくれた!! じゃあ、早速作戦行動を開始するぞ!」



 ユフィは勢いよく席を立ち、ローザを引きずって二階へと向かっていった。


 ローザの脳内では、これから始まるであろう修羅場を切り抜けるための策を考えるので精一杯であった。









 



 二人は無事、二階のルシフェルの私室の前まで到着していた。


 さあ、ここからが本当の正念場である。気付かれずに、ここから室内の音声を聞き取り、現場を押さえる。幸いにも、鍵は掛かっていない。そしてドアの下には小さな隙間がある。ここからなら十分、音声も聞き取れた。


 全ての条件はクリアされている。


 後はルシフェルとレイラが動くまで、待つのみだ。



「それにしても、本当にルシフェル様はあのレイラという女の子を気に入ったのですか?」



「それは分からない。ただ、あいつは……! しっ! 静かにしろ、奴が動いたぞ」



 二人は聞き耳を立てる。


 室内のシャワーの音が止んで、バスタオルで身体を拭く音が聞こえ始めた。これはそろそろ開始の合図である。



「……緊張しますわ。いよいよなのですね」



「ああ、ルシフェルの醜態、いや痴態が拝めるぞ」



 二人は頷き、再び聞き耳を立てる。


 次に聞こえてきたのは、シャワールームから人が出てくる音。恐らく、レイラだ。そしてそれを見計らったかのように、ルシフェルの声が聞こえた。



「ああ、レイラ。出たのか。服を着たら、こっちに来てくれ。早速だが、始めようと思う」



「分かりました」



 そのやり取りを聞いているユフィたちは気が気ではない。


 これから始まろうとしていることを想像すれば、それは不自然なことではなく、至極自然なことだ。



「遂に始まるぞ。しかし、衣服を着せるというのはナンセンスだな。まあ、奴はそういうのが好みなのかも知れない」



「ええ。でも今、押し入れば、興を削がれて止めるかもしれませんわよ」



 ユフィはローザの楽天的な考えに呆れたように溜息を吐いた。そして子供に言い聞かせるように、ルシフェルの本質を説き始める。



「いいか。ルシフェルのパトスは一度走り出したら、止まらない。そう例えるなら、暴走列車だ。いや、暴れ馬でもいいか。とにかく、止めさせるには行動を起こしてからでないと、意味が無い」



 ローザを説き伏せると、今度は室内から二人のやり取りが聞こえてくる。


 二人は聞き耳を立てる。



「じゃあ、レイラ、始めようか。まず、俺の言うとおりにするんだ」



「は、はいっ! でも、少し難しそうですね」



「大丈夫、俺が教えるから」



 ローザは扉に手を掛けた。しかしそれをユフィが止める。



「今、入らないと手遅れになりますわよ」



「待て、待つんだ。奴はまだ行動を起こしてない」



 でも、と尻ごむローザを真剣な眼差しで引き止める。仕方なしにローザは扉に掛けた手を離した。



 そんなやり取りをしている間に、扉の向こうでも事は進んでいる。ルシフェルの何時に無く優しい声が嫌でも響いてくる。



「そうだよ。上手いじゃないか。もう少しでそこはいい」



「あ、でも……」



「じゃあ、次はだな……」



「や、ああ……ちょっと待ってください!」



「どうした? 少し触れただけじゃないか。お前は俺の家族同然なんだから、恥ずかしがることはない」



 そのやり取りに二人の腕は痙攣している。血管が浮き出ている額は、汗が噴き出し、拳をこれでもかと言うほど、固く握り締めている。



「ねえ、そろそろ突撃の時間じゃ……」



「まだだ。ここまで来てしまったら、もう少し見届けたい」



 若干、作戦の趣旨が変わってきている気もするが、そこは敢えて突っ込まない。


 それにしても、とユフィはルシフェルを批評する。



「あいつは随分とじれったい奴だな。きっと性格が表されてるんだろう」



「ルシフェル様ってそういう性格でしたっけ? どちらかというとストレートな気が……」



 室内での物音が少し大きくなった。そう、布が擦れるような音が。



「よし……、もう少しで……」



「は、はい」



 しかしここでユフィの感情、否、理性は臨界点を突破した。


 反射的にドアノブを引っ掴み、勢いよく開け放つ。そして、殺気という名のオーラを全身全霊の力を込めて発しつつ、室内に乱入した。


 そのとき、ユフィの脳内には幾つもの室内のシーンが流れていた。そして全てのシーンを想定して、台詞も考えてあるのだ。作戦に抜かりは無い、完璧……のはずだった。


 しかし室内の光景はユフィの想定したどれでもなかった。


 痴態を見せるルシフェルでもなければ、ルシフェルの餌にされているレイラでもない。




「な、何してるんだ?」



 室内は綺麗に片付けられていて、二人はベッドに腰掛けていた。そして並んで座る二人の前には小型の丸テーブル。テーブルの上には裁縫道具と編み棒、毛糸。そしてレイラは編み棒で何かを織っていた。ルシフェルはそれを丁寧に手取り足取り教えている。


 これらの状況を整理すれば、室内で行われていた事を予測するのは容易なこと。


 

 ”真実”とは多面的なもので、常に一つではない。しかし、”事実”は常に一つである。



 

 ルシフェルはいきなりの闖入者を、害虫でも見るかのような視線で見据える。



「何って、レイラに編み物を教えているんじゃないか。見て分からないか?」



「え? しかし……いや、それは……」



 ユフィはしどろもどろである。


 しかしそこは洞察力の高いルシフェル。後から入って来たローザに気付き、全てを理解する。



「盗み聞きとは、趣味が悪いな。ユフィ」



「ぐ」



 苦悶の音を口から漏らす。



「お前は前々から強引でしつこくて自分勝手な女だとは思っていたが、今回ばかりは流石に呆れた」



「がふ」



「どうせ俺がレイラに手を出そうとしている、なんて考えていたんだろう?」



「げふ」



 ルシフェルは大きく、そしてわざとらしく溜息を吐いて見せた。



「全く、お前という契約主を見損ない直したよ」



「がはっ」



「と、いう訳だ。これ以上の議論は無用だ。部屋から立ち去れ」



 ルシフェルは手で払うようにして、ユフィを部屋から追い出そうとする。しかしユフィはぐふふ、と気味の悪い声を上げ始めた。



「お、おおお」



「お?」



「お前が紛らわしいことを言うからだー!! このヘタレ色男が!!」



「何だと!? 貴様が勝手な解釈をするからだろう!! この色欲悪魔が!!」



「黙れ、馬鹿!」



「失せろ悪魔が!」



 二人の他愛の無い痴話喧嘩が始まった。ローザはその隙に、ルシフェルのベッドを制圧する。レイラはルシフェルに教えて貰った編み物を早速、実戦した。それぞれがルシフェルの部屋を根城に、作戦行動を開始。




 もちろん、一睡も出来なかったルシフェルであった。








 翌日。三回落馬し、六回居眠りしたルシフェルにガイザレス将軍は尋ねた。


 昨日はどうしたのかね? と。


 ルシフェルは疲れきった顔でぼそぼそと呟いた。




「昨日は眠れなかったんだ」



 その言葉に、大人の想像を働かせたガイザレス将軍はにやりと笑った。



「私のレイラは中々のものだろう?」



 ルシフェルはもう疲労困憊で、否定する元気も無かったのだった。




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