第74話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服の上に紺色のコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
今日も仏頂面の彼に、私はウキウキと声をかける。
「ね、今日ってあの日だよねっ」
「そうだな」
「あの日だよねっ」
「そうだな」
「ね、そうだよねっ」
「おう」
すごい、とてもテキトーにあしらわれてる気がする。去年も似たようなやりとりをしたような気がするね、今日も賢者になったつもりなのかな。
「ねぇ、本当に何の日かわかってる?」
「俺のいとこの姉さんの誕生日だな」
「去年も聞いたよそれ」
この人のいとこのお姉さん、一体何歳になるんだろ。お酒を飲める年齢ではあるはずなんだけど。
と、意味があるかもわからない問答をした後、観念したらしい彼は鞄の中から紙切れを三枚取り出して手渡してきた。私が通ってる高校の近くにある商店街で使える商品券だ。
なんか去年より増えてる。
「おめでとさん、これでちょっと贅沢しとけよ」
「あの、もしかしてわざわざ商品券買ったの?」
「いや、いとこの姉さんに連れられてそこの商店街に行く機会があって、偶然福引してたもんだから、五等のクマのぬいぐるみ狙いで引いてみたら三等が当たったんだ」
「わぁ、嬉しい誤算だね」
これ一枚だけでも何人かのグループでスイーツをたっぷり食べられるぐらいの額なんだけど。商品券とはいえ三枚もあると緊張しちゃうね。
「ちなみに二等と一等ってなんだったの?」
「二等は最新型の家電、一等は温泉地への日帰り旅行券だ」
「……そっちが当たってても私にくれてた?」
「冷蔵庫を担いだ俺がここで待っていたかもしれないな」
いや笑っちゃうでしょ、朝にバス停で冷蔵庫と一緒に並んでる人を見かけたら。せめてテレビとか電子レンジにして欲しい……いや、どっちにしろ一旦学校までそれを持っていかないといけないじゃん。
「まぁぶっちゃけ、考えるのが面倒くさかった」
「君らしいね」
「ぬいぐるみの方が良かったか?」
「そっちでも良いけど、盗聴器とか入ってそうだから」
「小型カメラとかもな」
「この商品券にも何か仕掛けられてないよね?」
「それにどうやって仕掛けろと」
最近はいつどこで何に人間の悪意が潜んでいるかわからないからね。この人はそういうの引っかからなさそうだけど、私は自分で言うのもなんだけど引っかかりやすそうだから。
「こうなると、君への誕プレもちゃんと考えないとね」
「別に、多少の気持ちがこもってるなら何でも良い」
「そこら辺に落ちてる空き缶でも?」
「お前の依代だと思って大事にする」
「わぁ、クレイジー」
私も福引とか引いてみようかな。でも一等とかを狙うと外ればっかり引きそうで怖い。その時は潔くティッシュ箱でもプレゼントしよう、きっとたくさん使うだろうからね。
いやぁ気が利くね、私は。
「来年も楽しみにしてるからね、誕プレ」
「来年……って、卒業間近だろうが。登校してるかも怪しいぞ」
「別にいいんだよ、私に誕プレ渡すためだけにここに来てくれても。私は来ないかもしれないけど」
「じゃあ俺は冷蔵庫と並んでバスを待つしかないのか……」
「どんだけ冷蔵庫を私にプレゼントしたいの」
来年、か。
来年の今頃って、私達はどうなってるんだろ?
こうして彼と話せるのは、一体いつまでなんだろう……。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
今年も彼からのお祝いの笑顔はない。あの人って全然笑わないよね。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。誕生日おめでとう」
「ありがと~」
岩川ちゃんは私の頭をよしよしと撫でて、とても満足そうに笑っている。
「ね、岩川ちゃん。今日の帰りにみゆきちゃん先生誘ってスイーツ食べに行こうよ」
「甘いもの大好きだもんね、都さんも永野先生も」
「どんだけ満腹でも別腹だからね……へ?」
永野?
その名前、最近どこかで聞いた気が……あ、岩川ちゃんを振った腐れ外道の名前だ。
もしかしてみゆきちゃん先生ってその人と何か関係あるのかな? こんな田舎だしありえそう。
でも、岩川ちゃんの傷を抉るのもなぁ……。




