第68話
「あけおめ~」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「あけましておめでとう」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。私服の厚手のダッフルコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「ことよろ!」
「はいはいことよろことよろ。新年の抱負は何かあるか?」
「んっとね、おっぱいを大きくしたい」
「叶うと良いな」
「そんな哀れむような目で見ないでよ、笑って笑って」
若干気にしてるところはあるけれど、この人に哀れみの目を向けられると悲しくなっちゃうよね。
「お前は何か初夢とか見たか?」
「戦闘機に乗った夢だった」
「また凄い夢を見てるな」
年末にレンタルしたDVDでトッ◯ガン全シリーズ見ちゃったからね。
「でね、某I県で秘密裏に開発されている量産型オ◯タニの生産を阻止するために爆撃しに行ったんだけどさ」
「とうとう兵器レベルになったか」
「離陸した後に家の鍵を閉め忘れちゃったの思い出したんだよね」
「重要な任務の時にそんなこと気にするんじゃない」
「とりあえず戦闘機に乗ったまま家に帰ったの」
「着陸できないだろ」
「大丈夫、私の家がなんでか羽田空港にあったから」
「耳がやられそうな家だな」
「でね、空港で見かけたジャンボジェットを見かけて、あれかっこいいと思って乗り換えたんだ」
「絶対戦闘機の方が良かったと思うが?」
「でもね、ジャンボで某I県に向かってたらさ、テロリストが現れて、目的地に向かわないと乗客五百人ごと爆発させるって要求してきたんだ」
「お前、客乗っけたまま戦地に向かおうとしてたのか?」
「仕方ないからさ、操縦席と客席を分離してテロリストを追い出したんだよね」
「それ、客も追い出されてないか? ていうかどうやって飛んでんだそれ」
「んで、ラピ◯タを見かけたところで目が覚めたよね」
我ながら、夢ってよくわかんない展開多いよねってしみじみ思う。今回はずっと空を飛んでただけマシだよ。教室で授業受けてたら急に川を泳いで、そのまま川の中で寝てた夢も見たことあるからね。なんであんなメチャクチャな展開も夢の中だと受け入れられちゃうんだろ?
「お前は新年早々愉快な夢を見ているんだな」
「一富士二鷹三茄子は見れなかったけどね。君はどうだった?」
「確かベートーヴェンに往復ビンタされる夢だったと思う」
「どんな恨み買っちゃったの、それ」
「もしかしたら、音楽家を目指せという神の意思なのかもしれないな」
「それだと私、戦闘機パイロットにならないといけないんだけど」
いけるかな、こんな体格でパイロットになれるかな。操縦席に座っても前が見えなさそう。
「今年はいよいよ受験だな」
「新年早々嫌なこと思い出させないでよ。受験の夢見ちゃうかもしれないじゃん」
「俺は結構見るぞ、合格発表の時に自分の受験番号がない夢」
「一年後のことなのに!? 正夢にならないと良いね」
「本当にな。お前もいずれ見るようになるさ」
「私、受験に落ちたら裸踊りするって決めてるから」
「自暴自棄になりすぎだろ」
夢の中でぐらいはふざけたことをやってみたいよね。あまり自分の意思で動けたことはないけどね。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
今年もあの人の初笑いを見ることは出来ないね。来年は見れると良いなぁ。
そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「あけおめ、岩川ちゃん」
「あけましておめでとう、都さん」
「岩川ちゃんって何か初夢見た?」
「私はね、シスター服を着てチェーンソーを持ってゾンビを倒す夢」
「結構濃い夢見てんね。世界は救えた?」
「世界は救えなかったけど、両肩に鷹を乗せて両手にナスを持った富士山が挨拶に来てくれたよ」
「うわぁ、初夢スターターキットじゃん」
富士山の両肩ってどこ辺りなんだろ。




