第8話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「今日も暑いね」
「お前いつもそればっか言ってないか?」
「大丈夫だよ、私の懐は毎日寒いから」
「毎朝コーヒー買ってるからだろ」
良いじゃない、これが朝のルーティーンなんだから。なんとなく、朝はコーヒーを口に入れないと頭がシャキッとしない気がする。カフェインを摂取したいならエナドリでも良いかもだけど、それだと風情がないね。
そして、私がアイスコーヒーを飲んでいると、隣に立つ彼は私の体をジーッといやらしい目つきで見つめながら言う。
「スカートを短くすれば、少しは涼しくなるんじゃないか?」
「エッチ」
「なんかゾクゾクする」
「変態」
「もっともっと」
「完全変態」
「方向性間違ってるぞ」
罵られて興奮するだなんて、ますますM気質に磨きがかかってるね。三年間かけて調教すれば良い感じになるかも。いや、なったところで私には関係ないけど。
「お前の学校の制服、いかにもお嬢様学校って雰囲気だよな」
「そう? お嬢様に見えるかしら?」
「普段の言動で台無しだがな、お嬢様もどき」
「なにをぉ。でも、別にそんな格式の高い学校じゃないよ、ウチは。校則が厳しめってだけで」
「スカートの長さも決まってるのか?」
「うん、これでギリ」
私のスカートの丈は、膝がギリギリ見えるかどうかというところ。本当は膝が見えたらダメって校則は言ってるけれど、段々と短くしていったら案外バレないものだ。
「しかし、けしからんな」
「何が?」
「今は個人それぞれの個性を尊重する時代だろう、そんな校則とかいう古いしきたりで若人を縛るのはどうかと思う」
「本音は?」
「もっと女子の太ももを拝みたい」
「君って結構自分に正直だよね」
「よく言われる」
私達がお互いにこんなおっぴろげに話せるのは、割と相手のことをどうでもいいと考えているからかもしれない。私は友達を変態呼ばわりしないし。
「せっかくなんだし、お前ももっと太ももを出してみたらどうだ?」
「そんなに拝みたいなら、いっそのこと触ってみる? ほれほれ」
「お前は朝から何を言っているんだ?」
「正気に戻んなし」
賢者モードというやつになったのかな、朝っぱらから。いや、朝っぱらから興奮してるのも大概クレイジーだと思うね。男子ってそういうもん?
「男子って良いよね、スラックス涼しそうで」
「スカートって風通し良さそうに見えるが」
「これね、座ってると結構蒸れるんだよ。もうぐっしょり」
「じゃあ、女子のスカートの中に潜り込んだら結構地獄ってことか」
この人は何を冷静に分析してるのだろう。
「ま、どうしても私のパンツを拝みたいなら、地獄に落ちるのも悪くないんじゃない?」
「ちなみに、今日は何色なんだ?」
「んっとね~……ちょっと待って」
私は彼に背を向けて、自分の色を確認してみる。
「水色だったわ」
「お前、今目視で自分のを確認しなかったか?」
「何色だったか忘れちゃって」
「そんな無頓着なもんか?」
「じゃあ、君は自分の覚えてるの?」
「今日は勝負の赤だ」
「なんでまた?」
「今日はグループディスカッションがあるんだ……」
グループディスカッションに勝負かけすぎでしょ、この人。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
……ぐぎぎ。今日も無反応。こんな美少女がとっておきの変顔を作ってるのに笑わないだなんて、アイツに感受性ってのは無いのかな。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
私は岩川ちゃんの足元をチラッと見る。岩川ちゃんは私よりスカートの丈は長くて、完全に膝が隠れている。私よりかなりザ・お嬢様オーラが溢れてるね。
「岩川ちゃん、スカートを短くするつもりはない?」
「え? どうして?」
「いや、でも隠れてる方がミステリアスなエロさがあるかも……」
「都さん? 朝から何を言っているの?」
ダメだダメだ、岩川ちゃん達のようなノーマルな友達相手に、アイツと同じレベルの思考をしてはいけない。
「ごめん、岩川ちゃん。私、暑さでちょっと思考がおかしくなってたかも」
「最近はこの時期でも暑いもんね」
「そんなにスカートが長いと余計に蒸れたりしない?」
「大丈夫だよ、今日ははいてないからいつもより涼しいもん」
「そうなんだ……え?」
今、岩川ちゃんから信じられない発言が出てきた気がするけど、気のせいかな。
うん、気のせいに違いない。こんなザ・お嬢様な岩川ちゃんが変なこと言うはずないもんね。