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第75話



 「グッモ~ニ~ン」


 今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。


 「グッモーニン」


 俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服の上にグレーのコートを着たアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。


 「ね、私、お城に住みたいんだ」

 「また唐突だな。どうしてまた?」

 「お姫様になりたいんだ」

 「子どもみたいな夢だこと」

 「なにをぉ」


 コイツもちゃんとしたドレスとかを着ればお姫様っぽくなりそうなものだが。美人三姉妹の末っ子みたいな感じで。


 「でもさ、ただお姫様として生活するんじゃなくて、姫武将として戦ってみたいんだ」

 「あぁ、槍とか持ってな」

 「私はハンマーが良いかな」

 「姫って肩書の奴が使ってそうな武器とは思えないんだが」


 コイツの体躯でハンマーを持っても、多分ハンマーの重さとか遠心力に負けてしまいそうなんだが。

 

 「お前は魔法使いとかヒーラーっぽいけどな」

 「それも良いかもね、聖女的な感じで。でもやっぱり戦国時代の姫武将とかに憧れちゃうんだよ。井伊直虎とか甲斐姫とか立花誾千代みたいな感じの」

 「お前に戦乱の世を生き抜くことが出来るとは思えないんだが」

 「なにをぉ。じゃあシミュレーションしよ。君は明智光秀ね」

 「討ち取られる未来しか見えないんだが」

 「私、本能寺の変で死んだ後にTS転生した織田信長ね」

 「世界観どうなってるんだ」

 「でもね、ガチムチの暑苦しい男と結婚したくないから、満開に咲き誇る百合の楽園を作るために天下を統一するの」

 「今川義元とか信長包囲網はどうするんだ?」

 「上手く選択肢を選んでいけば好感度上がるから、後はハーレムエンドを目指すだけだよ」

 「ギャルゲーの世界観だったか……」


 信長包囲網が足利義昭とか上杉謙信達から囲まれて一斉にラブレターを貰ってるというカオスな絵面になりそうだ。別にTS転生しなくても、女体化した信長なんて何百人と存在しそうだが。


 「日本のお城もかっこいいけど、やっぱりヨーロッパのもいいよね。あの……美味しいワインしゅきしゅき城みたいな名前の、有名なとこってなんだっけ」

 「ノイシュヴァンシュタイン城だろ。どんな覚え方してるんだ」

 「あ、そうそうそれそれ。あんな感じのお城にある塔に閉じ込められてる謎のお姫様的な存在になりたい」

 「殆どお化けみたいじゃないか?」

 「でもお城ってそういう怪談話もつきものじゃん。やっぱり色んな人が非業の死を遂げてるからさ。だから観光客に自分のパンツをチラチラ見せるお姫様の幽霊とかいたらいいのに」

 「観光客が殺到しそうだな」


 一体この世にどんな未練を残したらそんな幽霊が生まれるんだか。でも露出狂の幽霊がいても良いと思うんだがな。もっと露出したかった……みたいな未練が残っていそうだし。


 「君ってさ、お城好き?」

 「ここら辺でも戦国時代の城の跡地は結構残ってるから、見に行ったりするぞ。天守閣も塀もないし、残っているのはボロボロの石垣ぐらいだが、その場所に立ってるだけで、昔の光景を想像できるんだ」

 「どんな光景?」

 「そりゃ勿論、殿様と姫様の夜伽の……」

 「ろくな光景じゃないね」


 ここら辺には全国的に知名度のある城郭はないものの、地元自治体の看板ぐらいは建っている城趾があちこちに残っている。大体はただの山だが、この場所が戦略上どういう役目を果たしていたかだとか、あっちにある城をどう攻めようかとか、そういうのを考えるだけでも楽しかったりする。


 「もしも私が攫われたら、お城まで助けに来てね」

 「どっかのモモの姫みたいだな」

 「クリみたいな奴を見かけたら容赦なく踏み潰してね」

 「カメとか花の化け物とかもな」

 「キノコを見かけたら全部食べるんだよ」

 「度胸あるよな、あの配管工」


 

 そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。


 「んじゃ、ハブアグッドデイ!」

 「ユートゥー」


 俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。

 うむ。こうして見てみても姫武将とか姫騎士のようには見えないな。確かに、お城の塔とかに監禁されてそうな儚げなお姫様って方が似合う。



 やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。


 「なぁなぁ永野。やっぱり熊本城より姫路城の方がエロいよな?」

 

 こいつは朝っぱらからどうして日本が世界に誇る城郭に欲情しているのだろうか。


 「新城、お前はまだまだだな。松本城の方が美しいに決まっている」

 「た、確かに、松本城は絶対黒髪ロングでミステリアスな美少女だもんな……」


 もしかして新城は受験勉強の疲れで、無機物が擬人化されているように見えているのだろうか?

 俺達ももうすぐ、三年生だもんな……。



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