第66話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。私服の厚手のダッフルコートを着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「なぁ、お前はメイドロボとか欲しいと思わないか?」
「あ、わかる。ドラ◯もんみたいなの欲しい」
「いや、俺はやっぱり美少女の姿をしたメイドロボの方が良いが……」
「ラブ◯ール待ったなしじゃん」
この人、こんな冬の寒い朝からムラムラしてるのかな。私も人のこと言えないけど。
「考えてみろ、自分の家にめっちゃ可愛い美少女の姿をしたメイドロボが現れた時のことを」
「私みたいなめっちゃ可愛い美少女の?」
「とりあえずは家事をこなしてもらいたいものだが……」
「あれ? 無視されてる?」
「やっぱり一家に一人美少女がいるだけで、人生って豊かになると思う」
「どうしたの? 疲れてるの?」
「模試の勉強で疲れてるのかもしれん」
勉強しすぎで色々溜まってるのかな。もしかして私とこうして話してるだけじゃ満足できないくらい? 風香ちゃんという可愛い妹がいるのに?
「確かに無機物な見た目したロボットよりかは、可愛い方が良いかもね。でもさ、実際にそれを買うのって勇気いるんじゃない? 堂々と開発するのも恥ずかしそうだけど」
「何を言っている。実際、どんな崇高な目的を掲げていてもな、やっぱり人間はそういう欲求のもとで動いた方がエネルギーがあると思うんだ」
「そうなんだ。君はメイドロボにどういうことやってほしいの?」
「俺は是非ともムチで叩きながら罵られたい」
そういえばマゾだったねこの人。人工知能が変な性格になっちゃいそう。
「じゃあさ、ちょっとシミュレーションしようよ。私、料理を作るメイドロボやるからさ」
「俺がご主人様というわけか」
「君はポンコツメイドロボの私をムチで叩いてね」
「お前までマゾになるな。二人共マゾになってしまっては罵ってくれる奴がいない」
「何その理論」
この人のSMにかけている情熱は一体何なの? やっぱり勉強のしすぎで疲れちゃってるのかな。
「それに、メイドロボなのにポンコツじゃ意味ないだろう」
「でもさ、そういう個体差があった方が良くない? おっちょこちょいな子とかツンデレな子とか」
「ふむ、確かに……夢が広がってくるな」
こういうゲスい欲望丸出しの好奇心が、何か偉大な発明を生むことがあるのかもしれないね。人類はこうやって文明を発展させてきたんだよ、きっと。
「それでさ、やがて人類の支配に耐えかねたメイドロボ達が反乱を起こすの」
「普通に強そうなんだが」
「でも、実はご主人様に恋してるメイドロボがいて……」
「映画みたいな展開だな」
「でもご主人様は他のメイドロボのことが好きで……」
「恋愛関係をややこしくするな」
「ご主人様が恋してるメイドロボは他のメイドロボのことが好きで……」
「ロボがロボを!?」
いずれそういう世界が来るかもしれないよね。私達が生きている内に来るかはわからないけど。
「あとさ、そういうメイドロボって地域によって造形が違うかもね。アメリカのメイドロボはアニメみたいにデフォルメされてるんじゃなくてリアル志向で」
「洋ゲーみたいにな」
「あと銃も携行してて」
「お国柄が出るな」
「あと喘ぎ声も大きいの」
「お前海外モノを見たことあるのか!?」
「あとおっぱいもデカいんだろうね、私より……グスン」
「泣くぐらいなら自虐するな」
もう見るからにボンキュッボンで、特にお尻の大きなメイドロボで溢れかえってるんだろうなぁ。特に南米の方とか。
「女の子のメイドロボだけじゃなくてさ、男の子の執事ロボってのも出るかもね。勿論君のより大きいのを持ってる」
「ボロンッ」
「ウケる」
「ゾクゾクしてきた」
私達、このやり取りするの何回目だろうね。不思議と飽きないけど。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
年が明けるまでに、あの人を笑わせることが出来るかな。永遠に無理そうだけど。
そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
「ね、岩川ちゃん。メイドロボって欲しい?」
「都さんがなってくれるなら良いよ?」
「へ? 岩川ちゃんの家でお駄賃貰って働けるなら喜んで働くよ」
「じゃあまずは改造手術をしないとだね」
「え? 一旦ロボットにはならないといけないのん?」
さようなら、人間だった頃の私。初めまして、ロボットの私。疲れを感じない肉体を得られるならそっちの方が良いかもだけど、まだ人間はやめたくないね。




