ニ章 ACT-9 騎士と姫
この世は必ずしも平等ではない。
オルフェウス王国内では魔法教育が義務付けられているが、それはあくまで基本的な部分だけである。即ち、応用的で尚且つ、実践的な魔法は義務教育の上、魔法高等学校で習うものである。
義務教育で受けるのは簡単な単色魔法だけだ。
単色魔法は火をつける、物を動かすなどといった基本的な魔法だ。多くの平民はこれさえ習得できれば王国内での生活が保障される。
しかし魔法の才能がなく、単色魔法さえ使えないものも少なくない。彼等は必然的に帝国の方へ居住することになる。しかしそれも極一部。貧しく、魔法の才能が無いものはどうなるか?
その答えは簡単。所謂奴隷身分である。平民より下とされるこの身分の者には権利などない。あるのは永遠の労働と苦しみだけだ。
しかし魔法が使えずとも王国で振舞えるイレギュラーがいる。その身分こそが騎士だ。騎士は名門貴族や王族の血筋の者を魔法ではなく、自らの力量と剣で守る身分の者を表す。騎士には王国からマントと身分が与えられるが、貴族ではない。あくまで準貴族だ。
オルフェウス王国、王都アンドロスに存在する王宮。その中でも中心にあるリリネール宮の謁見室前の廊下をミーナを筆頭とするワルキューレ隊が歩いていた。
先ほどベルドランから召集を受け、リンドール宰相との謁見のために謁見室を目指しているのであった。
フレーナは先ほどの羞恥で頬を異常なまでに紅潮させて、俯いている。
「ねえ、フレーナ。私、あんまりいい予感がしないんだけど」
テテュスが杖の先を触りながら、言った。
「……はい。でもリンドール閣下はご立派な貫禄と経験を持ち合わせているお方です。きっと重大なお話ですよ」
フレーナはそう返したが、正直言うと戦場に行くのは嫌だった。
戦場がどういった場所かはわからない。それは戦場に行ったことのある人間にしか分からないだろう。ただ、弾丸や魔法が飛び交い、人が無意味に殺されていく場所だということは赤子でも分かる。
憂鬱になる気分を心から追い払いながら、一行は謁見室に到着した。
「ねえ、フレーナ。素敵な殿方が居るわよ」
テテュスが謁見室の扉を指差した。
フレーナが顔を上げると、確かに綺麗なブロンドの髪の持つ長身のスラリとしたシルエットの男性が目に入った。そしてその男性はフレーナのよく知る人物だった。
「クロイツお兄様!? どうして此処に!?」
その金髪の男性は薄い笑みを浮かべた。
「フレーナかな? 大きくなったね。何年振りだろう」
「三年です。クロイツお兄様も凛々しくなられました」
「お世辞は止してくれ。私は昔と何も変わっていないのだからね」
クロイツという男性はテテュスたち、ワルキューレ隊に目を移した。
「そこのご婦人、君の顔はどこかで見たことがあるような……、お名前をお願いできるかな」
クロイツにそう微笑みかけられたテテュスは頬を今までにないくらい紅潮させた。急に普段とは打って変わり、おしとやかな態度を見せる。
「私、テテュス・レーゲルと申します。貴方は?」
「私はクロイツ・リリ・オルフェウス。オルフェウス王国第一王子です」
「お、王族の方なのですか?」
「ええ。フレーナの兄です。腹違いですが……」
そう言ったクロイツを見て、テテュスは考えるように頭を抱えた。
「やっぱりフレーナの家系は美男子、美少女揃いなのね……」
「そ、そんな事ありません」
「いいのよ、照れなくても。きっと貴方のお兄様も相当の美青年なんでしょうね~」
ルシフェルの事を話題に出されて、フレーナは少し肩を落とした。
現時点では生存が確認出来ても、実際に会わなくては意味が無い。何せ、兄ルシフェルと最後にあったのは七年前。もう顔立ちも声も変わっているだろうから、一目で判別がつくかの確信もない。
兄の話題を出されて、黙り込んでしまったフレーナの様子を悟ったのか、クロイツが整った顔立ちに柔らかな笑みを浮かべた。
「ルシフェルは生きているよ。きっとね」
「……はい。信じます。それしか私には出来ないですから」
「随分と立派だね。成長したのを見れて、安心したよ」
確かにフレーナは成長していた。
七年前までは泣き虫で、友達と喧嘩すると何時もルシフェルに泣いてすがっていた。ルシフェルはそんなフレーナの頭を何時も優しく撫でて、慰めてくれた。
でもルシフェルが居なくなってからは自分で解決しなくてはならなくなった。その過程で成長出来たのだと、フレーナは長い間思っていた。
「そう言えばクロイツお兄様、お兄様がここにいらしたという事は他の皆さんも?」
「ん~、どうだろうね。ナスターシャは私と一緒にここまで来たから王宮内に居る筈だよ」
ナスターシャの名前を聞いて、フレーナの脳裏に一つの記憶が蘇った。綺麗な薄い桃色がかったブロンドの髪の少女、フレーナの腹違いの姉の姿を映像化したものが脳裏に流れた。
「ナスターシャ姉さまが? 嬉しい!」
「フレーナはナスターシャと仲が良かったからね。後で見かけたら、フレーナが会いたがっていたことも伝えておくよ。それよりも今は謁見室に向かったほうがいいよ。リンドール殿が待ち兼ねているからね」
クロイツはフレーナに諭し、にこやかに手を振りながらフレーナ達とは反対方向に去っていった。
テテュスはその後姿を名残惜しそうに見つめている。
「話は済んだかしら? なら早くしましょう。閣下が待ちくたびれてしまうわ」
ミーナに背中を押され、一行は謁見室の扉の前に立つ。
王宮の仕来り通り、フレーナが扉を三回だけ叩く。王宮での謁見では初めに扉に触れていいのは謁見する側で一番身分の高い者となっている。ワルキューレ隊の中で一番身分が高いのはもちろん王族のフレーナだ。やはり第三十七王女の肩書きは伊達ではない。
フレーナは帝国との間に生まれたということもあって、王位継承権は第七十四番目と低い。宮廷では後ろ盾も少数の為、力不足だ。しかしフレーナの魔法の才能だけは認めざるを得なかった。そう言った面から見れば、実力で王室に残っていると考えても強ち間違いではない。
フレーナはノックの後、扉をゆっくりと開けた。大きなそれは少女の力からすれば、かなりの重労働だ。
謁見室には国王か、それの代理人が座る大きめの椅子と、椅子に向かって一直線に伸びるレッドカーペットがある。装飾は王宮の見栄もあってか、他の部屋よりも豪華絢爛だ。
そして今回、国王の代理人であるリンドール宰相は正面の椅子に座っていた。フレーナ達は静かな足取りで宰相の前まで歩みを進めた。
「宰相閣下、ミーナ・アルフレッド以下、ワルキューレ隊、ただいま参りました」
「そうか。ご苦労だった」
リンドールの声は威厳があった。
しかし軍人のような刺々しい印象は言動からも、容姿からも感じさせない。
「閣下、本日は何ゆえ、私どもを招集なさったのですか?」
ミーナがリンドールに尋ねる。
「そのことだ。用件は二つある。まず、早速で申し訳ないのだが君達にはタレイアへ向かってもらう」
「タレイア? 何故そこに?」
「昨日の事だ。帝国軍の先鋒隊がタレイアを陥落させた。奴らは兵力を海岸沿いから進ませると思わせ、内陸部のタレイアに攻撃を仕掛けてきた。君たち特科隊は王国軍の総大将を務めるマティアス・ロ・オルフェウス殿下の軍と合流してくれ」
「御意」
ミーナは短く肯定の返事を返した。
リンドールは次にフレーナに視線を移した。
「二つ目だ。陛下は、フレーナ様のお父上はやはり戦場に娘をそのまま放り出す訳にはいかないらしい。そこでフレーナ様に専属の騎士を付ける事になった。では、入って来たまえ」
リンドールは手元の鈴を二、三回鳴らした。
それを合図に、扉から一人の人物が入ってきた。二十代の薄い茶髪の男性で、腰には長剣が携えてあり、優雅に騎士のマントを羽織っている。そして一番の特徴は左手の中指に嵌っている赤紫の宝石が付いている指輪だった。そして顔立ちはフレーナたちとは若干、異なっていた。
その男性を見て、テテュスが疑問符交じりに呟く。
「邦人?」
男性は静かに頷いた。
そのままゆっくりとした足取りでフレーナに近づき、その正面に立った。深く一礼し、その男性は笑顔を浮かべた。
「本日付けでフレーナ様の専属騎士に任命されました、レイジ・ヒヤマです」
その邦人の男性は一言、自らの名を告げた。
その綴りは明らかにフレーナたちとは違っていた。
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中々面倒な設定もあるので、次回は用語集みたいなものをやりたいと思います。