第72話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服の上に紺色のコートを着た彼は、いつもとは打って変わって、少し落ち着かない様子でバス停でバスを待っていた。
ふふふ……そんなに楽しみならくれてやるしかないね!
私は鞄の中からピンクの小さな袋を取り出して、彼に思いっきり投げつけた。
「食らえー! 二日早いハッピーバレンタイン!」
「今年も手荒い渡し方だな」
今年はバレンタインデーが日曜日だから、少し早めのバレンタイン。雪でも降ってくれたら良いのに、ここら辺は滅多に降らないから仕方ないね。
「今年も不義理チョコか?」
「ううん、辱友チョコ」
「滅多に使わん日本語だぞ?」
でも不義理チョコよりかは格段にランクアップしてるからね、辱友チョコ。チョコを渡す側がへりくだるのもおかしな話だけど。
すると彼は袋を開けてハート型のホワイトチョコを取り出し、ヒョイッと口の中に放り込んだ。
「朝から良い糖分補給だ」
「ちなみにだけど、他の人から貰える予定ある?」
「家族以外は皆無だ……」
「そんな泣きそうな顔しないでよ、せっかく私がチョコあげたんだから」
「本当にありがとな……」
この人、相当辛い過去を背負っているんだろうね。毎年毎年バレンタインに女の子からチョコを貰えるのを待っていたのに、去年までは家族以外誰にも貰えなかったんだから。女友達の一人や二人ぐらいいそうなのに、義理チョコとか友チョコすら貰えないのかな。
「今年は良い甘さだな。去年ダメ出しした甲斐があった」
「私、結構そういうの根に持つタイプだからね。ホワイトチョコを湯煎しながら、こういうアッツアツの白いのが男の人から出てくるのかなぁって考えてたよ」
「そういうのを考えながら作られたホワイトチョコを食わされる身にもなれ」
「実際こういう白さなの?」
「驚きの白さだ、ってホワイトチョコ食ってる時にそんなこと聞いてくるんじない」
「チョコが溶けるほど熱いもんなの?」
「そんなもの出したら悶絶するわ」
「確かにそうだね」
保健の授業で習っても、やっぱり実際に見てみないと想像つかないよね。そういうアダルティな漫画とかで見ないと。いや、ああいうのもファンタジーだろうけどね。
「一応聞いておくが、ホワイトデーのお返しは何が良い?」
「白いの頂戴」
「しこたま用意してやるからな」
「冗談だって。フカヒレ食べたい」
「わかった。B級サメ映画に出てきそうな足の生えたサメを連れてきてやるからな」
「あからさまにCGとかVFXとか使われてそうなサメさんだね」
よくB級サメ映画って言われてる映画を見てみると、もう設定がぶっ飛んでたりわかりやすい映像加工が施されてて、逆に面白いもんね。見た後はものすごく時間を無駄にしたような気分になっちゃうけど。
「あ、あれだ。ポ◯キー食べたい。あの袋のやつ欲しい」
「わかった。それぐらいで良いなら持ってくる」
「でさ、ポ◯キーゲームしようよ」
「ここでか」
「負けたら以後は語尾がプ◯ッツになるから」
「せめてト◯ポにしてくれ」
この人っていざポ◯キーゲームをやるってなったらどんな反応するんだろ。全然想像つかないね、女の子に耐性があるのかないのかイマイチわからない。
「あと、その前にお前の誕生日もあるだろ」
「お、よく覚えてたね。ぶっちゃけなんでもいいよ、誕プレ。ぬいぐるみとかミニカーとかゾンビの死体とかなんでも」
「じゃあちょっと墓場を掘り返してくるか……」
「なんでよりによってゾンビの死体を持ってくるつもりになっちゃったの。あと土葬のところなんて殆どないでしょ日本には」
去年は当日に彼に伝えたけど、あらかじめ準備してくるってなったら彼は何をプレゼントしてくれるんだろ。去年貰った商品券も十分嬉しかったんだけど。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
相変わらず仏頂面だけど、なんとなく機嫌が良さそうに見えるのは気のせいなのかな。もっとわかりやすく顔に出してほしいんだけど。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん。はい、ハッピーバレンタイン」
「わーい。ほら、岩川ちゃんにもあげる」
「やったねっ」
と、私達はバスの中で友チョコを交換し合った。お互いにハート型のチョコなんて、私達ラブラブだね。
「ねぇ、都さんって男の子にチョコをあげる予定ある?」
「ん? あるっちゃあったよ」
「ど、どうして過去形なの?」
「んー、どうしてかな」
そういえば私がチョコをあげる男子って、今はアイツぐらいしかいないね。いや、別にあれはただの辱友チョコだけどね。




