第64話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。紺色のブレザーの制服を着た彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けてバス停でバスを待っていたけれど──私の姿を見た瞬間、彼は私から顔を背けてしまった。
うん、わかるよ君の気持ち。私もね、君の姿を見かけて、色々と察しちゃったんだ。
まさか、修学旅行のお土産、全然違う場所に行ったのに被っちゃうなんてね。
「君も結構やんちゃなんだね」
私は、彼が左手に握っている木刀を見てからかうように言った。
「お前、人のこと言えないだろ」
そして彼は、私が左手に握っている木刀を見て呆れたように言う。今日の私、コンビニコーヒーと木刀の二刀流だからね、いえい。
「東京でも売ってるんだね、木刀」
「お前は大阪で買ったのか?」
「うん。これ良いじゃんって思って」
「そうか……」
完全にウケ狙いではあるけど、こうして被っちゃうとなんだか気まずいよね。まさか彼が私と一緒の思考回路してるとは思わなかったけど。
でも、私は彼とは違うもんね。私は鞄の中からお守りを取り出して彼に差し出した。
「ほら、こっちが本当のお土産」
「安産祈願のお守りか?」
「いや、ちゃんと学業成就のだって」
「さんきゅ」
彼は私があげたお守りを鞄の中にしまうと、ニヤリと微笑んで言った。
「お前、まさか俺が木刀だけ買ってきたと思っているか?」
「え? 君も何かあるの?」
すると彼は、鞄の中から紺色のビニール袋に包まれた物を取り出して、私に突きつけた。受け取ってビニール袋の中身を確認してみると……。
「め、メイドの衣装だ……!?」
中に入っていたのは、ミニスカメイドのコスチューム。
いやなんで?
「これが君のお土産?」
「そういや文化祭でメイドコスしてたからと思ってな」
「別にメイドコスが好きってわけじゃないんだよ?」
しかも結構良い生地使ってそうな本格的なやつだし。この人はどんな気持ちでこれを買ってきたの。
「ねぇ、これ結構高かったんじゃない?」
「俺は先輩とか後輩とか親類にお土産を買ったが、それを全部足した額よりも高かった」
「いやバカなんじゃないの?」
「俺の理性が働いてなかったら、幼稚園児の服を買っていたところだった」
「良かったよ、君の理性が残ってて」
人に渡すお土産でメイドコス買ってくる時点で、大分理性は失ってると思うけどね。あるいは常識か羞恥心か。
「まぁ、気が向いたら来てみてくれ。きっと似合うだろうから」
「サイズ合ってるのこれ?」
「風香に教えてもらった」
「私、風香ちゃんにもスリーサイズ教えてないんだけど?」
「風香はお前の友人から教えてもらったって言ってたぞ」
「待って、私の友達の中に、私のスリーサイズの情報を売った子がいるってこと? 不公平だから君のスリーサイズも教えてよ」
「上から100、100、100だ」
「見事にドラム缶体型じゃん」
ま、私のスリーサイズは誰かにバレても激しくない数字だけどね。今年は全部ゾロ目だったから。今度風香ちゃんに彼のスリーサイズ教えてもらお。彼の大事な息子のサイズも……いや、風香ちゃんがそれを知ってたら怖いけど。
「あ、せっかくだし木刀は交換しとこうよ」
「お互いに木刀を携帯して学校に行くことになるが」
「たまにはそういう日があっても良いじゃん。校則的にギリセーフだって」
私達は東京産と大阪産の木刀を交換した。見た目はほとんど一緒だけどね、もしかしたら木材の産地も一緒だったりして。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
あの人の仏頂面も見慣れてきたよね。メイド服姿を見せたら動揺したりするのかな。
そして数分後、私が通う学校に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん……え、なんで木刀持ってきてるの?」
岩川ちゃんは私が大阪で木刀を買ったのは知ってるから、まさか違う人と交換しただなんて信じられないだろうね。
「いや、たまには武士の気分になりたくてね。ほら、戦国時代の女武者みたいな」
「こんなに可愛らしいお姫様が戦わないといけないだなんて、戦乱の世は悲しいね。都さん、私が援軍引き連れて助けに行くから」
「誰か連れてきてくれるの?」
「アメリカ軍」
「とんでもない権力持ってんね、岩川ちゃん」
戦国自衛隊ならぬ戦国アメリカ軍かぁ。戦国側に勝ち目あるのかなぁ。




