第65話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「ね、もうすぐ冬休みだね」
「そうだな。今年の二学期は色々行事が多かったが、あっという間だった」
「冬休みは何するの?」
「模試」
「お、奇遇だね。これは運命感じちゃってもしょうがないよね? ね?」
「数万単位で運命共同体が存在することになるぞ」
高二のこの時期になれば、進学を目指している奴は色々模試を受けて自分の学力を見定める頃合いだろう。
「ね、君ってクリスマスは予定空いてる?」
「あぁ、空いてるが」
「ウケる」
「お前、笑うために聞いてきたな? そういうお前はどうなんだよ」
「んーとね、予定が入る予定」
「何の予定なんだ?」
「わかんない」
「それはつまり未定ってことだろうが。素直にがら空きだと言え」
「いいや、ここは私のプライドにかけて絶対に予定を入れてみせるもんねー」
俺も無理矢理にでも予定を入れてやろうか。一応家族集まってささやかな宴を催す予定ではあるが、日中は見事に空っぽだしなぁ。俺の友人は……アイツは、多分予定があるだろうし。
「ねね、お正月はどう? 空いてる?」
「空いてる方が良いだろ。正月ぐらいはゆっくりしたいし、多分勉強漬けだ」
「私もそんな感じかなー。寝正月してそうだし」
「年明けに丸くなったお前を拝めるということか」
「なにをぉ。弾めるようにはしておくもん」
「スーパーボールにでもなるつもりかお前は」
たまには運動をせねばとも思うが、一度思い立っても長続きしないし、部活をやっている風香の自主練に付き合おうにも、アイツは体力お化けで限度を知らないからついていけない。きっと俺も寝正月していることだろう。
「なんか私達、休みの間も勉強づくしだね」
「そうだな。夏期講習にしろ冬期講習にしろ、嫌でもお前とここで顔を合わせないといけないからな」
「君って何か息抜きしてるの? 例えば見◯きとか」
「息抜きのついでに言うんじゃない。お前がウェルカムなら構わんが」
「は?」
「自分で話振っといてそれは寂しいんだが」
コイツの倫理観が何をセーフにしていて何をアウトにしているのか未だにわからん。
「まぁ、勉強は結果として自分の努力が実を結ぶからありがたいものだ。高校生の内は勉強ばっかりだと思う」
「大学生になったら遊ぶの?」
「何かサークルに入るのも悪くないな」
「私みたいな可愛い女の子捕まえるために?」
「あるいはバイトで金稼いで趣味に没頭するのも悪くないか……」
「ねぇ無視しないでよ」
高校の内はバイト出来そうにないから、社会勉強として後学のためにも何かしらのアルバイトは経験しておきたい。遠くの大学に進学するなら家賃とか生活費とか必要だし、多少は遊ぶ金だって欲しい。
「お前は何か息抜きしてるのか?」
「うーんとね、友達のスカートめくること」
「友人間のコミュニケーションにも限度はあるんだぞ?」
「まぁ良いじゃん、皆体操服履いてるし、めくる友達は選んでるから」
「向こうが許してるのなら良いかもしれんが」
「でもね、たまにリアクションが面白そうな女の子を見つけてね、そういう子のスカートをめくった時の初々しい反応が色々そそるんだよね」
「アルカトラズとシベリアのどっちが良い?」
「せめて東京拘置所にしてほしいかな」
やはりコイツのモラルのセーフラインはわからん。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
もしかしてアイツ、ストレス発散のつもりで変顔をしているのだろうか。俺にとってはストレスになりうるのだが。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「永野。お前、クリスマスって空いてる?」
「空いてるが」
「悲しいな、クリボッチさんは……」
「遺言はそれで良いのか?」
「ちなみに、俺はなんか親戚のおっちゃんにクルーズ船に乗っけてもらうことになった」
「例のお嬢様のところの親戚か?」
「そーそ。クルーズって言っても一泊だけなんだけど」
「そうか。なんだか事件の香りがするな」
「やめろよ、劇場版が始まっちゃうかもしれないだろ」
「安心しろ、俺が青いスーツを着たガキンチョ名探偵を送り込んどいてやるから」
「むしろソイツがいるから事件のフラグが立つんじゃね?」
クリスマスにクルーズ船だなんて、随分と洒落込んだ世界に生きている奴だ。
俺も何か華やかなイベントがあればとは思うが……そんな未来は全く見えないな。




