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第83話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、白いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。


 「ね、天の川って女神様の母乳から生まれたらしいじゃん?」

 「ギリシャ神話の女神ヘラだな」

 「あれってゼウスの精液とかじゃダメだったのかな?」

 「お前は相変わらず朝からフルスロットルだな」


 最近、コイツは何かと宇宙を話題にしてくるような気がする。最近になって宇宙にハマりだしたのだろうか、大分沼だと思うが。


 「ほら、ギリシャ神話って平気で飛び散ったりするじゃん、そういうの」

 「興奮しながら女神を追いかけたりもするからな」

 「だから天の川の成り立ちが母乳じゃなくて精液でも良かったんじゃないかなって」

 「逆に言うが、お前は夜空に流れる精液の川を眺めたいか?」

 「まだ唾液の川って言われた方が良いかもね」


 古代ギリシア人が唾液に神秘性を感じていたなら天の川が女神の唾液を源流としていたかもしれないが、天の川を見てあれを母乳に例えるのも中々クレイジーだと思う。


 「でもさ、もし古代ギリシア人がブラックホールの存在に気づいてたら、天の川を精液って例えてたかもしれないじゃん」

 「どういう意味だ?」

 「もしもさ、君がブラックホールを人間の身体の部位に例えるならなんて言う?」

 「肛門」

 「それって何でも出てきちゃう方でしょ。じゃなくて、ブラックホールって吸い込む方じゃん?」

 「なるほど、お前が言いたいことはわかった。そうだとしても、もっとマシな例え方があるだろ。天の川が母乳なら、ブラックホールは誰かの口とか」

 「女神の下の口かもしれないじゃん」

 「下の口って言うんじゃない」


 仮に古代ギリシャにブラックホールの存在を理論的に説明できる天才が存在したとして、それを「お、じゃあこれを女神の下の口ってことにしよう!」と考えるだろうか? いや、古代ギリシア人なら考えそうではある。


 「お前、夜空を眺めながらそんなことしか考えてないのか?」

 「うん」

 「毎日?」

 「そだね」


 あんなに壮大で神秘的な自然を眺めていてもバカなことしか考えないのは、いかにもコイツらしいと思えるのだが。


 こんなバカらしい話をしている彼女の笑顔が、いつもと違うように感じられた。


 「お前、何か具合悪いのか?」


 すると、彼女はとぼけたような表情で答える。


 「へ? 私、今日生理じゃないけど」

 「そういう意味じゃなくてな」

 「別にどこもおかしくないよ?」

 「そうか。頭以外は大丈夫そうだな」

 「なにをぉー」


 問題は、その肝心な頭が……いや、心がやられてそうに思えるのが少し気がかりだ。

 コイツが朝っぱらからフルスロットルなのは珍しいことではないが、今日の彼女はどこか無理して明るく振る舞っているように見えたのだ。


 「あまり夜ふかしするなよ」

 「じゃあ君がスリーピングコールしてきてよ」

 「永遠に眠れってか?」

 「デスコールじゃんそれ」


 だが、どうも彼女を詮索する気にはなれなかった。

 彼女が抱えている何かを理解するには、この朝の限られた時間は短すぎるのだ。



 そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。

 彼女に元気がないのは、俺が彼女の変顔に笑わないからだろうか? それとも、何か……。


 

 やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。


 「なぁ永野。チャンドラセカール限界かカタストロフィー理論について語り合わないか?」

 「そのなんとなくかっこいい用語を口に出したいだけだろ」

 「エラトステネスの篩とかシュバルツシルト半径とかな。日常会話でさり気なくそういう用語言ってみてぇ~」


 新城も朝から中々ハッピーな脳みそをしているらしい。

 だが、その新城の持ち前の明るさは、何か無理をしているようには見えない。


 「新城、お前って悩みとかあるか?」

 「何? 永野が相談にのってくれるの? 俺、最近和服を着た女の幽霊にストーキングされてるんだけどどうすればいい?」

 「映画館にでも行ってこいよ」

 「逆転の発想か!」


 新城は今のところハッピーに生きているみたいだが。

 最近のアイツは、どうもそうでないように思える……。

 


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