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~Cross×Chronicle~ 断罪のルシフェル  作者: ゼロ&インフィニティ
第二章 オルフェウス戦役
13/17

ニ章 ACT-10 舞い降りた少女

これから少しずつですが、一話一話を長くしていきたいと思います。

その分、更新は遅れそうですけど、ご了承ください。

 フレーナは自分の騎士になる人物、レイジ・ヒヤマを見つめた。その瞳は純粋な輝きを放っている。

 しかし邦人の騎士は珍しかった。

 邦人というのは東方に昔から住む民族を指している。伝統と文化を守りつつ、密かに暮らしてきた民族で今は王国と帝国に吸収されている。

 テテュスが怪訝そうな表情でレイジ・ヒヤマを眺めた。


「邦人なのによく騎士になれたわね?」


「テテュスさん! 彼が邦人かどうかは関係ないと思います! 失礼ですよ!」


 フレーナはテテュスに向かって叫んだ。普段叫ばないフレーナの激昂する様子を見て、テテュスは怯んだ。大人しいフレーナは滅多に怒らない。そのフレーナが怒ったということは、テテュスが言った事が相当、頭にきたということなのだろう。


「ご、ごめん。でも……」


 テテュスはちらりと邦人の騎士を見つめた。

 見つめられた当人は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。


「確かに俺……、いや僕は邦人です。騎士をやっている事をからかわれて、侮辱されることは慣れています。フレーナ様も僕のことは気になさらないで下さい」


 フレーナは自分が怒鳴ってしまったことが余計にレイジにとって、負担を掛けてしまったようだ。

 こんな時に言う言葉は何なのだろう。大抵の人間は即刻、謝る。でもフレーナは違った。もっと、効果的に相手の心を和らげてあげられる言葉を掛けてあげたかった。


「その……、私のことはフレーナ、と呼んでください。様なんて付けられて、敬語ばかり使われてたらこっちの気が休まりません」


「……ご命令とあらば」


 レイジは少し表情を緩め、フレーナに手を差し出した。フレーナはその手を握り返す。自分たちとは少し違った皮膚の色。とても不思議な色だった。白くはないが、黒くもない。その中間を取った優しい色合いだった。

 フレーナの耳に拍手する乾いた音が聞こえた。


「邦人かどうかは関係ないわ。貴方は今日からフレーナの騎士よ」


 ミーナだった。

 素直な笑顔を浮かべ、手を取り合った二人を祝福していた。

 ワルキューレ隊の他のメンバーもフレーナとレイジを祝福した。ミーナの気の利いた采配のお陰だった。

 リンドールもそんなやり取りを見て、自然と顔を綻ばせた。しかしまだ終っていない。騎士爵を持つ者が、他の人間の専属騎士になる時にはある儀式を執り行わなくてはいけない。

 

「では、”血の盟約”の儀を執り行う。盟約者と盟約主以外は下がりたまえ」


 リンドールは謁見室の面子に告げた。

 それに従い、ミーナたちワルキューレ隊はフレーナとレイジから少し距離を置いた。それに相対するように二人はお互いに歩み寄った。

 儀式自体は神聖な物だが、内容はいたって簡単。

 まずは向かい合ったレイジがフレーナに跪いた。自らの腰の剣に手を掛け、ゆっくりと抜き放った。

 

「我が御名はレイジ・ヒヤマ。主であるフレーナ・ルル・オルフェウスの御名の下に永遠の忠誠を誓います」


 短く言ったレイジは剣で手のひらに傷を付けた。生命の源である赤い液体が床に雫となって落ちる。

 その傷口を前に掲げ、レイジはフレーナの次の行動を待った。

 フレーナは胸ポケットから短い杖を抜き、その傷口に触れた。


「レイジ・ヒヤマ。貴方を私の騎士として、忠誠を誓うことを認めます」


「イエス・ヒズ・プリンセス (王女に対しての肯定の意を示す)」


 そして次に目の当たりした光景をテテュスは生涯、忘れる事は無かった。

 剣を収め、立ち上がったレイジはフレーナの正面に立ち、緊張した面持ちでフレーナの肩を掴んだ。フレーナは目を閉じ、レイジに身体を預けた。

 そして二人の唇がゆっくりと重なる。

 これは血の盟約の中に含まれる当然の事だ。ヴェスタもミーナもそれを知っている。テテュスが知らずに、一人で驚いていただけだった。


「――――ヴェスタ。私、何だか分からないけど悔しいわ」


 テテュスは思い切りレイジを睨んでいた。

 それは独占欲の強いテテュスだからこその感情だった。その感情の根源は可愛いフレーナを軽い男に渡したくないだけであって、別にフレーナが好き、とか言う変態ではない。

 二人の唇が離れ、フレーナは視線を気にするように目を伏せた。レイジも恥ずかしそうに目を伏せる。

 これで血の盟約は実質、終了となる。二人はリンドールの方に向き直り、次の指示を待った。


「レイジ殿、騎士ナイト就任おめでとう。出発は今日の夕刻だ。それまでは君もゆっくりと王宮内でも散策してるといい。フレーナ様やそのお友達は如何しますかな?」


「私達は出発の準備をします。それでも宜しいですか?」


 フレーナが答えた。リンドールも承知した、といった感じに頷いた。


「じゃ、行きましょう。レイジさんは自由にしてていいわよ」


 ミーナが明るい声で、ワルキューレ隊のメンバーを連れて出て行った。

 レイジはリンドールに深く礼をし、立ち去ろうとした。


「待ちたまえ」


 リンドールがその背中を呼び止める。

 レイジは穏やかな表情のまま、振り返った。


「何でしょうか?」


「フレーナ様を、姫様を全力で守りぬけ。私からの命令だ」


「承知しています。主を守るは、騎士ナイトとしての当然の義務です。義務を怠るつもりは毛頭、ありません」


「守るのは攻撃からだけではない。フレーナ様の心をかどわかそうとする輩もいるのだ。お前の役目はフレーナ様の身体と心を守る事だ。その心に、剣に刻み込め」


「御意」


 レイジは短く返事をし、謁見室から立ち去っていった。

 誰も居なくなった謁見室でリンドールは皺のある顔を引き締め、レイジが出て行った扉を、その向こうの背中を見つめた。


「どうか、どうかフレーナ様をお守りしてくれ。この老体ではもうそれもこなせないのだ」


 悔しそうに呟いたリンドールの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 元軍人が流す珍しい涙であった。






 レイジは謁見室を出るや否や、小走りで王宮の中庭へと移動した。

 人気の無い中庭は花壇と噴水があり、ベンチがいくつか拵えてあった。レイジはそのベンチの一つに座り、大きく溜息を吐いた。


「うぅ~、お偉いさんの前は緊張するな。俺、この仕事向いてないのかな?」


 本音が口をついて出る。

 元々、騎士ナイトになったのは剣術しか取柄が無いからだった。それに誰かを命がけで守るということに、男として格好よさを感じた。で、なってしまったのが騎士ナイトである。

 適正試験もなんやかんやで合格。そして初仕事は王宮の警備やら、宝物庫の番やら。どっかの警備員のような仕事ばかりであった。

 そして漸く回ってきた騎士ナイトらしい仕事。それがフレーナ・ルル・オルフェウスの専属騎士だった。


 そこまでの回想でレイジは先ほどの儀式の過程にあったフレーナとのキスを思い出した。

 柔らかかったな……。

 くだらない感想が浮かぶ。レイジはそんな煩悩を頭から追い出した。正直なところ、あの唇の感触は一生忘れないだろう。忘れられない。

 普通の男ならそう思って当然だろう。レイジは自分のやましい気持ちを正当化した。


 レイジは視線を上げた。

 その行動自体に意味があったわけではない。ただ反射的に顔を上げただけ、人間としての至極普通の行動だ。

その視線の先に少女が入ったのも幸か不幸か、偶然だろう。

 もしそれが只の少女のだったらノーリアクションで受け流す事も出来た。しかし流石に、白いシーツの様な布を落下傘として降りてきている少女となれば、受け流す事は不可能だった。

 レイジはすぐさまベンチから立ち上がり、少女の落下地点に向けて走った。レイジが落下地点に到着すると、間髪入れずに少女は腕の中に落ちてきた。

 レイジは一息吐いた。

 

「――――こんにちは」


 それがレイジが浅い知恵を、頭を絞って導き出した一つの言葉だった。

 少女はレイジの顔ではなく、瞳そのものを見つめて、おどけた表情のまま美しい音色で言葉を紡ぎ出した。


「貴方が私を受け止めてくださったのですか?」


「ええ、まあ。落ちてきたので」


 少女はピョンとレイジの腕の中から飛び降り、中庭の芝生に着地した。

 落下傘を外して、丁寧な仕草で白い布地のワンピースに付いた埃を払った。少女はレイジに向き直る。


「そう言えば、まだお名前を伺っておりませんでしたね。宜しければ教えてくださりませんか?」


「はい。レイジ・ヒヤマです。職業は……、騎士ナイトです」


 レイジは自分の邦人としての本名を、そして現在の肩書きを名乗った。少女は騎士ナイトの二文字に反応した。


騎士ナイトですか。奇遇ですね、私の姉も騎士勲を陛下から頂いているのですよ」


 そう言った少女の笑顔は眩しい。

 レイジは少女の容姿を再度、確認した。長くてカールのかかった薄い亜麻色の髪は、清楚に風にそよいでいる。フレーナの髪の色と近いそれは何故か、レイジの心を引きつけた。

 そう言えば顔立ちもフレーナと似ていた。しかし姉妹だ、とまでは似ていない気もした。

 

「お姉さんがいるんですか。僕は兄弟とか、いないんでね。あまり分かりませんが……」


 そこまで言ってレイジは、


「そう言えば貴方は? まだ名前も聞いていないんですが」


「う~ん、私は……」


 少し考え込む仕草を見せ、少女は顔を輝かせた。


「只の街女です。えーと、ナーシャとでも呼んでいただけるとありがたいです」


 少女のいう事は明らかな嘘だと見抜けた。

 街女が王宮の中庭にそう簡単に入れるとは思わない。それにもう一つ、少女の胸ポケットには薄い茶色の杖がささっていた。見た目だけでも上質だということが分かる。たとえ魔法が上手く使える平民がいたとして、これほどの上質な杖は購入出来ないだろう。

 レイジはその明らかな嘘を指摘しなかった。ただそれを聞いて微笑んだだけ。


「ナーシャね。可愛らしい名前じゃないか」


「――――そう言われると嬉しいです。そういう貴方のお名前も素敵ですよ」


「僕は邦人ですから。王国人の方にそう言っていただけると、何だか自信が出ますね」


「私、人を褒めるのが得意なんですよ。それに邦人の貴方が王国で騎士ナイトをやっているということは、王国に家族でもいらっしゃって?」


 レイジは首を横に振りながら、その問いに答えた。


「僕の家族は帝国出身でした。別に王国に義理があるわけではないです」


 でした、という過去形が気になった。

 しかし聞くほどの勇気はない。ナーシャは話題を逸らすべく、先ほどの笑顔で、


「じゃあ、前にお仕えしていた主人の義理かしら?」


「いや、実は僕が騎士ナイトとして誰かの専属になるのはこれが初めてなんですよ。それに……」


 レイジは口篭る。

 表情が険しくなり、唇を噛み締めている。ナーシャは首を傾げた。


「それに?」


 レイジはナーシャを真っ直ぐに見つめ、その言葉を呪詛のように呟いた。


「僕は――――魔法使いを憎んでいます」










 神聖エンデュミオン帝国、帝都ペンドラゴン。

 海沿いの岸壁に聳え立つアテナ城、皇帝が居住するリリエール宮の最上階に時の第三十八代目唯一皇帝、ヘルメス・ギル・エンデュミオンの私室は存在していた。

 この私室自体は特に際立って特別ではない。

 この私室には大きな扉が存在していた。壁に何の意味も無いように存在する大きな観音開きの扉。これに入れるものは、皇帝と極少数の人物しかいない。

 

 そしてその数少ない人物の一人、皇帝主席顧問官のグレゴール・ダーミッシュが今、皇帝の私室に足を踏み入れた。何も言わずに大きな扉の前に立つ。

 無言のまま、扉を二回叩く。


「陛下、グレゴールです。お話があるのですが」


「――――入れ」


 しばしの沈黙の後、返答が来た。

 グレゴールは扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。不思議なのは石の扉だというのに、軽いということ。

 その扉の奥は闇だった。闇の中で宙をふわふわと浮遊する水晶が無数にある。ヘルメスはその下に立ち尽くし、水晶を無表情のまま見上げている。

 心なしか恐怖を覚える。

 

 この部屋には何度も足を踏み入れているグレゴールだが、何時もこの恐怖という感覚を覚えるのだった。出来ることなら、今すぐにでもこの部屋から立ち去りたい。


「グレゴールよ。アースガルズの門を閉めよ」


 何時の間にか呆然と立ち尽くし、恐怖に心を支配されていたグレゴールは我に返った。急いで、アースガルズの門を閉める。

 その瞬間、部屋は漆黒に包まれた。水晶だけが頼りない唯一の光源だ。

 ヘルメスはゆっくりと振り返った。


「では、申してみよ」


「はい、帝国先鋒隊がタレイアを陥落させました。ガイザレス将軍率いる本隊も帝都を出発し、二日後にはタレイアに到着いたします。陛下もご出陣の用意を……」


「その必要は無い! 我は前線には出向かぬ」


 グレゴールは肩を震わせ、ヘルメスに跪いた。

 それはヘルメスの迫力と、この部屋に対する本能が告げる恐怖の影響だろう。


「陛下、差し出がましいことを申し上げますが、このたびの戦は決戦で御座います。陛下自らご出陣なさって、軍の指揮をお執りになれば、将兵の士気も上がりましょう」


「そのような俗事に構う暇など無い。私には計画があるのだ。素晴らしい計画がな」


 呟いたヘルメスは水晶を見上げた。

 それは話す気が無いとの意思表示と捉えられる。


「この戦を俗事を称されますか!? 陛下は皇帝で御座います。そのようなおもちゃに夢中になられては、民の忠誠も下がります! 陛下は皇帝としての自覚をお持ちください!」


「黙れ!!」


 ヘルメスの一際大きい怒鳴り声にグレゴールは尻餅をついた。


「貴様には私の計画に対する理解が足りないようだ。そうだな、お前を帝国軍の総参謀に命ずる。ガイザレス将軍の供をせよ」


「左遷ですか」


「そう思っていろ。早く出て行け」


 グレゴールは顔に不満と不信を浮かべていたが、何も言わずに一礼し、その部屋から立ち去った。

 ヘルメスは溜息を吐いて、暗がりを睨んだ。


「出て来い」


 短い呟きに応えたのは少年だった。

 白髪の少年が暗がりからゆっくりと姿を現し、ヘルメスの正面に立った。皇族が身に付ける正装に身を包み、ヘルメスを幼くも不気味な笑顔で見つめている。


「何だかあの人、ヘルメスに不満そうだったね」


 少年は皇帝に、敬語を使わない口調で話し掛けた。

 その仕草だけでこの少年がどれほどの地位にいるのかが分かる。少なくとも、個人的に皇帝と対等に接することが出来る身分にいることは間違いない。


 そんな少年に対して、ヘルメスは若干の呆れ顔で応えた。


「相変わらずの趣味の悪さですね。ヴィクトリア様」


 ヘルメスは少年に対して、敬語を使った。

 それは大国の皇帝が、この少年を敬うべき立場にあるということを表していた。


「趣味? 僕に趣味なんてないよ。僕は無個性だからね」


「無個性? その口調といい、姿といい無個性には見えませんね。むしろ個性に満ち溢れています」


「――――それは侮辱かな? それとも嘲り?」


「どちらでもありません。強いて言うならば、褒め言葉です」


 ヴィクトリアは大して喜んだ様子も見せず、水晶を一つ掴んだ。興味深げに撫で回し、また元の様に宙に戻す。


「計画は順調かな? 早く神殿を融合させないと、僕らの負けだよ」


「負け? 勝ち負けではありません。全て順調に、面白い方向に向かっていますよ」


 ヴィクトリアはヘルメスを見つめ、呆れ顔で呟いた。


「僕は君たち人間のことは良く分からないけど、その考えが何時か失敗に繋がるよ。敵は、この計画を邪魔しようとする人間はどこに潜んでいるか分からないからね。そう……、例えばルシフェルとか、オルフェウス王国国王、ウィルフレッド・ディ・オルフェウスとか、もしくは円卓の騎士ラウンズ・オブ・ザ・ナイトとか」


「ヴィクトリア様、ルシフェルと王国が戦っている以上、こちらの邪魔は出来ません。それに円卓の騎士ラウンズ・オブ・ザ・ナイト如き、この”ブルトガングの剣”がある限り、心配は要りません」


「ブルトガングの剣に依存するのもどうかと思うけどね。あれはあくまでアースガルズの門の門番。アースガルズの門に敵が触れない限り、発動しないんだよ」


 ヘルメスは不敵な笑みを浮かべた。

 それは皇帝として、時折浮かべるものであった。この笑みを浮かべる時は、絶対の自信と確信があるのだった。


「そんなことにならぬよう、しっかりとアースガルズの門を守り抜きますよ」


「そう上手くいくのかな。アースガルズの門は世界に七つあるんだよ。その内、把握出来ているのは未だ四つだけ。後の三つを敵に奪われたら……」


 ヘルメスはヴィクトリアの言葉を遮るように、指を鳴らした。

 その瞬間に暗闇だった部屋に黄昏の光が満ち溢れた。水晶は色を失い、地面に落ちる。そしてヘルメスの背後には巨大且つ、神聖な神殿が聳え立っていた。


「残りの門も直に見つかります。今はヴァルハラへの道を開くことに専念してください。門のことは私が何とかいたします」


 ヴィクトリアは何も言わず、立ち去った。神殿の方へと歩いていく後姿を確認し、ヘルメスは指をもう一度鳴らした。黄昏の光は消え、再び周囲は闇に包まれる。水晶は惑星のように再び回り始めた。

 ヘルメスはそのまま踵を返し、アースガルズの門を開け、現実世界へと通じる異界の門を潜っていった。







「ねえ、この下着可愛くないかしら?」


 テテュスが洋服棚から一枚の肌着を取り出して、同室にいるフレーナ達に見せた。

 その下着は薄い桃色をしており、レースの布地に小さなフリルがついた、とても可愛らしいものだった。ミーナはその下着を見て、意味ありげに顔を輝かせる。


「あら、テテュスちゃんは見る目あるわね。フレーナちゃんは少し地味ね。まあ、元が可愛いからいいけど。ヴェスタちゃんはもう少し露出度を上げなさい」


 ヴェスタは小さく溜息を吐く。


「隊長、旅行じゃないんですよ。別に戦場で下着を見せるつもりは微塵も御座いませんから」


「あらあら、可愛い下着を着けてれば、捕虜になったときも大目に見てもらえるかもよ」


「なんだか、最悪の事態を招きそうですけど」


 他の団員が突っ込む。

 むしろ可愛い下着を見せたほうが、捕虜としては深刻な自体になるのではないだろうか。兵士の慰み者にされたら、それこそ破滅だ。

 フレーナはそれを心の中で呟いた。


「もし、フレーナ様は居られますか?」


 部屋のドアが不意に叩かれた。

 扉の向こうからは使用人のメイドらしき声が聞こえる。扉に近いテテュスが扉の鍵を外した。

 部屋に進入したメイドが部屋を見渡し、フレーナを見つける。


「私に何か御用ですか?」


「い、いえ。ナスターシャ様をどこかでお見掛けになりませんでしたか?」


「ナスターシャお姉さま? どうして?」


 メイドが口篭る。

 

「その、ナスターシャ様が行方不明になられたのです」



「「「えっ!?」」」






 





「魔法使いを憎んでいる?」


 ナーシャは堅い表情で呟いたレイジを見つめていた。

 

 ナーシャが見る限り、目の前にいる少年は尋常ではないほどの憎しみと悲しみ、痛みを背負っていることが嫌でも空気で分かってしまう。この真っ直ぐな瞳を持った少年の心は傷ついている。


「ええ。昔はね」


「昔? 今は違うのですか?」


「――――はい。気付いたんですよ。別に全員が揃って悪い人間じゃないって。僕が憎んでいるのは、当人だけであって、他の魔法使いまで憎むようなことはしません。もう今は」


 レイジは噴水の縁に座り込んだ。

 水を求めているのか、白い蝶が水面を飛んでいる。今にも落ちそうに。

 レイジはそんな蝶を助けようと、指を伸ばした。しかしレイジの指が届く前に、蝶は舞い上がっていってしまった。

 レイジは笑い出した。


「ははは、いつもなんですよ。僕が好きだった人間は何処かにいってしまう。今の蝶みたいに、助けようとしても、結局は失ってしまう……」


 ナーシャはそんなレイジの話を黙って聞いていた。

 聞き終わり、何を言うでもなくて、ナーシャはレイジを後ろから抱き締めた。そっと、優しく。

 そして何よりも心をこめて。


「今まで辛かったでしょう。貴方は大切なものを沢山持っている。でもそれに触れてしまうと、何処か遠く行ってしまう気がする。それが怖いから人を拒んできた。憎しみの感情だけを残して。でもね……」


 ナーシャは身体を離し、レイジの正面に立った。


「抱え込んで悩み、悲しむよりも、まずは触れ合って絆を確かめたらいいんではないでしょうか?」


「はは、そうですね。そうかもしれませんね」


 それでもレイジは落ち込んでいる。

 ナーシャは少し頬を膨らませた。


「レイジ、私からの餞別ですよ」


「――――?」


 ナーシャは飛び切りの笑顔でそう言った。

 レイジは初めて呼び捨てにされたことに少し違和感を感じたのか、顔を上げた。ナーシャはそんば間抜けな顔をしているレイジの額に唇を近づけた。


 そして柔らかい感触が額に触れ、レイジは目を見開いた。


「え? ああああ、はう……」


 そんな声しか出ない。


「この変態がァァァァっ!!!!」


 突然の怒号。

 それと同時に何かがレイジの後頭部に命中する。


「ふええええええ!!」


 ナーシャが驚いて、奇声を上げる。

 その怒号と攻撃の主はテテュス。

 レイジはなす術も無く地面に倒れた。軽い脳震盪も起こしている気がする。


「ナスターシャ姫殿下! お怪我はありませんでしたか!?」


 テテュスは直ぐにナーシャの元に跪く。

 ナーシャは至極、困惑した表情でしどろもどろに頷く。


「え、ええ――――私は。でも彼が」


「大丈夫です! 成敗しましたから」


「ひ、姫殿下?」


 レイジは地面に突っ伏しながら、僅かに視線を上げて呟いた。

 ナーシャ改め、ナスターシャは苦笑いしながら頷いた。


「ごめんなさい。黙ってて。私の名前はナーシャじゃなくて、ナスターシャ・ララ・オルフェウス。オルフェウス王国第三王女です」


 確かにナスターシャを略せば、ナーシャになる。

 レイジは薄れ行く景色の中で、ナスターシャとフレーナ両方の顔を浮かべて、そう言えば似ていたな~、程度の感想を浮かべて意識を手放した。



 

 ――――次からは可愛いには注意しよう。本当に痛い目見るから…………。

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