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第95話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。


 「私達、今日でお別れだね」

 「そうだな」

 「辞世の句はある?」

 「最後の最後で俺を抹殺するつもりか」


 俺達は二次試験を終えて、もう三月を迎えていた。俺が通っている高校は、待ち遠しい合格発表の前に卒業式を実施して、アイツが通う女子校は合格発表の後に実施する。


 卒業式が終わったら俺がこのバス停を使うことはなくなるため、こうしてバス停で彼女と会うのは、今日が最後ということになる。ぶっちゃけ、卒業式には親も来るのだから車で送ってもらった方が楽だったのだが、約束してしまったからな。


 「ね、君にとっての一番の思い出って何?」

 「学校でチェーンソーを振り回したことだな」

 「君の学校ってそんなに治安ヤバかったの?」

 「お前はどうなんだ?」

 「私はね、幼稚園児のコスプレして体育祭に出たこと」

 「お前はそれで良いのか……?」


 胸についていじると泣き出してしまう彼女だが、周囲から可愛い可愛いとチヤホヤされるのはまんざらでもないのだろうか。いうて本物の幼稚園児はもっとミニマムサイズだと思うのだが。


 「もう引っ越しの日程とか決めてるの?」

 「合格発表当日までわからないが、物件はもう押さえてるし、荷物もある程度まとめてる」

 「準備が良いね。私も一応準備してるけど、本当に受かってるかわかんない」

 「自信ないのか?」

 「というか、やっぱ地元離れるから不安って感じ」


 今まで旅行でぐらいしか訪れたことのない大都会に住むことになり、田舎とは全然違う環境や文化に戸惑うことも多いだろう。俺は家族にそういう経験者が多いから色々助言は貰っているが、やはり自分がちゃんと一人暮らし出来るのかという不安も大きい。


 「はーあ。とうとう君ともお別れかぁ」

 「寂しいか?」

 「うん」

 「へぇ、素直だな」

 「そりゃ、なんだかんだ毎朝のように会ってお喋りしてたんだから。私、そんな薄情じゃないよ」


 今日、出会った時こそ明るく振る舞っていた彼女も、段々と声のトーンが落ちてきていた。


 「ありがとね」

 「何がだ?」

 「色々」

 「そうか。ありがとな」

 「何が?」

 「色々」

 「そ」


 彼女が言う色々が一体何を含んでいるのか、そして俺が言う色々が何を意味していて、それが彼女にどう伝わったのかは、この際考えずにいよう。

 感謝の言葉を貰えたら、それで十分だ。


 「ね、あのさ」

 「何だ?」

 「私達、また会えるかな?」


 彼女は名残惜しそうにそう呟いたが、この別れが寂しいのなら、それを多少紛らわす方法だってあるはずだ。

 彼女はその方法を知っているはずなのにそういう手段をとってこないということは、心の何処かで俺と深い関係になることを躊躇っているのか、ただ単にその勇気がないのだろう。


 「生きてりゃ、いつかは会えるだろうさ」


 お互いに携帯を持っているのだから、連絡先さえ交換すれば離れ離れになっても簡単に連絡を取り合うことだって出来る。


 しかし、俺達はお互いの名前を知ってはいるものの、結局それ以上は進んでいない。毎朝のようにバス停で出会って数分間お喋りするだけの関係を続けていたのだ。


 俺達の関係の進展を妨げていたものは、一体なんだろう?


 「ね、私達って友達だったのかな」

 「さぁ、どうだろうな」


 顔を合わせた回数は、俺の身の回りの知り合いよりかはきっと多いはずだ。


 「じゃあさ、君にとって私は友達だったの?」

 「ご想像にお任せする」

 「なにそれ、ずるい答え」


 他の友人達とは話せないようなぶっ飛んだ話が出来る相手は、きっと彼女ぐらいしかいなかっただろう。


 「じゃあ、私が君のことを友達って括りに入れてたと思う?」

 「ただのマゾな奴だろ」

 「うん、大体正解だね」


 しかし、俺達はお互いのことを殆ど知らないままだ。会うのはこのバス停ぐらいで、お互いに相手が学校でどういうキャラなのか知らないし、公の自分と私の自分がどれぐらい違うのかを知るはずもない。


 もしかしたら……俺達は無意識の内に、お互いの世界に干渉しないようにしていたのかもしれない。


 「せっかくだしさ、今日だけ友達ってことにしない?」

 「わざわざそう宣言する意味もないだろ。今日で最後だっていうのに」

 「ワンナイトフレンド的な」

 「一気にいやらしい意味に聞こえてきたな」

 「要はセ◯レだもんね、意味的には」

 「やめろやめろ」


 あと一歩、あと一歩さえ踏み込んでしまえば、俺達は何らかの繋がりを持てる関係に進展するはずなのに。


 すぐ離れ離れになってしまうのに、今更何か事を起こそうという気にはなれなかった。

 きっと、彼女もそうなのだろう。俺達はお互いに自分の素を知られるのが怖くて、怯え続けていて、そして、別れざるを得ない運命にあるのだ。


 そして、俺が乗るバスが向こうの交差点の信号で止まっているのが見えた。

 もう、別れの時は近い。


 「さよならだね」

 「あぁ。またいつか、出会えると良いな」

 「私、立派に成長するからね。心も体も」

 「体はもう成長しないだろ」

 「なにをぉ。身長もバストも倍になるもん」

 「その数値が倍になったら化け物だろ」


 俺達は、今にも表面に出てきてしまいそうな寂しさや悲しさをこらえて、明るく振る舞うように努めていた。


 「私のこと、忘れないでね」

 「忘れられないさ。俺のことは、そういえばそんな奴もいたなぐらいの感覚でいい」

 「わかった」


 そう、それぐらいの存在感でいい。きっと俺はこれからもたくさんの人と出会い、そして別れることになるだろうが、彼女のことを忘れたくはない。


 

 そして、とうとうバスが目の前に停車した。

 

 「アリーヴェデルチ」

 「お前は最後の挨拶がそれで良いのか?」

 「かっこよくない?」

 「俺はどう返せば良いんだよ」

 「レロレロレロレロとか」

 「正気を疑われるぞ」


 そう明るく振る舞おうとしても、もう別れは目の前まで迫ってきていた。


 「頑張ってね」


 彼女は、バスに乗り込もうとする俺の制服の袖を掴んで、そう言った。


 「あぁ。お前は程々にな」

 「うん」


 お互いを励まして。


 「今まで、ありがとね」

 「こちらこそだ。迷惑かけたな」

 「ううん、そんなことないよ」


 お互いに感謝して。


 「じゃ、またね。秀樹君」

 「あぁ、またな。つかさ」


 別れの挨拶は、それだけで良かった。

 


 俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。

 いつもは俺に変顔を向けてくる彼女が、今日だけは、笑顔で俺に向かって手を振っていたのだった。



 やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。


 「もう卒業か~。もう少し高校生でいたかったよな~」

 「お前はなんで卒業式当日も当たり前のようにバス通学してるんだ?」

 「永野だってバスに乗ってるじゃねぇか。良いだろ、最後の日常を味わっていたって」


 俺が卒業式当日である今日もバス通学を選んだのは、そういう理由があったからかもしれない。


 「結局さ、永野ってつかさとどこまでいってたんだ?」

 「さぁな」

 「好みじゃなかったのか?」

 「さぁな」

 「はぐらかしやがって~」


 俺達の関係なんて、あくまで一過性のものに過ぎない。俺も彼女も、大学生になって、そしていつかは社会人になって多くの人と知り合っていく中で、自分の価値観も大きく変わっていくだろう。

 

 だから、例え俺と彼女の関係がどれだけ進展していたとしても、今日こうして別れたように、いつかは終わりが来ていたのかもしれない。


 だから、俺は都つかさという人間を、俺の青春時代を彩ってくれた大切な存在として、思い出の中に残しておきたかったのだ。


 彼女とまたいつか出会えた時は、お互いにどんな立場の人間になっているかはわからないが、この青春時代に交わしたバカな話を思い出して、またゲラゲラと笑い合えたら良いなと、俺は思っている。



 また会おう、都つかさ。


 俺は、君との出会いも別れも、きっと忘れないだろう…………。



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