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一章 ACT-8 タレイア戦役

次回より新章突入します。

 広大な草原が広がるタレイア地方。

 タレイア地方はエンデュミオン帝国との国境に面している州だ。その為、検問所や駐屯所がそこらに点在し、魔法使いの警備隊が常に巡回を怠らないという堅いイメージの州でもあった。豊かな水源があることもあり、果樹園が広がる川沿いを介すようにタレイアの町はあった。

 礼拝堂を中心に城壁が存在し、六芳星の形に伸びる大通りには幾つもの露店が店を構え、賑わいを見せていた。

 特に今週は物々しい雰囲気が町を支配していた。平時、この町の駐屯兵は三百人程だが、帝国との小競り合いの後は三千までに数を増やしていたのだった。


 町の商店街の一角でも商人や、市民の間で噂話が飛び交っていた。一人の派手な衣装に身を包んだ宝石商が隣の中年男性に最新の情報を教えていたのもそれだ。


「知っているか。まだ俺たちに知らされていないようだが、帝国からの宣戦布告の文書が送られたらしいぜ?」


 それに中年の男性が溜息を吐く。その顔には疲れによるものか、皺が何筋にも畳まれている。


「その話を聞いたのは、今日で四回目だ。お前もその類の話が好きなんだな」


「おいおい、商人がこんな噂話を逃すわけないだろう? 上手くやりゃ、大儲け。ビジネスチャンスだぜ」


「まあな。でも宝石商じゃ、無理だな」


「何を言うんだよ。着飾ってる貴族連中に戦勝祈願とか言っといて、安物の宝石やらを高値で売れば一儲けだ。漸く、小売り人からも脱出で一石二鳥!!」


 中年男性は溜息を再び、溜息を吐く。この野心家で考えの甘い宝石商の語る夢に呆れたのだった。第一、貴族を騙して、金儲けなんてバレたら酷い目どころか、生まれ来たことを後悔するような目に遭わされるに違いない。傲慢な貴族はそうだ。

 中年男性は苦笑いを浮かべて、その宝石商の肩を二回叩いた。


「ま、頑張れよ。俺は応援してるぜ。でも捕まらないい程度にな」


「あ、ああ。そうだな。捕まったら、元も子もねえや」


 男二人は笑いあい、再び商売に戻った。

 誰もがこの大戦での、最初の激戦に巻き込まれるなど予想もしていなかった。



 タレイアの街からそう遠くない場所に位置する森林地帯。鬱蒼とした広葉樹林が並ぶこの森は王国領にあり、尚且つ帝国領からも近かった。

 その森に騎兵の一団が居た。進軍中ではなく、森の中で陣を構えているのだった。旗印はもちろん帝国軍の所属であることを示す、蛇に二本の剣の紋章が描かれていた。

 その集団を率いているのが、仮面を被った男だった。

 仮面の騎士フィアは森が開けている場所に設けられた小型のテーブルに地図を広げて、睨みあいを繰り広げていた。その脇には鎖帷子を身に纏う騎士、エルヴィン・フェーンの姿があり、ユフィやローザ、カミラなどといった忠臣達が詰めている。

 フィアが地図のある一点を指差した。


「ここがタレイアの町だ。一方が川、残りの三方が畑、草原、果樹園になっている」


 フィアの冷たい声での状況説明に一同が頷いた。フィアは腕を組み、実体のない視線を上げた。


「斥候からの情報では、守備隊は三千。全てがもちろんのこと、魔法使いだ。しかしこれは少ないというべきさろう。帝国が王国に流した諜報のお陰で、我々の侵攻地点は海沿いからだと思われている。これを利用しない手は無いだろう」


「しかし、それでもこちらの兵力は五百騎程。敵は六倍以上ですな」


 エルヴィンが背後の騎兵を横目で見て、言う。


「その通り。普通なら攻撃は不可能」


「帝国本隊からの指令は?」


「帝国本隊はあくまで先発隊としても役割を果たせ、と言っている。恐らく神もそう言っているだろう。どうしても、と言うのなら本隊の到着まで待て、との指令も出ているが……」


 フィアは一息吐いた。


「我等の手で、本隊の到着前までにタレイアを落とす」


「なるほど。先駆けの功、ですかな?」


「半分正解だ。ここで落とせば、本隊の進軍スピードも上がるだろう。ならば自軍を優勢にするために最善を尽くすのが役目だろう?」


 エルヴィンは頷いた。

 この忠義に厚い男はフィアの考えが身に染みるほど理解出来る。目の前の仮面の騎士に拾われ、忠義を誓ったからこそ、彼は忠義の意味を履き違えることなく、理解出来るのだった。

 エルヴィンは普通の思考も持つ者の意見を述べた。


「しかしです。タレイアは城壁で囲まれた城塞都市です。本来、城を落とすのなら攻める側に守る側の三倍以上の兵力があってこそ落とせるものだ、と全ての兵法書にも記されております」


「全くだ。しかし兵法書も所詮、マニュアルでしかない。それは分かるか?」


「フィア様の仰ることに間違いはありますまい」


 エルヴィンは即答した。

 今、目の前にいるこの仮面の男は不可能を可能にするのであった。

 それは何時の戦でもそうだった。

 堅城を落とせ、と命じられれば命令通りに、それで被害を最小限に抑えて、落として見せた。殿を命じられれば必ず期待通りの働きを見せ、生きて帰って来た。

 きっと今回もそうなのだろう。

 エルヴィンの脳裏には英雄としてのフィア、自分の主人としてのルシフェル、両方の顔が浮かんでいた。エルヴィンは腰に帯刀していた剣を地面に置き、跪いた。次にフィアを見上げる。


「……私は一介の騎士で御座います。ならばご命令ください。あの町を攻略し、英雄として初戦を華々しい勝ち戦で飾るために」


 フィアは静かに頷く。その様子は上の者だというのに、厳かだった。


「では、命じよう。私と共に戦う事を」


 短い命令だった。

 しかしその命令は重かった。重い意味が込められていた。その言葉はエルヴィンの忠誠心に上塗りするように忠義を刻み付けるものだった。

 フィアは剣を腰に戻し、立ち上がったエルヴィンの姿を確認するや否や、自らの黒馬に軽やかに騎乗した。


「目標はタレイア陥落、作戦など要らぬ!」


 フィアは馬の尻を叩き、走らせた。エルヴィンも自らの馬に騎乗した。


「皆の者、フィア様に遅れを取るな! 続けーッ!」


 背後から罵声が巻き起こった。エルヴィンは馬を走らせ、主君の後を追った。



 タレイアの町は城壁で守られている。

 タレイアに駐屯する兵も各自、警備などの雑務に着任していた。その様な雑務の中でも、特に暇なのは城壁の物見であった。

 物見は敵を発見する以外、出番がない。要するに敵を発見しなくては手柄が上げられないということでもある。しかし敵が来ない場合ももちろん多く、大抵は一日中、城壁の上で過ごす。そのため、誰も着任したがらない雑務の一つに数えられていた。

 今日のタレイアの物見は二人の若い青年兵であった。

 二人は先日、魔法学校を卒業したばかりの初々しい訓練生だ。しかし帝国との戦ともあれば、兵力不足が生じるため、彼等のような新米魔法使いも従軍させるのであった。もう一つ、新米魔法使いは失っても損害が少ないから、という非人道的な理由も裏では語られている。

 背が高いほうの新米魔法使いが安酒を啜りながら、もうひとりの新米に話し掛けた。


「おい、また何か買ってきてくれ。暇でしょうがねえ」


「……たまにはお前が行って来い。俺は行かねえ」


「頼むよ。こんな任務、暇でしょうがねえんだ」


 背が低いほうの新米魔法使いはそんな同僚から目を逸らし、城壁の外を見つめた。青々とした草原が広がっている。

 そこに馬に騎乗した一団を見つけたのだった。

 先頭には黒きマントを身に纏い、仮面を付けた騎士が馬を操っている。

 新米魔法使いは至極動揺した。

 その仮面の男は誰でも知っている人物だ。

 恐怖の権化だ。

 奇跡の男だ。

 はたまた帝国の英雄だ。

 正義の味方だ。

 様々な顔を持つ仮面の騎士フィアが目の前にいるのだ。一生に一度あるかないかの経験。幸運にもその男を発見したのは新米魔法使いだった。

 彼は後世、この経験を人に語り継いでいくだろう。自分の上げた手柄として。


「敵襲! 仮面の騎士フィアだ!!」


 その新米魔法使いの怒声に近い声で一斉に魔法使い達が動き出した。

 杖を取り、城壁に上り詰める。フィアを本能的に恐れる彼等は近づく前に討とうと考えているのだった。これは彼等が臆病だということではない。

 兎が虎を前にして、逃げ出すのと同じ原理だ。もちろん中には微動だにしない者もいた。

 これはあまりに大きな存在を目にした時、身体機能が一時的に停止するのと同じだ。

 城壁の上に立ち、杖を構えた魔法使いは一斉に詠唱を開始する。杖からは虹の様に様々な色彩の魔法が飛び出し、フィアへと向かって飛んでいった。

 氷の矢。

 風の刃。

 炎の球。

 水の柱。

 光の槍。

 数え切れないほどの魔法が発射されていた。魔法の演舞と言っても過言ではない。

 それは演舞のように美しかったからだ。


 押し寄せる魔法をものともせず、タレイアの町へ距離を詰めるフィア率いる騎士団。フィアの背後にはエルヴィンは背中を守るかのように控えている。

 フィアは不意に城壁の門へと左手を伸ばした。その手から黒いという言葉では余るようなオーラを放つ漆黒の何かが放出された。

 漆黒の暗い色だというのに、そこに悪意は感じられない。

 フィアは左手に力を込め、口を開いた。


「エルヴィン、これから力を使う。その間の援護を頼まれてくれ」


「言われずとも!」


 エルヴィンが馬の尻を鞭で叩き、フィアの前に出て、剣を構える。

 エルヴィンの持つ剣は、エクスカリバー。

 魔法を吸収する事の出来る秘剣だ。それを使い、主人を討たんとする魔法を吸い込み、跳ね返す。

 フィアの左手のオーラが一段と禍々しく輝いた。それと同時に城壁の門に異変が起こる。それは全くのイレギュラーだった。もちろん王軍にとってのだ。

 門を支える蝶番が突如、発光して溶解したのだった。支えを失った城門は内側へと、地鳴りと共に倒れる。王軍の混乱がこれで一挙、高まった。

 その隙を見逃さない人間が、仮面の騎士フィアだった。フィア率いる騎士団が倒れて、無防備になった城門から一斉にタレイアの町に雪崩れ込む。

 城門を突破したフィアは馬を止め、腰から鋭い長剣を引き抜いた。


「我が名はフィア! 理に逆らいし者共よ、我と一太刀交える勇気を持ち合わせているのならば、勝負願おう!」


 突破された魔法使いの反応は様々だった。 

 直ぐに態勢を立て直し、杖を構える者。腰を抜かし、地面で這い蹲る者。フィアを目の当たりにして、逃げ出す者。


「腑抜けている!」


 フィアはただ一言、吐き捨てた。

 フィアが下馬し、王軍に切り込む。態勢を立て直した者は魔法を放ったが、遅すぎた。フィアの剣は前に立ちはだかる者、全てを平等に切り捨てた。

 フィアに続くようにエルヴィン率いる一隊が敵を蹴散らし、タレイアの中心部へと攻撃を開始した。一人が照明弾を宙に撃つ。

 それに応えたのは砲弾だった。山向こうに待機していた砲兵隊が砲撃を開始したのだった。


 勝負は呆気なかった。

 フィア率いる騎士団の強襲に、六倍以上の王軍は全くの無力だったのだ。あっという間に、圧倒的な制圧力で虚しく敗北を喫したのであった。

 この戦いで第二次魔法大戦が幕を開けた。

 同時にタレイアの駐屯兵は暇な雑務から開放されたのだった。

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