第54話
「グッモ~ニ~ン」
今日の朝も、私の挨拶で始まる。
「グッモーニン」
彼は読んでいた本を閉じ、私の方を向いて軽く挨拶を返してきた。モノトーンの私服姿の彼は、いつもの愛想のない笑顔を私に向けて、バス停でバスを待っていた。
「今日さ、雨が降るって本当かな」
「天気予報だと午前中から降り始めるって言ってたな」
「デマに違いないね」
「空はこんなに暗いが?」
「デマに違いないね」
「お前の目には一体何が見えてるんだ?」
「塾終わりに友達とプールに行く予定が見えてたんだよ!」
「おとなしくリスケするんだな」
あーあ。今日は久々に遊べると思ったんだけどなぁ。こういう日に限って雨予報とか、つくづくついてないよね、私。どんだけ現実から目を背けようとしても、もう今すぐ雨が降りそうなぐらい周りが暗いもんね。
「その袋には水着が入ってるのか?」
「ううん、水着はもう着てる」
「下着はちゃんと持ってきたか?」
「五枚ぐらい持ってきた」
「持ってきすぎだろ」
前に忘れちゃったことがあるから、念のためにね。
「どうせプール行けないなら、いっそのこと水着姿で講習受けたいね」
「お前の水着姿を見て誰が喜ぶんだ」
「なにをぉ……確かにそうかも」
「そんな不安そうな顔で納得するな」
私の水着姿ってどのくらい需要があるんだろ。でも海とかプールでナンパされたことあるし、一定の需要はあるはずなんだよね。
でもこの人、私に興味あるのかないのかイマイチわかんない。ちょっと試してみたくて、私は自分のスカートを捲って中身を彼に見せてみる。
「くらえっ」
「なんだ、痴女が」
「君って性欲あるのかないのかわかんないよね」
「痴女相手に興奮はしない」
「……変態」
「ゾクゾクしてきた」
人のこと言えないと思うけどね。私が自分からスカート捲ってる状況で、私が彼を罵る状況は意味が分からないけどね。
なんて二人で低俗な会話をしていると、何の前触れもなしに、私の目の前が眩い閃光に包まれ、大地を揺るがすような轟音が辺りに響き渡った。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
近くに雷が落ちたのか、あまりに凄い光と音だったから、私は驚いてつい彼の腕を掴んじゃった。
「あ、ごめんっ」
と、私は慌てて彼の腕を離したけれど、彼は近くに落ちた雷に全く驚かないどころか、私がいきなり腕に抱き着いたことにすら反応もせず、目の前の道路を行きかう車を眺めているだけだった。
「え? 君、今の雷に驚かないの? 肝、据わってんね」
いつもなら私の何気ない言葉に何かしらのリアクションをしてくれるところだけど、彼はジッと目の前の道路を見つめるだけ。
おやおや?
「おーい?」
私は彼の腕をツンツンと突いた。
反応がない。これ、ただの屍だったかな?
「お~い」
もしかして、気絶してるのかな。立ったまま、目を開いたまま。すごい器用な気絶の仕方だね。
しょうがないなと思って、私は彼の肩を掴んで揺さぶってあげた。
「ほ~ら、朝だよ起きて~」
「……ほあっ!? 危なかった、もう少しで針地獄に刺さるところだった」
「三途の川渡り切っちゃってたんだ。気絶してたよ、君」
「そうだったのか。あまりの衝撃だったから、トラックに轢かれたのかと思った」
「異世界転生のはじまりはじまりだね」
空からゴロゴロと不穏な雷音が聞こえてきたかと思えば、雷が雨を連れてきたのか、今度はいきなり大粒の雨が降り始めた。バス停の屋根の下にいる私達も濡れちゃいそうな勢い。
「プールは無しだな」
「そだね。諦めて帰ってからお風呂で泳ぐよ」
「ちゃんと体洗えよ」
「やーんエッチー」
「今更だろうが」
私達ってどこまでお互いの下ネタを許容できるんだろうね。法に触れないならどこまでもいけちゃいそうだけどね。
そして、いつも通り定刻より少し遅れて彼が乗るバスがバス停へやって来た。私はいつものように、彼の背中をパンッと叩いて。
「んじゃ、ハブアグッドデイ!」
「ユートゥー」
彼は私にそう返事して、いつもの一人がけの席に座った。そしてバスの中からチラッと私の方を見てきた彼に向かって、私はとびっきりの変顔を作ってみせた。
くそぉ。私にバスに向かって自分のスカートを捲る勇気さえあれば。そんな勇気いらないけど。
そして数分後、私が通う塾方面に向かうバスがやって来た。いつもどおり友達の岩川ちゃんが先に乗っていたから、私は彼女の隣に座る。
「グッモ~ニ~ン、岩川ちゃん」
「グッドモーニング、都さん」
岩川ちゃんは傘を持ってきていたけれど、ちゃんと水着が入っているらしいバッグも持ってきていた。
「岩川ちゃん、この通りの天気だよ」
「都さんは今日も水着着てきたの?」
「この通りだよ」
「こらっ。女の子がそんなことしちゃいけないよっ」
「めんごめんご」
「私が興奮しちゃうから」
「おやおや?」
岩川ちゃんの性癖が狂っていっちゃうの、もしかして私のせいなのかな。




