第78話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「私達、とうとう三年生になったね」
「無事に進級できたんだな」
「私、こう見えても結構成績良いんだからね?。君の方こそ危なさそうなのに」
「ハッ、何を言うか。俺だってこう見えても成績優秀なんだ。侮るなよ」
「じゃあ模試で勝負とかしてみる? 私が勝ったら君の名前教えて」
「じゃあ俺が勝ったらお前の靴をくれ」
「やっぱノーゲームにしよ、この勝負」
「残念だ」
仮にも私が負けてしまった時、どんな反応をすればいいかわからなくなっちゃうからね。流石に冗談だろうけど。
「俺達もいよいよ受験生だな。落ちるとか滑るって言葉に敏感になる時期だ」
「君もやっぱり進学なの?」
「あぁ、そうだな。いずれ世界を救うヒーローとなり、そして人類の敵となって太陽へ飛び込むために俺はスーパーエリートになるのだ」
「鉄腕ア◯ムみたいな最後じゃん」
この人にヒーローっていう肩書は似合いそうにないけど、スーパーエリートにはなってそうなのがちょっと憎いよね。もしかしたらス◯パーマンみたいに電話ボックスで変身してるのが似合うかもしれないけど。
「お前も進学か?」
「うん、そうだね。まだどこに行こうかってのは決まって無いんだけど」
「え、マジで?」
「なーんか、そういう難しいこと考えてると嫌になっちゃってさ。まだ迷ってるところ」
でも進路とか志望大学とか決めてないと先生にガミガミ言われちゃうから、なんとなく有名な大学を入れてみただけ。それでも先生は嬉しそうに君の学力なら大丈夫だって言うんだから簡単だよね。
でも、この人はそんな簡単じゃないらしい。
「別に、今の時点で全部決める必要はないだろうさ」
いつもはふざけたことばかり言っている彼が、私の隣でそんなことを言う。
「俺だって何かしらの夢を持って進学したとしても、大学に入ってからの経験で自分の気持ちが変わるかもしれない。なら別の夢を目指してみるのも良いし、社会に出てからでももう一度大学に入り直して、新しい夢を目指すための勉強を続けたっていいだろう。案外やり直しってものはどんなタイミングでも効くものさ、諦めさえしなければな」
……こういう時にそういうこと言ってくるの、ちょっとずるいよね。
「じゃあ私、留学とかしちゃおっかな」
「どこに行きたいんだ?」
「アメリカ」
「お前みたいな奴にビザが発給されるわけないだろ。中米に強制送還されるぞ」
「せめて日本に送り返してほしいんだけどなー」
でも留学って海外旅行感覚で行くべきじゃないよね。でも英語を現地で学びたい気持ちはちょっとある。アメリカとかオーストラリアとかの英語じゃなくて、イギリスのブリティッシュイングリッシュってやつ。もっと言うならオックスブリッジってやつ。
「君も留学してみたくないの?」
「そこまで興味はないが、バックパッカーにはちょっと憧れてるところもある。行き当たりばったりで旅をしてみたい」
「でも途中でギャングとかに撃たれそうだね、君」
「その確率が高そうだから、中々踏み出せそうにないな」
後々になってニュースとかでこの人が海外で殺されたって知ったら流石に悲しくなっちゃうね。そもそもこの人の名前を知らないから知りようがないけど。
でも、こういう話をしていると。
この人と離れ離れになるかもしれない時が近づいてきているんだと、ひしひしと感じてしまう。
やっぱり、寂しいよね。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
私がアイツに変顔を向けられる時間も、あと一年を切っちゃった……私はあとどれだけのバリエーションの変顔を生み出せるのかな。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。今年も一緒のクラスになれるかな?」
「例えクラスが別々になっても、私と岩川ちゃんの心はいつも繋がってるから……」
「トンネルで繋がってるのかな?」
「地中から繋げようとしないで」
ちなみに岩川ちゃんは私とは違う大学を第一志望にしているけれど、距離は近いから大学生になっても割と会えるはず。
でも私の志望大学はまだふわふわしてる状況だから、岩川ちゃんと一緒に大学を受けるのもありだけど……そんなので良いのかな、私。




