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~Cross×Chronicle~ 断罪のルシフェル  作者: ゼロ&インフィニティ
第二章 オルフェウス戦役
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二章 ACT-12 騎士≠恋人

前回、物語に出て来た断罪の力については、用語集のほうをご参照下さい。

登場人物の紹介も随時、更新しておりますので、どうぞ。


「――――――――うぐ? あ?」


 天井の木目がレイジが意識を回復した時、初めて目にした光景だった。


「見知らぬ天井だ……」


 レイジは呟いて、ベッドに横たわったまま辺りを見回した。


 彼の記憶は曖昧だった。辛うじて、誰かに頭を蹴られて、ナーシャが王女だったということは覚えているが、そこから何故ここに至るのかは覚えてもいない。


 分かるのはここが船の中だということ。


 直ぐ傍にある丸窓からは、満月とそれを飾るかのような雲海が広がっていたのだった。そこから自分の居場所を瞬時に想定する。この環境に対する慣れと、洞察力がレイジの長所ともいえる所だった。


 

「一先ず、起きるかな。俺がどれくらい寝てたかも分からないし」


 レイジはベッドから身体を起こした。


 裸足のまま、ひんやりとしている木の床に足を着け、窓から外を覗いてみる。広がっているのはやはり、雲海だ。これだけでは自分の正確な居場所は判明しない。




「目が覚めた?」


 突然の声にレイジは身を翻した。騎士としての訓練を受けている時に習った構えを素手でとる。レイジに声を掛けた人物は見覚えのある少女だった。魔法使いの証としてのマントを身に付けて、新緑の色の髪を腰の近くまで垂らしている。


「ええと、覚めました。それで……貴方は確かワルキューレ隊の隊長さんを務めていた……」


 少女は頷いた。


「ミーナ・アルフレッドよ。名前くらいは覚えてね」


 爽やかな笑顔でそう言う。

 

 思わずこちらも頬を綻ばせてしまうほど、魅力的な笑顔だった。きっとそう思うのは自分だけではない。申し分のないほどの美形だと、改めて認識したレイジであった。


「あの、ここは何処ですか? それと状況が分からなくって……」


 レイジはあからさまな戸惑いを顔に出しながら、扉の前に立つミーナに質問した。


 ミーナは表情を何一つ崩さずに、一枚の羊皮紙をレイジに投げ渡した。持ち前の反射神経でそれを受け取る。羊皮紙はピンクのリボンで結ばれており、なんらかの命令書のようだった。


 リボンを解いて、内容を見たレイジはまず押印を見て、素っ頓狂な声を上げた。


「この花押は!!」


「ええ、国王直々に、貴方への命令」


「それはそれは……」


 レイジは困惑していた。


 確かに名誉な事と言えば、名誉な事だが手放しには喜べない。レイジの脳裏に浮かんだのは気を失う前のナスターシャとのキス。


 自分の子供が名もない邦人の騎士に唇を奪われたともなれば、当然ただでは済まされないはずだ。レイジは龍に睨まれた子供の如く、床に座り込んだ。

 そう言えばフレーナも自分の様子を見に来てくれない。


 ――――もしかして、フレーナを相当怒らせたのだろうか。


 姉に手を出されたとなれば、妹が怒らないはずはない。もし、もしも解雇になったら……。


 俺は無職じゃないか!?


 そんな感じに、悪い方向へと想像を膨らませていくレイジを、ミーナは害虫でも見るかのような視線で対応していた。


「あの、何考えてるかは分からないんだけど、まずは内容を読んでみたら?」


 床で頭を押さえてのた打ち回るレイジにそう諭したのは、この場での最適な判断だと、自信を持って思う。


「そ、そうだ。まだお叱りとか、クビとか言われたわけじゃないんだから……、落ち着け、俺」


 レイジは信じてもいない神に祈りながら、命令書に目を通した。


 その内容は、レイジの予想の斜め上を行くものだった。お叱りとかクビではなく、お褒めの言葉だったのだ。褒め言葉から始まり、フレーナを守ってやってくれというお願いだ。


 国王からの褒め言葉。これは並の騎士には一生に一度、余程の手柄を立てない限り、ありえないことだった。しかしレイジは何一つ手柄も立てていない。むしろ王女様に、愛娘に狼藉? をはたらいたと見られてもおかしくはない。



「よかったわね。お叱りじゃなくて」


 ミーナはレイジの呆然とした顔を見て、内容を察したらしく、涼しい顔でマントのほつれを直し始めた。


「うん、すごい良かったです。それで、状況説明をお願い出来ますか?」


「そうね。まずここが船の中だというのはお察しの通りだと思うけど……」


 レイジは頷いた。


 王国が軍を輸送する際、最もメジャーな物がこの”飛行船フネ”だ。魔法を中心にするオルフェウス王国では、飛行船のサイズはアバウトで、細かい決まりはない。ただし帝国軍では飛行船(帝国内では浮遊艦とも呼んでいるらしい)の大きさによって階級が付けられているらしい。一番小型で、最前線で戦闘を行う艦は”ヘルヘイム級戦艦”、中間の大きさで輸送と攻撃、艦隊の護衛を行う艦を”ミズガルズ級戦艦”、大型の輸送を行う艦を”ヴァナヘイム級戦艦”と呼んでいる。そして皇帝が旗艦とする中型の浮遊艦は、特別な艦として”ガーウェイン級”と呼んでいるらしい。



 王国と帝国での相違点はそれだけではない。一番の違いはやはり動力だろう。



 王国の飛行船の動力は、膨大な魔力を含んだ希少鉱石レアメタルである”神眼石ゴッド・アイ”を元に動力部分に組み込んで、膨大なエネルギーを供給している。そのお陰で補給なしで長距離を飛べるという訳だ。



 一方、帝国の飛行船は、動力を化石燃料を用いた内燃機関に頼っている。これにより、王国の艦を上回る出力と馬力で航行することが出来るのだが、燃料が尽きたら補給しなくてはいけない。これにより航行時間は王国の艦よりも落ちる。


 しかし総合的な性能面で見れば、やはり王国のものより帝国の艦が数段上だった。


 帝国浮遊艦には、王国艦にはない重砲や粒子砲、その他多数の化学兵器が搭載されているため、火力の面で帝国浮遊艦が勝るのであった。王国艦の主力兵器は、動力源と同じ神眼石ゴッド・アイからの供給で使用する魔導兵器だ。具体例を上げれば、魔霊粒子砲や魔砲がこれに入る。



 ミーナは次にレイジが何処に運ばれているのかを説明してくれた。

 

 ミーナの説明によれば、レイジを含む特科隊は現在、帝国軍が次の攻略目標としているらしいレーヴォン地方、シェルヴィアに向かっている。そこでマティアス・ロ・オルフェウス総督の率いる迎撃本隊と合流の後、帝国軍を迎え撃つらしい。


 それ以上の内容は現地で詳しく説明する、とミーナは言い切って、この話を打ち切った。


「着替えとかはそこのクローゼットにあるわ。剣はベッドの下。私たちは食堂に居るから、準備が出来たら来てね」


 ミーナはレイジに手を振り、退室した。


 主人を待たせる非礼をしてはいけないので、レイジはいそいそと服を着替え始めた。

 騎士の正装については、基本的に自由なのだが、マントを羽織るのは義務付けられている。理由、それは騎士の身につけるマントが、当人の騎士としての身分自体を保証しているからである。じゃあ、マントを盗まれたらどうなる? といった疑問もあるのだが、それに関してはなんらかの識別魔法で、マントを王宮から貰った人間以外が見に付けても、見破られてしまうので盗む輩はそういない。


 騎士はそれと同時に町や王宮内での帯剣も許可されている。これだけは騎士の特権と言うべきだろう。流石の魔法使いも王宮内では杖の所持は許されない。

 

 しかしこの世界で唯一、武器の所持が騎士でも認められない地域がある。


 それが王国と帝国の国境をまたぐ形で存在するフレイヤ湾のほぼ真ん中に位置するアトランティカ島、聖都オリオンだ。この聖都オリオンの大宮殿には、世界の九割方の人間が聖者として信仰する大神官の聖巫女が住んでいるのだった。

 

 よって、この神聖な土地に武器を持ち込むのは禁止される。例外として、聖都に総司令部を構える円卓の騎士ラウンズ・オブ・ザ・ナイトのみ、武装を許されるのだった。



 部屋を出たレイジは戸惑いつつも、持ち前の勘のよさと艦内の地図を見て食堂へと辿りつく事が出来た。途中、すれ違う兵士やら乗組員は例によって例の如く、深いお辞儀と敬意の篭った敬礼を返してきた。騎士の身分があればこそのことだ。


 食堂にたどり着いたレイジはそこまで多くない利用者の中からフレーナ一行を探し出すことが出来た。


「あ、皆さん。こんばんわ」


 レイジはワルキューレ隊の使用する大テーブルの空いている席のところに立ち、全員に頭を下げて礼をした。直ぐに隊長であるミーナが座るように促す。


 レイジが静かに椅子に座ると、ミーナが入れ替わりに立ち上がり、手を叩いた。


「はい、全員揃ったので、祝宴を改めて始めまーす!!」


 ああ、とレイジは状況を瞬時に理解する。


 ワルキューレ隊のメンバーは敵地に赴く前に、こうして皆で祝宴を開いていたらしい。そこにレイジが加わっただけだ。


 食堂には他のワイバーン隊、ケルビム隊のメンバーもいることから、もしかしたら最後になるかもしれない祝宴を開くのだろう。そう考えると、レイジの気は重くなった。













「国王陛下、ナスターシャ姫殿下がお越しになられました」


 王都アンドロス、リリネール宮の玉座では、オルフェウス王国第八十九代目国王、ウィルフレッド・ディ・オルフェウスが髭を生やした彫の深い顔立ちを綻ばせながら、座っていた。



 理由は明確。長らく地方で学生として過ごしてきた愛娘であるナスターシャがこの戦争と、高等魔法学院卒業をきっかけに王都に戻ってきたのだから、父親として、もちろんの事、国王としても喜ばしいのである。



 衛兵の開いた扉から、薄い桃色のブロンドを揺らしながらナスターシャが姿を現した時には、流石に感動のあまり心臓が止まりかけた。国王といっても不自由なもので、地方で学業を積む娘に何時でも会えるという訳ではない。そしてウィルフレッドがナスターシャと直に顔をあわせるのは実に四年ぶりなのであった。


「ああ、ナスターシャよ! 随分と美しくなった!」


 感動のあまり、冷静な思考が働かなかった国王の口から飛び出た第一声がそれである。


 ナスターシャも実の父親との再会に、若干、引きつった笑みを見せていた。久々の再会に感情と身体がついていかないのだろう。


「お父様!! お久しぶりですわ!!」


 そう叫んだナスターシャは父親に抱きついた。それを温かく受け止める父親である国王。思わず玉座の衛兵も口元が緩むほどの微笑ましい光景だった。


「ナスターシャ、お前は相変わらず可愛いな。流石は私の自慢の娘だ。この世に世間体というものが存在しなかったら、次の国王は間違いなくお前だというのに……」


「お父様、私は国王には興味ありません。私は普通に過ごせればそれで幸せです。それに私のような半人前の王女が国王にならずとも、他にも相応しい候補者はおられるはずですわ」


「いや、お前ほど誠実な後継者はおらん。何せ、私は何人もの妻を娶っている身。自分個人の意思だけでは後継者を決められんのだよ。たとえ私が強く主張し、お前を王女にしたところで、お前の身が危険になるだけ。ああ、国王とは何と不便なものなのだろうか……」


 国王の本音が娘の前で漏れた。


 実質、国王の意思だけでは次期国王を決めることは出来ない。国王が娶っている妻の意見が強く主張されるからだ。王室において、国王の側室の意見は次期国王候補者の七割を決めるといっても過言ではない。


 この仕来りともいえる仕組みは、誰に仕組まれたのでなく、大昔からさも当然のように行われてきたことだった。


 現在、一番の有力候補はハイリッヒ・レ・オルフェウス第八王子だ。ハイリッヒは現在、十二歳で八番目という王位継承権の低さだが、親しみやすい性格と母親であるレアン妃が身分の高い公爵家の血縁者ということで、一番の候補者とされている。


 しかし内心、ウィルフレッドは反対だった。


 確かにハイリッヒは人格者であり、目立った悪い点もない少年だ。しかし彼には王としての器がなかった。少なくともウィルフレッドはそう思っている。優柔不断であり、何より人の意見に流されやすい。無論、ただの息子としては、愛してやまない。しかし王ともなれば、話は別だ。人の良さだけで、国王を選ぶことは出来ない。


 しかし現実問題で王位を問題なく継げるポジションに居て、尚且つ優秀な人間はいないのが現状だ。ナスターシャは今のところ、自分の意思で王位継承を拒否している。ナスターシャと同じく、ウィルフレッドが可愛がってきたフレーナも後ろ盾が少なく、現実的ではない。そしてもう一人、自分を上回る政治力と知略を持ち合わせた第二王子、クロイツも優秀な候補だ。


 しかし彼には王国に対する忠義心というものが欠けている。現実主義で、国の利益になるのなら王国の名を、名誉を捨てかねない人物だ。


 様々な事情があり、ウィルフレッドは毎日のように頭を抱えているのだった。



「お前には幸せになってもらいたい。普通の男と結婚し、良き家庭を築いて欲しいな。それが私の願いだよ」


「お父様も。いっそのこと、国王を退位して隠居しては如何ですか?」


 娘、ナスターシャの口からとんでもない言葉が飛び出る。


 しかしウィルフレッドはそれに動じず、静かに首を横に振った。


「いいかね、ナスターシャ。私は国王なんだ。民のことを一番に考え、行動する必要がある。これから先の事を考えれば、私が職務を蔑ろにすることは出来ないんだ」


「国王!? まだそんな重石がお父様の背中に在るんですか!? ならば、クロイツお兄様やハイリッヒに渡してしまえば……」


「ナスターシャ、私も出来ることなら全てを他の者に任せて、お前と過ごせなかった時間を取り戻したい。でもそれは出来ないのだ」


 ナスターシャはがくっと肩を落として、落ち込む仕草を見せた。ウィルフレッドは国王としてではなく、父親として、娘を労う言葉を掛けた。


「お前は自分らしく生きろ。私を気に掛けることなんてないんだ。お前の人生は、命はお前だけの物、誰も永久に犯すことの出来ないお前だけの権利だ。ただ、そこにはどうしても重石が圧し掛かってしまうんだ。もちろんナスターシャには私のように重石に振り回されるような生き方をして欲しいとは思わない。だから、早く自分が愛する人を、自分を愛してくれる人を見つけるんだ」


「はい」


 ナスターシャは小さく頷いた。


 ウィルフレッドも微笑を残した顔でナスターシャを出口へと促す。


「さあ、今日はもうお休み。明日は王宮主催の催しがあるんだ。ナスターシャも出席する予定になっているよ」


「分かりました。お父様の娘として、王女として恥じぬ様な振る舞いを致します」


 ナスターシャは名残惜しそうに、玉座に背を向けた。


 ウィルフレッドは笑顔で見送ったが、ナスターシャの姿が消えて、衛兵も立ち去った時にその顔は萎んだ。隠していた疲れが噴き出したように、それは明らかな変化だった。


 玉座に唯一存在する魔法壁によって守られた窓から、ウィルフレッドは月を眺めた。そして心労のためなのか、昔のことを思い出したように呟く。




「――――私は王になる前、この国を、世界を変えてみたいと思った。自分の力で、いい方向へと……。だがそれは思い上がりだったようだな。王としての責務、そして変えるという事の難しさを知っていたなら、ヘルメスとヴィクトリアの計画を受け入れたほうが良かったのかもしれないな……」


 ウィルフレッドは力尽きたように、床に座り込んでしまった。そこから国王としての威厳は微塵も感じ取れなかった。





「国王になぞ、なるのではなかったな…………」












「レイジさん、お疲れですか?」


 フレーナがレイジにエール酒の入ったグラスを手渡して、尋ねた。


 今、ワルキューレ隊はお互いに杯を交わし、隊員の武運を祈っていた。会話は弾んでいるのが、男という生き物であるレイジはどうしても溶け込む事が出来ないでいた。


 そんなレイジを労ってくれるが、フレーナだった。


「ああ、ありがとう。でも疲れているわけじゃない。たださ、考え事をしているだけ」


「考え事?」


 フレーナが鸚鵡返しに尋ねた。


 レイジはフレーナの顔をまじまじと見つめた。


 フレーナ・ルル・オルフェウス。


 その綴りは、顔立ちは確かにアイツに似ていた。レイジのライバルであり、親友。訓練所で長い間、共に修行を積んできた仲間だった。


 レイジという人間の恐ろしい部分も決して否定しなかった。


 ただ、アイツは、「俺も同じ人間だ」と言って、悪魔のような笑みを見せていた。






「フレーナ、僕の予想が当たっているかは分からない。ただ、初めて顔を合わせて、名前を聞いたときから思っていたことがある。質問してもいいかい?」


「――――構いません」



 しばらくの沈黙の後、フレーナは承諾した。


 レイジは回りくどいことは苦手だ。だから、デリカシーをなんのオブラートに包まず、言葉にした。



「君は、ルシフェル・ルル・エンデュミオンの実の妹じゃないか?」




 硬直するフレーナ。



「ええ? どうしてそんなことを……、レイジさんは一体……」


「真面目な質問だ。君はルシフェルの妹だろ?」


「――――はい。確かに、私のお兄様です――――。では、次はこちらからの質問ですよ。どうしてお兄様のことを知っているのですか?」


 レイジは昔の情景を思い浮かべながら、語り始めた。


「ルシフェルは僕が帝国で武術を鍛えていた時代に同じ師範の元で習っていた同期なんだ。君の名前と顔を見て、直感的にそうじゃないかって疑ってた」


「今でもお兄様は!?」


「僕と別れた後、何もなければ同じ場所で住んでるはずだよ」


 フレーナは息を呑んだ。


 ルシフェルに一歩、近づけるかも知れない。居場所がわかるかも知れない。期待が心の中で膨らんでいった。


「その場所というのは?」


 レイジは少し考え込み、自分の頭の中でもう一度再生した後、その言葉を声にした。



「アドニス村だ。あの村にルシフェルは住んでいた」


 フレーナの青く澄んだ瞳から涙が溢れた。


 漸く、兄の居場所を掴むことが出来た。淡く抱いていた希望が現実に変わった。それを受け止めるには時間が必要だ。調べる必要もある。


 嬉し涙だったに違いない。ただ、それをレイジは誤解してしまっただけだ。


「え? フレーナ、泣かないでよ! 僕は悪い事は……」



「ああ!! 何、フレーナを泣かしてんのよ!!」


 レイジとフレーナの世界の中に突如入り込んだ闖入者の正体はテテュスだった。


「ち、違いますって! 僕はただ……」


「何が違うの? 貴方、勘違いしてない?」


「へ?」


 勘違いと言われてもレイジは、直ぐには該当することが思いつかない。決して、フレーナを傷つけるような事は言っていない。


 テテュスはそんなレイジの態度を見て、また声を張り上げた。


「だーかーら! その態度よ! 貴方、フレーナと対等に話して、その挙句泣かして、恋人のつもりなの!? 誤解しないでね! 貴方はあくまで騎士よ、騎士! 騎士が主人を泣かしていいと思ってるの!? 恋人だったら、確かに泣かせてしまったら、慰めてあげるのが当然よ。でもね、騎士は違うわ。主人と談笑するためにいるんじゃない。守るためにいるのよ! 主人の気持ちを察して、言葉を選べないんじゃ、騎士として失格よ!」


 テテュスは酔ったせいもあるであろう真っ赤な顔を更に赤らめて、続けた。



「さっきもそうよ。貴方、あのナスターシャ姫殿下と何話してたの? 恋人同士の愛の語らい? ちょっと可愛いから話したくなったの? そんな風にぐだぐだとやってるんじゃ、騎士としても恋人としても失格よ!! フレーナを守って、忠節を尽くす騎士になりたいのなら、まず自分の考えを改めなさい!!」


 レイジは黙り込んでしまった。


 何も言えず、立ち上がった。肩を低く落として食堂を後にする。


 フレーナは顔を上げて、涙を拭ってからレイジの後を追っていった。ワルキューレ隊のメンバーには居心地の悪い沈黙が流れる。


 テテュスは黙って椅子に座り、テーブルに突っ伏した。


「なによ……、フレーナったら、私も少しはかまって欲しいよ…………」






 レイジは食堂を抜けた後、飛行船のデッキに来ていた。


 先ほど、テテュスに言われたことを改めて考えてみる。確かに、自分が騎士になった理由なんて説明できるようなもんじゃない。ただ、誰かを守りたいからなどといった理想論では通用しないのではないだろうか。

 

 志だけでは愛する人を、主人を守りぬけない。


 力がなくてはいけない。



 レイジという人間は甘えていたのかも知れない。騎士になってから、自分の在り方を考えた事などない。


 この気持ちは努力を積み重ねてきた人間にしか分からない気持ちではないだろうか。自分は気持ちだけで、努力をし、結果がついて来なかった。だから何時まで経っても同じような劣等感を抱えてしまうのではないのだろうか。




「ルシフェル、君ならこんな時にどうするんだろうか?」


 レイジは満月を仰いで、旧き友へと呟いた。


 そこで今一度、テテュスの言葉をレイジは噛み締めたのだった。





 守るためには力が必要だ。そして強い心も。


 必要なのは理想論ではない。


 後にレイジはこれを知る事になる。しかし今はまだ、本人は気付いてすらいなかったのだった。





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