第76話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服の上に紺色のコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
さて、今日は三月十四日。
一体何の日かなんて、言わなくてもわかるよね。
すると、彼の方から私に声をかけてきた。
「なぁ、今日は何の日だと思う?」
「とうとう世界が滅亡する時だね……」
「隕石でも降ってくるのか?」
「ううん。遥か彼方の宇宙連邦から送り込まれたスパイである私が同胞達を呼び寄せて、この愚かな人類が作り上げた文明を滅ぼすんだよ」
「そうか……人類の歴史も短いものだったな」
いや諦めるの早いね、この人。人類の歴史は短いって言っても、有史時代だけでも何千年って続いてれば十分だと思うけどね。
そんないつものどうでもいいおしゃべりは良いとして、彼は鞄の中からホワイトデーのお返しを取り出したのだった。
「ほらよ、お返し」
「わぁ、ホントにポ◯キーだ」
「ト◯ポもあるぞ」
「わぁ、最後までチョコたっぷり」
「プ◯ッツもある」
「パクパクしたくなるね……って、どんだけ持ってきてるの!?」
しかも全部箱じゃなくて大袋に入ってるやつだし。
「こんなに持ってくると怒られない?」
「バレたら全部燃やされるだろうな」
「容赦ないね、君の学校。せっかくだしポ◯キーゲームやらない?」
「受けて立とう。先攻はお前な」
「じゃあ私のターン。五円チョコを守備表示で召喚!」
「お前には何が見えてるんだ」
流石にたくさんの車が通る道路の脇でやることじゃないよね、ポ◯キーゲーム。この人がどんな反応をするかとても気になるけど。
「そういえばなんだが、お前の学校に都って奴いるか?」
「……へ? みやこ?」
突然彼の口から信じられない名前が出てきて、私はびっくりしてしまう。
「知り合いか?」
「う、うん、一応ね。その子がどうかしたの?」
「俺の友人が、ソイツに告白したらしいんだが振られたらしい」
ふーん、あ、そう。
その都って人、なんとなく知ってるような気がするね。そういえばこの間、同じ中学だった新城って男子に突然呼び出されて告白されたような気がするけど、まさか私のことじゃないよね。私の学校に通ってる生徒で都って名前の人、私しかいないような気がするけど気のせいだよね、きっと彼はパラレルワールドの話をしてるんだよ。
「ウチの学校の生徒ってだけでなんとなくブランドがあるもんね。他校の男子に告白されたって話、よく聞くよ。で、その都って人に何か用事でもあるの?」
「いや、俺の友人が褒め称えていたから、そんな有名人なのかと思ってな」
「その人、まだ未練残ってるっぽい感じ?」
「振られたけどゾクゾクしたって言ってたな」
「クレイジー」
新城君もこの人と一緒でマゾ気質なのかな。類は友を呼ぶっていうのかな、でもこの人が知り合いってのもなんだか驚き。でも同じ学校に通ってて同じ学年だったら知り合いでもおかしくないか。
「なんか最近、私の周りでもそういう恋バナよく聞くんだよね。やっぱり来年は受験で忙しいから今のうちにって皆考えるのかな」
「駆け込み需要みたいだな。俺もそういう話をよく聞く」
君はどうなの、と聞こうと思ったけど、やっぱりやめた。
この人って好きな人とかいるのかな。学校だと結構真面目みたいだし、そんな恋にうつつを抜かすぐらいなら勉強してそうなタイプの人だし、あまり興味なさそう。
私は……どうなんだろ。
別に新城君も悪くはなかったんだけどね。
どうしてだろ。
私、何が嫌だったんだろ。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私は口にポ◯キーを咥えて笑ってみせた。
お、なんか動揺してる気がする。今日は大成功だね。
そして数分後、私が通う学校方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。ねね、聞いたよ。告白されたって」
「あー、うん、そうだね。振っちゃったけど」
「どうして?」
「んー、まぁ、なんとなくだね」
なんとなく。
そう、なんとなくが良い。なんとなく生きていたい。
難しいことなんて考えずに、気楽に、なんとなく……。




