第57話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、彼女の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
俺は読んでいた本を閉じ、彼女の方を向いて挨拶を返す。見ると、今日もいつも通り、コンビニコーヒーを片手に、白いセーラー服姿のアイツが俺にピースサインを向けながら歩いてきていた。
「ねぇねぇ、君の性感帯ってどこ?」
朝からエンジンフルスロットルだな、コイツは。九月の残暑に頭がやられてしまったのか。
「そんなこと聞いて、一体何の参考にするつもりなんだ?」
「うーん、人生の勉強かな」
「もっと他に勉強することあるだろ」
「でもさ、いざそういう時に無知だと困っちゃうじゃん?」
「あまり深い知識があってもドン引きされるだけだと思うがな」
ていうか、わざわざ人に聞かなくても、コイツは色々と情報を仕入れてそうなんだが。主に成人向け漫画から。
「しかし、性感帯がどこなのかと聞かれても難しいな。俺も自分の性感帯がなんなのかわからない」
「じゃあ試してみようか」
「朝から何をおっぱじめるつもりだ」
人通りはなくても、車通りが多い国道沿いで話すことじゃないな、絶対。
「んじゃシミュレーションしよ」
「毎度のことだな」
「まず、君は窓もない真っ暗な部屋で、椅子に縄で縛り付けられてる」
「助けてくれないか」
「んでね、いかにも女王様っぽい感じの女の人が、ロウソクとムチを持って部屋に入ってくるの」
「俺がドMなこと前提で話すんじゃない」
「変態」
「ゾクゾクしてきた」
「日頃の行いだよね」
確かにそれは否定できないな。俺も大概夏の暑さにやられているらしい。
「あと待ってくれ。部屋に入ってくるのは女王様じゃダメだ」
「じゃあ誰なの?」
「メイドだ」
「メイドさん?」
「そうだ。自分より目上の人間ではなく、あえて下の人間から豚のように扱われることによって芽生えるのが……」
「いや、いいよ性癖開示しなくて」
「残念だ」
今まで散々下世話な話をしてきたが、今回ばかりは何故か引かれたような気がする。良いだろう、妄想の中でぐらい夢を見たって。
「じゃあさ、君はムチでどこを叩かれたい?」
「どうしてもSMプレイの中じゃないとダメなのか?」
「股間とかどう?」
「多分ショック死すると思うぞ」
「幸せすぎて?」
「そんなバカな死に方だけはしたくないな」
この長い人類史の中で、腹上死は結構なパターンがありそうだが、果たしてSMプレイ中に死んでしまった人間はいるのだろうか。きっとダーウィン賞ものだろう。
「まぁ、実際やってみないとわからんだろう」
「実践あるのみだね。いつか君にもその機会がくると良いね」
「割と言葉責めだけでも俺は喜ぶがな」
「はい変態」
「ゾクゾクしてきた」
「ホント、単純だよね君」
流石に皆から罵られたいわけではないんだがな。どうもコイツには不思議とその適正がありそうだなと思うだけで。
「ちなみに、お前の性感帯はどこなんだ?」
「はいセクハラ」
「今更だろ」
「私ね、腋」
「誰だって弱いと思うがな」
「もうね、少しこちょこちょされただけでビショビショだよね」
「少しは耐えろ」
ほんの軽い気持ちで戯れようとしただけで大惨事が起こりかねない弱点だな。
「どうやって鍛えたら良いと思う?」
「慣れるしかないんじゃないか」
「んじゃあどうぞ」
「お前、ここでビショビショになる気か」
「君の前なら耐えられる気がする」
「だとしてもやらんぞ」
本当に朝からなんてサイテーな会話をしているんだと、我ながらバカバカしくなってくるが、一年以上もコイツと駄弁っていると、まだまだ本気を出せそうな気がしなくもない。ストッパーの風香がいなくなれば尚更だ。いや、アイツも大概エスカレートさせる方だが。
そしてようやく、俺が乗るバスがバス停へとやって来た。彼女はいつものように、俺の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
俺はいつも通りバスの奥の方にある一人がけの席に座って、バスの中から彼女の方を見た。
いつかアイツの隙をついて腋をコチョコチョしてみるのもアリか。いや、なんか大惨事になる気がするから控えておこう。
やがて俺の友人である新城と合流して、いつものように新城は俺の後ろの席から話しかけてくる。
「なぁなぁ永野。お前は世界平和はどうやったら実現できると思う?」
さっきまでの低俗な会話との温度差で風邪を引いてしまいそうだ。
「俺はこの世界からあらゆる生物が滅びれば可能だと考えるが」
「破壊神みたいな考え方だな」
「なんでお前はそんなことを考えてるんだ?」
「いや、頭の中から邪念を取り除こうと思ったら、この母なる地球の意思と同調に成功したんだ」
「そうか。寝言は寝て言えよな」
「やっぱ地球もムラムラするんだってよ」
「お前ほどじゃないだろうが」
まだまだ、性欲を持て余しているお年頃である。




