第71話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服の上にグレーのコートを着たアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「ねぇ、君って人の心って読める?」
「これまたいきなりだな。そんなこと出来るわけないだろ」
「でもさ、人が考えてることを当てるゲームってあるじゃん。あのアネクドートみたいな名前の」
「アキ◯イターな。全然別物だろ。それがどうしたんだ?」
「私に色々質問して、私が何を考えてるか当ててみて」
コイツ、きっと動画投稿サイトでそういうショート動画を見たに違いない。俺も気になってついつい見てしまうし、本家の方も遊んだりするけども。
「じゃあ、お前のお父さんはウミガメに食べられたか?」
「いや、それウミガメのスープじゃん。どちらかというといいえかな」
「はっきり否定しろ。じゃあ、学校で習うことか?」
「いいえ」
「何かに関する用語?」
「はい」
「……お前は今、いかがわしいことを考えている?」
「はい」
いやはいじゃないが。朝っぱらから何をいかがわしいこと考えてるんだコイツは。いや、今更だな。
「その答えはいかがわいいことか?」
「どちらかというとはい」
「抽象的表現?」
「イエス」
「それは太くて長い?」
「人による」
「人によるって言うな。それは何かの食べ物か?」
「イエース」
「キノコの種類の名前?」
「イエス!」
「お前が今考えていることはマツタケだな」
「美味しいよね、マツタケ。炊き込みご飯だと尚良し」
「この流れで美味しいとか言うんじゃない」
ていうか、ただ単に答えがマツタケだったならいかがわしい方向に持っていく必要全然無かったな。ごめんなマツタケ、全ては朝っぱらからいかがわしいことを考えているコイツと、最初にマツタケをそういうブツに例えた奴が悪いんだ。
「じゃあ今度は私が当てるから、何か考えて」
「了解した」
「ずばり、君が今考えていることは私のことだね」
「違う。はい次」
「そんなぁ。じゃあそれは私に関すること?」
「もっと絞り方を考えろ。いいえだ」
「それは毛皮を着たヴィーナスに関すること?」
「いくら俺がマゾだからって、そういう問題を出すと思うなよ」
「読んだことないの?」
「いやあるが、答えはそうじゃない」
普通は手に取ることがないだろう書籍をどうしてコイツは知ってるんだか。
「じゃあ、学校で習うこと?」
「そうだ」
「文系科目?」
「そうだ」
「じゃあ歴史関係?」
「そうだ」
「カノッサの屈辱?」
「違う」
「シチリアの晩鐘?」
「違う」
「アウステルリッツの三帝会戦?」
「お前、テキトーに語感の良い歴史用語を言ってるだけだろ!」
俺も好きだが、アウステルリッツの三帝会戦。日本史なら王政復古の大号令とか。
「じゃあ歴史上の人物?」
「そうだ」
「日本史?」
「そうだ」
「ゲームやアニメに登場する?」
「急に本家っぽい質問だな。確かに登場するが」
「戦国武将?」
「そうだ」
「本能寺で殺されたことがある?」
「そこまで絞り込むんだったら織田信長って言えよ」
「いや、だって織田信忠とかの可能性あったし」
「そこまで俺は意地悪じゃない」
というわけで、答えは安直に織田信長というわけだ。本家だったらもうちょっと早く正解を導き出しそうなものだが。
「じゃあ次はもっと難易度上げるよ。私が考えてること当ててみて」
「フェルマーの最終定理」
「なんでわかったの!?」
「お前がパッと思い浮かぶような難しいことって、そのぐらいだろ」
「なにをぉー!」
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
今、アイツが考えていることを当ててやろう。いい加減笑えよクソ野郎が、だろう。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「永野~もうすぐバレンタインだよな~」
「良いよな、お前にとっちゃそんな嬉しいイベントで」
「でも永野だって、去年は誰かからチョコ貰ってただろ?」
「あぁ、誰かからな」
「誰なんだ? ソイツはウチの学校の女子か?」
「アキ◯イターみたいに聞いてくるんじゃない。違う」
「実在する?」
「実在するわ!」
そうか、今年ももうすぐあの季節がやって来てしまうのか。アイツは今年もチョコをくれるのだろうか……。




