第77話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、私服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
さて、本日は四月一日。俺の十七回目の誕生日である。
新学期が目前に迫ったタイミングで誕生日を迎えると、たまに自分の学年がわからなくなってしまう。
「誕生日おめでと」
「おう。プレゼントは?」
「プレゼントを貰う側の態度とは思えないな~」
「この偉大なる俺に供物を貢ぐ権利を与えよう」
「いや方向性違うし、何かの漫画にそういう感じのキャラいたでしょ」
俺はバレンタインチョコに関しては欲しくて欲しくてたまらないのだが、誕プレについてはそこまで思い入れはない。それぐらいなら俺の友人だってくれるし……いや、誕プレをくれるような女子は他にいないけども。
「ま、そんなに欲しいならあげてやらないこともないけどね」
すると彼女は鞄の中から大きなリボンを取り出して自分の頭に装着すると、俺に満面の笑みを向けて言った。
「プレゼントは、ワ・タ・シ♪」
なるほど。自分にリボンをつけてプレゼントに見立てているというわけか。
「お前には失望した」
「いやなんで」
「エイプリルフールも程々にしとくんだな」
「こんなに可愛い美少女がプレゼントなのに、そんなテンション低いことある? なんなの、賢者タイムなの?」
漫画とかアニメとかの世界でそういう演出もあるにはあるらしいが、それを現実でやられてもちょっと引いてしまう。何かしらの行為をご褒美にくれるのなら良いが、人を物として扱うのはどうも気が乗らない。
「お前はまだまだガキンチョなんだから、そんな背伸びした真似はするんじゃない」
「ちぇー。ちょっとぐらい喜んでくれたって良いじゃん……」
彼女はぶつぶつと文句を言いつつ、頭に装着したリボンを外して鞄の中へ放り込んだのだった。
「ま、私がプレゼントってのは流石に冗談なんだけどさ。今年はどんなプレゼントにしようかめっちゃ迷って、じゃあいっそのこと天命に身を委ねようと思って、君が前に言ってた商店街の福引を引いてみたんだよね」
「人に渡すプレゼントを天命に任せようとするんじゃない。で、何か当たったのか?」
「私はね、勿論一等狙いだったんだけど……」
そう言いながら彼女は鞄の中からウサギのぬいぐるみを取り出し、申し訳無さそうに俺に差し出したのだった。
「そうか、五等だったか」
「なんかごめん、私の誕生日はあんなに良いの貰ったのに」
「気にするな。こういうのは金額じゃないさ。お前だって、俺から現金一万円貰うよりも、手作りのマフラーとかぬいぐるみ貰った方が嬉しいだろ?」
「一万円の方が良い」
「まぁ、そうだよな」
彼女が本当に申し訳無さそうにしていたので俺は場を和まそうと思ったが空振りに終わってしまう。
まぁ、旅行券なんて貰ってもそれはそれで気が引けてしまうし、俺はコイツとそんな深い関係性じゃないんだから、プレゼントぐらいテキトーでも良いだろう。
「これ、盗聴器とか仕掛けられてないよな?」
「せっかく女の子から貰ったプレゼントなのに嬉しくないの?」
「盗聴器をプレゼントされても嬉しくないんだが」
「大丈夫だよ、君って勘が良さそうだったから仕掛けてないもん」
「俺が勘の悪そうなバカだったら仕掛けられていたのか……」
「聞いてみたかったよね、君が絶頂を迎える時にどんな声を出すのか」
「またの機会にな」
ウサギのぬいぐるみは結構大きいサイズだし鞄がパンパンになりそうだ。なんか肩に乗っけられたら良いんだが……お、乗っかった。
「あ、それって良い感じに肩に乗るんだね」
「こういうキャラいそうだよな」
「鳥とかネコなら見たことあるけどね。どんなお供なの?」
「シリアルキラーだ」
「私、とんでもないものプレゼントしちゃったね……」
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
顔を見られるのが恥ずかしかったので、アイツから貰ったウサギのぬいぐるみで自分の顔を隠してみせた。
やがて俺の友人である新城と合流したのだが、奴は乗車して俺の姿を確認した途端、なぜか怯えたような表情をする。
「な、永野、お前……とうとう罪のない生き物の命を奪ったのか!?」
「朝から何を言っとるんだお前は」
「だってお前、肩にウサギの霊が乗っかってるぞ」
「お前にはこれが化けウサギにでも見えてるのか」
と、冗談を交わしつつ新城は俺の後ろの席へと座る。
「で、なんでそんなの持ってきたの? 没収されるんじゃね?」
「誕プレで貰ったんだ」
「誰から?」
「名前もわからん奴から」
「知らない人から物を貰っちゃいけませんって、小学生の時に習わなかったのか?」
「大丈夫だ。例え盗聴器や小型カメラが仕掛けられていようとも俺は怖くない。どんな姿の俺も見せつけてくれる」
「不毛過ぎる戦いだな、変態VS変態」
最近、新城の奴も俺の本性を理解してきたようで悲しい。俺はもうちょっと真面目なキャラで生きていくつもりだったのだが、多分毎朝のようにアイツとバカみたいな話をしているせいだ。




