第63話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、黒いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「ねぇ、もうすぐ修学旅行だけど準備出来た?」
「そんな準備するものあるか?」
「まずは遺書を……」
「お前はどんな場所に旅行するつもりだ?」
確かに移動時間が長いから、その間に事故に遭う可能性もなくはない。修学旅行生が乗ったバスが高速道路で事故に遭ったり、昔海外で日本の修学旅行生が乗った電車が事故を起こしたこともある。
そんな可能性も考えずに、伸び伸びと旅行を楽しみたいものだが。
「お前のところは関西か?」
「うん。お寺と神社と鹿と大仏を見に行って、ちょっとホグ◯ーツに入ってくる」
「お寺と神社巡ってるだけで、そういう世界に入り込んでしまいそうだけどな」
「どちらかというと魔法使いじゃなくて陰陽師みたいにならない?」
「殆ど同じだろ」
「じゃあ京都駅とか新大阪駅で柱に体当たりしてみようかな」
コイツは死喰い人の襲撃を受けてもしぶとく生きていそうだ。多分俺はヒンヒン泣いていると思う。
「君のところは東京でしょ? どの島に行くの?」
「修学旅行の行き先が東京の時、真っ先に島嶼部が選択肢に入ることはそうそうないと思うんだがな」
「こら。島に住んでる人達に失礼でしょ! 東京には小笠原諸島っていう世界遺産もあるんだから」
「大都会を想像していざ行ってみたら、一日もかかる長い船旅をさせられる身にもなってみろ。雄大な自然はこちとら見飽きてる」
ウッキウキで羽田に着いたと思ったら、そのまま調布飛行場とか竹芝埠頭に連れて行かれたら俺は絶望するかもしれん。ごめん島の人達。
「東京で自由行動とかあるんでしょ? どこ行く予定?」
「まずアキバだ」
「オタクだね」
「偏見だぞ。まずメイド喫茶へコ゚ーだ」
「オタクの極みじゃん」
「その次はくのいちコスをしたメイド喫茶へコ゚ーだ」
「外国人観光客みたいなノリ」
「その後はミリタリー系コスのメイド喫茶へコ゚ーだ」
「色んなジャンルのメイド喫茶をコンプするつもりなの?」
俺が通う学校は、何か変なことを極めてるオタクしか集まっていないから、上野にある博物館や美術館をコンプしたいグループだとか、電車を乗り回すだけのグループだとか、なんか東京の楽しみ方を間違えているグループしか存在しないのだ。
「ね、せっかくだしお土産交換とかしてみない?」
「別に良いが、東京のお土産ってなんだ? バナナしか思い浮かばないんだが」
「東京の名物ってなんなんだろうね。人間とか?」
「確かに名物かもしれんがな。どこ行っても見かけるだろうし」
「あれだけたくさんいるんだから、一人ぐらい連れて帰ってもバレないでしょっ」
「発想がクレイジーだな。テキトーに連れて帰ってみろ、もしかしたら東京都民じゃなくて埼玉県民とか茨城県民かもしれないぞ」
「どっちにしろここら辺よりかは人口多いから大丈夫だって」
「何が大丈夫なんだ何が」
渋谷とか新宿とかの繁華街を巡ってランダムに声をかけても、東京都民を探すのは難しそうだ。さらに親の代から東京都民っていう人を探すのは困難を極めそうではある。
「しかしお土産交換か。お前は何を買ってくるつもりなんだ?」
「鹿せんべい」
「お前に餌付けしろと?」
「喜んで食べる」
「ちゃんと人間のものを食え」
お土産か……世話になっている先輩とか親しい後輩とか、あとは家族の分は考えていたが、コイツとはなんだかんだ長い付き合いになるから、それなりのものは考えておきたい。
しかし東京のお土産ってなんだ? 俺のグループ、マジでアキバしか行かないんだが……アキバのお土産? オタクを拉致するしかないか。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
ていうかアイツ、俺へのお土産に何を買ってくるのだろうか。鹿せんべい持ってきたらマジで食わせてやるからな。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なぁ永野。楽しみだな、アキバ」
「そうだな」
なお、新城も俺のグループと一緒で、アキバのメイド喫茶をコンプしようと言い出したのもコイツだ。それに賛同する他のメンバーもどうかと思うが。俺も含めて。
「新城、アキバのお土産ってなんだと思う?」
「アキバにしかないものってなんだろうな。アキバそのものをこっちに持って帰れば良いんじゃね?」
「山手線とか総武線の長さがどえらいことになるぞ」
アキバの名物とかではなくて、街そのものを持って帰ろうとする新城は、きっと将来大物になるに違いない。




