第67話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、私服のグレーのコートを着たアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「ね、君って先輩と後輩だったらどっちがタイプ?」
「後輩だな」
「あれ、なんだか意外。どして?」
「自分を慕ってくれる子の方が可愛らしく見える」
「マゾのくせに、そういう願望も持ってるんだね」
確かに、先輩先輩~って感じでぴょこぴょこついてくる後輩とかいたら可愛がっちゃうよね。
「お前はどっちがタイプなんだ?」
「私も後輩。後輩に可愛がられるとね、なんだかすんごい癒やされるの」
「お前は可愛がられてばっかりだな」
「なんでだろうね、不思議不思議」
この際、彼女の容姿には触れないでおいてやろう。彼女自身はコンプレックスを抱いているようだが、それは彼女の長所だとも思う。俺が決めることじゃないだろうが。
「君ってさ、逆に先輩はタイプじゃないの?」
「あまりそういう関係の人がいなくてな、想像がつかない」
「おっ、じゃあシミュレーションしてあげよっか。私が先輩役するから」
「ハッ、お前が?」
「ねぇ、今何で笑ったの? 何で笑ってるの? 答えないと君を大型トラックの前に突き出すけど」
「突き出せるものなら突き出してみろ!」
「確かに無理そう……」
いや諦めるんじゃない。
しかし、こういう先輩らしくない先輩というのも面白いかもしれない。年上だけどいじりがいのある先輩になりそうだ。
「じゃあ、私は図書室の棚の高いところにある本を取ろうとしてる先輩役するから」
「お前は本当にそんな役で良いのか?」
「君は私が取ろうとしてる本の役やって」
「何も始まらないと思うんだが?」
「んーっ! 全然取れないよ~」
「仕方ない、ここは俺が落ちてやるしかないだろう」
「うぎゃー!? 本が勝手に動き出したー!? しかも喋ってるー!?」
「せっかく落ちてやったのに!?」
本が動いたり喋ったりする世界って完全にファンタジーだな。
「じゃあ次のシチュは運動会ね。君は借り物競争に参加してる生徒ね」
「先輩であるお前を連れて行くのか」
「紙に書いてあるお題は『幼稚園児服が似合いそうな人』ね」
「お前は本当にそれで良いのか?」
「わ~頑張れ~」
「先輩、ちょっとついてきてくれ」
「きゃー! 人さらいよー!」
「とりあえず外でそういうこと叫ぶのやめろ。大人しくついてくるんだ」
「ちなみにお題は何だったの?」
「さぁ、なんだろうな」
「……それは人を褒める時に使える言葉ですか?」
「アキ◯イター始めようとするんじゃない」
人生に一度は参加してみたい競技だが、お題に書いてあるのが恐ろしい内容だったら俺は取り返しのつかない行いをしてしまうかもしれない。
「ってか、先輩にはまず敬語使いなよ」
「でも、砕けた言葉で会話できる先輩ってのも良くないか?」
「うん、一理ある。先輩の身でもさ、敬語使ってる子も可愛いし、雑な扱いしてくる後輩もいいよね」
「同感だ。お前とは良い後輩談義が出来そうだな」
「いつか花を咲かせて、理想の後輩を作ろうね」
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
アイツが先輩とか後輩だったら、あの変顔もちょっとは違うように見えたのだろうか。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「もうすぐ今年も終わるなぁ、永野。やり残したことはないか?」
「初詣だな」
「もうすぐ出来るから良いだろ」
「じゃあ新城、言い残すことはあるか?」
「え? 何、俺殺されんの?」
結局、今年も毎日のように彼女と顔を合わせ……交わることのなさそうな平行線の関係を続けていたのだった。
来年は、それが変わることがあるのだろうか……?




