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第1話:10年分の孤独が溢れたら、異世界の美女が添い寝しに来た


「アルト、残念だが君の魔力測定結果は……今回も『ゼロ』だ」


 王都召喚士ギルドの測定室。ギルドマスターの冷淡な声が響く。

 中心に置かれた魔力測定水晶は、朝日を浴びて虚しく透明なままだった。


「10年だぞ。8歳で門を叩いてから毎日欠かさず通って、一滴の魔力も漏れ出さない。君の器は、底の抜けたバケツか何かなのか?」


 周囲からクスクスと下卑た笑い声が漏れる。

 特に、隣で最新の召喚獣であるフレイムウルフを従えている同期のエリート、ゼノンが勝ち誇ったように鼻で笑った。


「無能のアルト。お前の魔力は、誰の手にも届かないゴミなんだよ。そんな空っぽの器に、召喚に応じる物好きなんて世界中のどこにもいないさ」


 10年間、誰よりも早くギルドに来て、誰よりも遅くまで魔力を練る練習をしてきた。

 誰かと繋がりたい。誰かに必要とされたい。

 その純粋な願いは、この日、ギルド追放という最悪の形で踏みにじられた。


 放り出されるようにギルドを後にした僕は、気づけば王都郊外の『静寂の森』へと足を向けていた。


「……最後だ。最後くらい、全部出し切って終わりにしよう」


 ボロボロになった練習用の杖を握りしめる。

 魔法使いを辞める前の、せめてもの弔いだ。

 僕は体の奥底、10年間一度も外に出たことのない「何か」を、強引にかき集めた。


 実は、僕の体内には10年分の魔力が、出口を見つけられずにパンパンに溜まり続けていた。それはまるで、限界まで水が注がれた巨大なダムのようだった。


「……っ、出ろおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 喉が張り裂けるような叫びと共に、全精神を一点に集中させる。

 その瞬間、パキン、と。

 10年間、僕の魔力を閉じ込めていた「器」に、決定的なヒビが入った。


「ど、どわぁっ!?」


 ドバッ、という濁流のような感覚。

 10年間熟成され、濃縮され続けた膨大な魔力が、初めて外気に触れた。

 その魔力は、10年間の僕の「誰かに愛されたい」という強烈な孤独を吸い込み、外に出た瞬間に黄金の霧へと変質した。


 それは、魔力を超えた【至高の魅力フェロモン】。

 世界を狂わせるほどの色香を孕んだ光の柱が、僕を中心に天を貫いた。


「あ……ああ……。全部、漏れちゃった……」


 視界が黄金に染まる中、僕は確信した。

 魔力回路が爆発して、中身が全部空っぽになったんだ。

 きっと、僕はもうすぐ死ぬ。魔法使いとしてだけじゃなく、人間としても終わりなんだ。


 最後くらい、自分のベッドで眠りたい。

 僕はフラフラになりながら、王都の片隅にある安アパートへと這うように帰り、泥のように深い眠りに落ちた。


 ――その時、僕が放った「10年熟成の魅力」が、次元の壁を越えて魔界全土をパニックに陥らせていたことも知らずに。


 ◇


 翌朝。

 窓から差し込む柔らかな光と、小鳥のさえずりで目が覚めた。


「……あれ? 生きてる?」


 体が妙に重い。

 それに、部屋の中に嗅いだこともないような、甘くて、脳がとろけるような芳香が漂っている。

 寝ぼけ眼で横を向いた瞬間――僕の心臓は止まりかけた。


「…………おはよう。私の、運命のダーリン


 隣に、絶世の美女がいた。

 絹のような銀髪、透き通るような白い肌。そして、全裸に近い……というか、際どい黒い革の衣装に身を包んだ、暴力的なまでの美貌。

 彼女は幸せそうな、それでいて蕩けるような淫らな笑みを浮かべ、僕の腕に抱きついていた。


「ひ……ひぎぃぃっ!?」


 僕は飛び起きたが、彼女は離れない。むしろ、吸い付くように僕の首筋に鼻を寄せ、深く息を吸い込んだ。


「あぁ……たまらない。10年も待たせるなんて、いじわるね。あんなに素敵な誘惑(匂い)を振りまいておいて……他の女たちに奪われる前に、私が一番乗りで壁をぶち破ってきちゃったわ」


 彼女の背後を見ると、アパートの壁に、空間が無理やりこじ開けられたような歪な黒い穴が空いている。


「逆召喚……!? いや、逆指名といった方がいいかしら?」

「さ、さ、さ、殺される……! 死神に魅入られたぁぁぁ!」

「ふふ、殺さないわよ? 貴方は今日から私の主。そして、私の旦那様なんだから。さあ、もう一度寝ましょう? アルト……」


 彼女の指先が、優しく僕の頬を撫でる。

 その瞳には、狂おしいほどの愛と執着が宿っていた。

 僕の10年分の孤独が招いたのは、最強の魔族による「強制添い寝」という、あまりにも甘美で恐ろしい破滅(?)だった。


「だ、誰か助けてえぇぇぇぇ!」


 僕の絶叫は、朝の王都に虚しく響き渡った。


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